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 ふと手紙を書いてみようと思った。兵士のひとりが、妻から手紙をもらったと泣いて喜んでいたからかもしれない。
 だが書き出してみると困った。ナマエに宛てた手紙になると、ふっと昔の内向的な、思っていることを口に出すのが苦手だった頃の自分がヒョイと顔を出すのだ。
 そこでまず息子のことを訊ねてみることにした。アキレウスが戦場に出てから産まれたという息子。長い戦いだ。帰るころにはケイローン先生が貰った長槍をふるうような一人前の戦士に育っているかも知れない。その子を一生けんめい世話するナマエのすがたが浮かんで、フッとアキレウスは笑みをこぼした。
 ──きみは元気ですか。こちらは毎日戦いが続いています。
 こう書いたらナマエは心配するだろう。ちいさな心臓を震わせる様子が浮かんで、書き足した。
 ──でも、心配はいりません。かならず勝って帰ります。

 こう書く頃には、はじめに書こうと思って用意していた分量まで埋まってしまっていた。
 あと一文書き足せる。最後になんと書こう。
 愛している、という言葉が浮かんだが、ナマエが知っている自分なら口にしない言葉だと思って書くのをやめた。戦場のアキレウスなら口に出すのを臆しなくても、ナマエの知っているアキレウスとかけ離れたくない。
 ──戻ったら、たくさん話をしよう。
 ナマエと息子と自分。スキュロス島の波の音に包まれながら、3人で話す情景が頭に浮かんで不意に目頭が熱くなった。
 だめだ。手紙に書ききれないほど語りたいことがたくさんある。そんなにも、ナマエと一緒に居られなかった時間を埋めたいと思っていたのだ。
 最後の短くぎこちない言葉に思いを託し、アキレウスは手紙を書き終えた。
 その思いが、遠く離れた故郷で待つ愛しいひとに届くことを願って。


<おわり>




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