▽ <11章>
<11章>
聖槍、その言葉を聞いて私たちは固まった。しかし確実に事件の真相に近づいた予感があった。
不安、期待、希望――それぞれの思いを滲ませて目配せする。
静寂を破ったのはエミヤの横にいた、汚れてやつれた背の高い男だった。
「…すまないが、すこし話をさせて貰ってもいいだろうか。命の危険を省みず、私を助けてくれた君たちに心から感謝したいんだ。」
その風貌とは違い、礼儀正しい言葉使いだ。「私にできることならなんでも協力しよう」
「いいや、見返りは求めません。収容所は話を聞いただけでもひどい場所だった。あそこから助け出したいと思うのは本能であって、見返りを考えた行動ではありません」
差し出された手をエミヤが丁寧に握り返した。
「…そうか。君たちは兄から聞いた通り、立派で信頼に足りる人物だ。
しかし助けていただいて、何もしないのは申し訳ない。兄から聞いた話では、君たちはこれからドイツ帝国に行くつもりだそうだね。車にしろ鉄道にしろ、国境を越えねばなるまい。
私はそのときに必要な身分証明の発行を手伝える」
「「本当に!?」」
声を上げて、エレナさんと微笑み会った。エレナとエミヤは私が現れてからずっと険しい顔をしていたが、その申し出に表情を明るくした。
「ああ。市役所で戸籍を担当している仲間がいてね。もちろん私がこんな状況だから無理かもしれない。しかし何とかできないか奔走してみよう。わずかだか私の命を救ってくれたお礼だ」
「そんな…十分すぎるほどです」
エレナさんが嬉しそうに男性に笑いかけた。その美しい顔に男性陣が頬を染める。それを見て、命がけで身分証明書を用意してくれそうだと思った。
2日前に私たちを呼び出したリーダー格の男性が声を発した。
「時間があればゆっくりあなた方をもてなしたいが、我々もずっとここにいるわけにはいかない。私たちの存在が明るみになれば、支援者たちも巻き込まれる。
さあ、我々は大切な仲間を取り戻した。この街からすぐ出るため、時間はない。それでも君たちのお礼は用意しよう。エミヤ氏はこちらへ。女性たちは国境をでる支度を急いで行ってくれ」
身分証の発行、そして国境を出る計画を練るため、エミヤは男達と歩いていった。
エレナさん、ギル君、私の三人になる。
(このまま、怒られずにすまないかな〜)
先ほどはあんな良い笑顔を見せたのだ。
終わりよければ全てよし。
そんな思いに浸りながら、目があったエレナさんは…
もちろん、笑顔ではなかった。
「立香…。 私とエミヤが言いたいこと、わかるわね?」
「ご、ごめんなさい〜!」
エレナさんの話は宿へ帰る途中、一度も止まらなかった。さすがあの電気おじさんたちを手懐けているだけある。どの話も論理的で、自分が200%悪い!とおでこを地面にくっつけて土下座したくなる、いや、させてくれ!と衝動が止められなかった。
「目が覚めて貴方がいなかったとき、どれだけ肝が冷えたか…!急いで探しに行ったのよ。ギルくんがいなかったら、絶対に助けられなかったわよ」
「ちょっと…あの…外の様子を見るつもりだったというか」
嘘をついている罪悪感が半端じゃなかった。でもポロッと本当のことを話してしまったら、二度と1人にしてもらえないだろう。エミヤが帰ってきたら二重に怒られるだろう。
「これだけ危険な体験をしてきたのに、どうしてそう思うのかしら…。何の準備も保障もないのに1人で行動するなんて。魔術的な危険はまだないけれど、この世界を支配する組織に捕まったら、私とエミヤでも助けられるとは言えない。
…ギルくんもよ。現界しておきながら、どうして来るのが遅れたの?マスターを守ることが第一でしょ」
子ギル君は「そろそろ自分も言われると思ってた」風な困った顔をしながら、悪意のない感じで
「ごめんなさい。魔力切れになって死にかけてたんですよ」と言った。
…ぐぬぬ、かわいい。生死の境をさまよったという美少年の「ごめんなさい」を怒れるできるだろうか!
「やむを得ない事情ということね。わかったわ、そのおかげで立香も無事だったし。」
エレナさんは冷静に判断して態度を使い分けた。
「でもね、立香!貴方は状況をもっと考えて…(以下省略)」
宿に着いた頃には、身長が半分ぐらい、小さくなったような気持ちだった。子ギルくんとは建物の前で集合時間と場所を決めて別れる。
ドアの前に立つと、中からおじいさんとアレクの明るい話し声が聞こえてきた。
「ねえエレナ、アレクのことだけど…」
「…そうね。それはずっと前からエミヤと話していたわ」
エレナさんの表情は暗かった。私は言われなくても分かった。
「うん…私もアレクにはここに残って欲しいと思ってたよ」
「…よかった。もし立香に反対されたら、私も心が揺れちゃうから。あの子には何も言わずに行くしかないわね。
もしすがられたら、振り払える自信ないわ」
帰ってきた私たちの元へ、アレクは嬉しそうに近寄ってきた。
「おかえり!また僕を置いて出かけてたんだね。でもいいや、おじいさんが手伝いのお礼にってたくさんリンゴをくれたんだ」
「まあ!…それは、本当にありがとうございます」
「いいよ。アレクはうちの孫より幼いのに立派なもんだ」
2人のやりとりは見ていて微笑ましい。本当の家族に見えた。
「…立香たちはどこにいってたの?なんだか疲れてるように見えるけど」
「大丈夫だよ、あとで話すね。おじいさん、仕事ほっぽりだして出かけちゃってごめんなさい。アレク、私のぶんまで仕事してくれてありがとう…。」
そのあとは、アレクがおじいさんと今日何をしたか、どんな話を聞かせてもらっていたかひっきりなしに話した。私たちが出かけたことを気にもしていないようだ。
私もエレナさんも宿を手伝いながらお喋りし、まるで昨晩の緊張感が別世界のようだった。
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少し長いので2つに分けました。
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