「うっそ……止まらなくなっちゃった」
立香はスカートの合わせの部分をもち、チャックを止めようとした。…ぎゅっと寄せれば止まる。でもかなり苦しい。
「制服のサイズを大きくしたいって? あー、確かにこれはこれは」
ダ・ヴィンチがメディカルチェック表を見ながら苦笑する。立香の体型はばればれだ。
思い出される、深夜のこってりラーメン。ついつい手を伸ばす甘いお菓子。食堂のエミヤご飯はおかわりが止まらない。
「でも立香ちゃん、今度はきわどいよ?」
「っ……!」
そう言ってダ・ヴィンチは新しい特異点の礼装を見せた。大きく開いたデザインは肌色の面積がおかしい。
──なんで毎回こんなデザインなんだ。
立香がデザインについて文句を言う前に、天才少女がにっこりと笑った。
「これは、ダイエットだね!」
数時間後、立香のマイルームにゲーム機が届けられた。テレビに接続してコントローラーを持てば、ダイエットに効く運動ができるらしい。『ちゃんとやったか記録するよ!』とメモに書かれていた。
立香は深くため息をついてコントローラーを握る。諦めてやるしかない。スイッチを入れて起動させると、陽気な音楽とともにチュートリアルが始まった。
「これを……こう?」
コントローラーを左右に振ればセンサーが反応して、画面上のダ・ヴィンチが「上手!」とか「もう少し」と励ましてくれる。ちょっぴり楽しい。
操作に慣れてきて設定を見ると、トレーナーのサーヴァントは選べるらしい。一覧表を開くとあ行≠ゥら順にずらっと英霊の名前が並んでいた。
どうやって撮ったんだろう、と思いながらも「どんな掛け声をくれるのかな?」と好奇心に駆られて、サーヴァントを選んでみることにした。
1、蘆屋道満
長身で半裸のサーヴァントが画面上にあらわれる。どんな掛け声なのか気になって選んでみた。道満が一緒に体操をしてくれる。
『ンンン! いいですぞ、マスター!』
凶悪顔で新鮮なかけ声に、立香は刺激を受けてやる気がみなぎった。
『ンンン、マスター……もっと足を開いて…上手いですぞ、はああ、そのお調子…!』
頬を赤めて、ため息っぽく吐かれる言葉になんだか別のことを想像してしまう。
この言い方ヤバいよ。廊下に響いていたらどうしよう──!
立香は無言でコントローラーを操作した。
2、ギルガメッシュ(弓)
『よしいくぞ、雑種』
仁王立ちして睨みを効かせる英霊。これは当たりだ!と立香は眉に力を込めて思った。どうやって撮ったのかは謎だ。でも王様に追われるなら……頑張れそうだ。
しばらく走り続け息が切れて、運動を中止した。わりと頑張れた!だがそんな立香に、画面上のギルガメッシュが叫んだ。
『この程度で音を上げるとは……どうやら死にたいようだな?』
「えっ?」
宝具が画面上に現れる。いやな予感。自動でイージーからハードモードに切り替わった。なぜか突然、飛んでくる武器。今度はこれを避けながら走らなければならない──!!
「これはだめー!死んじゃう!!」
3、ボイジャー
『はぁ〜い、マスター行くよ〜』
のんびりした金色の少年のかけ声に合わせて、いっちに、さんし、と体操していく。あまりのほっこりした雰囲気に、へなへなと立香は床に崩れ落ちた。
「つ、疲れた……」
『マスターは頑張り屋さんだねえ』
ボイジャーの優しい声が立香の耳をくすぐる。ありがとう、と言うと、彼は疑問を重ねてきた。
『でもほんとに、痩せる必要はあるのかい?』
うるうる。きらめく目に一瞬引き込まれそうになりながら、立香は必死にコントローラーを操作した。
「これは……運動をやめてしまう…!」
4、ヘクトール
『へいマスター、よろしくな』
画面上の英霊はにこやかに立香を励まし、適度な運動量で切り上げてくれる。
『よーし、いいぞ。だが無理はすんなよ? オジサン、明日腰いたくなっちまうかもなぁ』
ようやくベストな相手に出会えたと立香は思った。安心感もあって「もう少し頑張ろう」という気持ちになれる。
ホッとして運動を続けていると、
『ヘクトール!』
と野球に誘うみたいに、画面上に緑色の髪のサーヴァントがあらわれた。アキレウスである。『再戦しようぜ!』
突然の展開にとまどっていると、今度は『いけません、お兄様!』とパリスがあらわれた!
立香がどうしたらいいか目をしばたかせながらドキマギしていると『待ちなさいアキレウス!』とケイローンも乱入。
画面上がしっちゃかめっちゃかだ。口論はすぐ乱闘になるだろう。あまりの騒がしさに、画面を越しではなく目の前で起きているみたい…だ……!
これはマスターとして止めなければならない。
でもどうすればいいのだろう、頭を抱えて悩み悶える立香の耳に、いつもの朝を告げるサイレンが響き渡った──…。
「…っていう夢を見たんだ」
朝の健康診断にあらわれた立香は昨晩の夢を話したあと、すこし心配そうに自分のお腹を触った。やっぱりちょっと付いてるかも?という彼女に、
「先輩はダイエットしなくても大丈夫です。お休みの日ぐらいゆっくり過ごしてください」
マシュが言い、ダ・ヴィンチも賛同する。
「立香ちゃんは普段からかなり体を動かしてるからね。それに……」
君がやりたいと言ったら、運動でもなんでも一緒にやってくれるサーヴァントがたくさんいるよ。ゲーム機を通してなんて、まどろっこしいことやる必要ないさ。
こう言われて、「そうだといいな」と立香はお腹を触るのをやめ、年相応の照れくさそうな笑顔を浮かべた。
こんな笑顔が見られるならどんなサーヴァントも手助けを断らないだろう。
ダヴィンチは目を細め、新しい礼装はちょっぴり細く見える縦ラインを入れようと思った。いつもそう思って、結局デザインの可愛さを優先してしまうのだけれど。
カルデアの何でもない、日常のお話。
<おわり>
スイッチを買ったら職場の同僚がリン●フィットを勧めてくれて、その時思いついた話。
きっと私はリ●グフィットでも三日坊主です。