乗(中)
召喚されたサーヴァントは『アストルフォ』と名乗った。
シャルルマーニュ十二勇士のひとり、イングランド王の息子。数々の冒険譚を持つ正真正銘の英雄だ。
見つめる人は複数居たにもかかわらず、彼はまっすぐ名前に向かって歩いてきた。膝をついて剣を差し出し、騎士が主君にするようなお辞儀をした。
「改めて、ボクはアストルフォ。君の剣、君の盾になって戦うよ」
「は、はい……」
「かたいなあ。ボクは君のサーヴァントなんだから、もっとリラックスして、リラックス。一緒に戦うんだよ?」
どう返事したらいいかとまどっていると、コトミネ神父が助け舟を出してくれた。
「彼女は聖杯戦争のことを知ったばかりです。あなたが色々と教えてあげてください。
私は監督役のシロウ・コトミネ。困ったら、マスター共どもお助けしましょう」
「それはどうも」
名前は助けてもらえてホッとしたのに、アストルフォは神父にぶっきらぼうな返事をした。
「マスターはボクが助ける。もちろんそのつもりだ」
アストルフォは立ち上がり、名前の隣にきた。伝説の騎士は少し風変わりな姿だ。身長は名前より少し高く、年齢は同じぐらい。一般的にイメージする騎士とはちょっと違う。白いマントを羽織り、極めつけはピンク色の髪。ながい髪を三つ編みにしてリボンで縛っていて、おんなのこにしか見えない。
視線を感じて目を上げると、期待に満ちたアストルフォと目があった。
「それで、どうかな!?」
「………?」
「見た目だよ! マスターはボクのことどう思う!?」
急に軽快なテンションで迫られ、名前は返答に窮した。
──騎士だから、かっこいいと褒めるのが正解だろうか。たくましい?強そう? でも彼は……
「もしかしてかわいい=I?」
「……っ」
最も言ってはいけない言葉だろう。いや、思ったけれど。おそるおそる頷くと、混乱している周りを置いてアストルフォは声高く叫んだ。
「嬉しい〜〜!初対面で一番嬉しいことを言ってくれるなんて! ボク、マスターのこと大好きだ!!」
「はあ…?」
「でも見た目の通り、あんまり強くないんだよね、ボク。先に言っておくよ」
にっこりと笑って言う。拍子抜けするような態度と言葉に、名前は肩の力が抜けて疑問符をうかべた。
──触媒がない場合、呼び出されるのは、最も相性のいい英霊と聞いていたけれど……。
この場合はどうなのだろう。ちらりとコトミネ神父を見ると、見守っていた神父は残念そうな顔をしていた。
「では、用件は済みましたので」
きっぱりと言って玄関に向かう。アストルフォを見て残念そうにしていたから、強力でない英霊だったのだろうか。
門から出るところまで見送ってようやく緊張がゆるむ。名前が振り返ると、また目を輝かせているアストルフォと目があった。
「──それで、それで!マスター、色々答えてよ! となりの可愛いお姉さんは、まさかお母さん??」
「え、ええ………」
出会ってまだ10分しか経っていないのに。勢いに押されて名前はぐったりした。──これが英霊なのだろうか。イメージと違いすぎる。
「やっぱり!似てると思ったんだ。かわいらしい方だね!」
そんな彼に対しても、お母さまは静かに微笑まれるだけだった。やがてとろんとした声で彼に接した。
「……アストルフォさん、と呼ばせていただくわね。マスターとサーヴァントは近くにいた方がいいのでしょう? 名前さんの隣の部屋を使っていただきましょう。
ご案内して差し上げて」
「はいお母さま」
名前はいまだにお母さまが『魔術を継ぐ』ことに同意したのが納得いかなかった。改めてじっとお母さまを見る。表情は水面のように静かだ。あまり感情の変化を表にする方ではないけれど、目の前の奇跡にもうすこし戸惑うのが自然ではないだろうか……?
感情を読み取ることができず、しかたなく頭を下げて退席する。2階へ上がり、空き部屋に案内すると、後ろ手でドアを閉めて声が漏れないようにした。
名前はアストルフォに問いかけた。
「……アストルフォ、だったわね。聞きたいことがあるの」
先ほどと打って変わって、彼は冷静な声でこたえた。
「お母さんのことだろう? あれは操られてるね」
「!」
名前の強いまなざしがアストルフォを貫く。彼は声をひそめて続けた。
「でも、しばらく今のままでいた方がいい。術を破ればコトミネ神父に気付かれるからね」
「でも……」
「どんな狙いがあるか分からないけれど、君のお母さんが操られていることで、今、こちらに不利な状況はない。形勢を整えてから術を破ろうよ」
名前は驚きながらもアストルフォの理論的な話ぶりに圧倒されて頷いた。こんなふうに話すんだ。案外まともな英霊かもしれない。さっき調子が狂うぐらい明るく振る舞っていたのも──。
「もしかして、さっき強くない≠チて言ったのは……?」
期待を込めた名前の眼差しに、いやそれはホントだよ、とアストルフォは苦笑した。
「マスターに期待されるのは嬉しいけれど、強く見せたってしょうがないじゃん!
強く見せたいなら、ほんとうにそう振る舞えないとダメだ。覚悟もいる。実力がない人がすることじゃない」
「………」
名前はなんだか自分のことを言われているみたいで表情をこわばらせた。複雑な気持ちを抱く彼女に対し、アストルフォは空気をぶち壊すような調子で言った。
「見た目もボクの趣味だよ。カワイイものが大好きなんだ! マスターが可愛い女の子でほんと嬉しい」
不意にアストルフォが近寄って、名前をぎゅっと抱き閉める。普段こんなことをされない名前は真っ赤になった。
照れてるマスターも可愛いなあ、とにっこり笑うアストルフォを、名前は
「とにかく作戦を立てないと…」
と言いくるめ、腕の中からするりと逃れた。
「しばらくは情報収集しないとね」
「うん。他のサーヴァントがわからない状態で、なんの対策もなく勝てる相手じゃない。人間ならまだしも英霊だからね」
2人で小一時間ほど話し合い、名前は聖杯戦争での勝ち方、アストルフォの能力の活かし方が分かってきた。
「ボクも宝具を使えば、使い物になると思うよ。でもマスターの魔力だけじゃ普通に戦うのが精一杯だ。宝具を使ったら、それだけで力を使い切って座に還ると思う」
アストルフォは隠し技──宝具という──をたくさん持っているらしい。だが一流の魔術師でも5分と持たないほど魔力を消費する。持ち腐れにしてしまうが仕方なかった。
“極力戦わないようにして、宝具を使うのは最終手段”
そんな結論に達し、じゃあ今日はお開きにして休みましょう、と言った名前にアストルフォは「待って」と声をかけた。
「情報収集はたくさんしないと、だよね、マスター?」
「ええ…?」
「ふふっ! じゃあ、明日からよろしくね!」
アストルフォが楽しげに言った理由は、翌朝わかった。
いつも通りお母さまに挨拶をして家を出る名前。だが少し困った表情だ。というのも、朝に一悶着あった。アストルフォがさんざん駄々をこねて──…霊体化して、学校について来たのだ。
『マスターとおなじ服を着た子がいっぱいだね。ボクも着てみたい〜!』
「……周りに人がいるときは話しかけないでね」
独り言みたいで変に見られちゃう、と心配する名前をよそに、アストルフォはところ構わず話しかけてきた。姿は見えなかったが、声のテンションが高くとても楽しんでいるのだろう。
名前はいつもどおりの冷静な振る舞いにつとめ、後輩たちの挨拶に応えた。
生活指導室のあたりに来ると人気はなく、普段よりさらに安心する。背筋を伸ばして扉をノックした。
「失礼します、先生。生徒会から書類を持ってきました」
「いつもありがとう」
先生に書類を手渡し、名前はお辞儀して部屋から出た。たった数十秒だけなのに顔が熱い。胸を騒がせていると、めずらしく黙っていたアストルフォが、ふーんと呟いた。
『マスターも女の子だね。仕草とか声とか、可愛くなってたよ』
「え…っ」
焦りをみせた名前に、『どんぴしゃだね』と彼は笑った。
『いのち短し、恋せよ乙女≠セっけ? いいじゃないか。恋してると毎日が楽しくなるし。あの先生、いい人だと思うよ』
からかわれたことに腹を立てた名前だったが、先生のことを褒められて悪い気はしなかった。
ふと、正面から髪色のあかるい女子たちが歩いてくる。名前に対してお辞儀をしたが、背中にわらい声をかけられた。
『マスター』
「………」
名前は無言で足を早めた。生徒全員が自分に対して好意的なわけではない。そんなことは期待していない。優等生ぶって鼻につくという生徒もいるだろう。
授業のあいだはアストルフォも静かだった。
授業後、「家に帰るの?」と問いかけたアストルフォに、名前は小さく
「今日は生徒会じゃなくて、別に行くところがあるから」と答えた。
<つづく>