花言葉を君へ



(1)

 異世界から訪れたアーサー王は、カルデアに突然現れた自分を『夢のような存在』だと語った。誰とも深く関わらなかったが、気さくにどの英霊とも話したり、子どもたちと遊んだりして親しみやすい存在ではあった。じっくり話そうと思うとすぐ消えてしまうという不思議な人物ではあったが。
 彼はカルデアを自由に歩き回り、突如としてこんな提案をした。

「カルデアに足りないものがある。みんなの憩いの場だ」
 食堂はあるが、とより具体的な案を言った。
「…食事目的でなくとも、ゆっくりとくつろいで話をする場所。そうだな、ティールームのような場所があればいいんじゃないだろうか」
 こんなふうに彼が意見を言うのは初めてだったので、経営顧問のダ・ヴィンチや責任者のロマニは驚きつつも、なるほどと頷いた。
「私はある目的を果たすために旅をしているんだ」
アーサーは続けた。「でも、ここには少なからず縁を持っている人々がいる。世界を救うという志を同じにする人々がいる。その人たちのために骨身を折って貢献するぐらい許されるはずさ」
「じゃあ……君がいる間、その施設の手助けをしてくれるということかい?」
「もちろん」
 アーサーは頷いた。そのつもりでなければ提案しない、という安心感のある笑顔で。「ただ、助手が欲しいな。カルデアの施設や物資の補充に詳しい。アーキマンくん、私の右腕になってくれる人物を探していただけないだろうか」


 すごく驚いた。…私があの騎士王アーサー・ペンドラゴンの特別補佐を任されるなんて。
 私はカルデアで物資補充や施設の設備を担当している職員だ。欠かすことのできない重要な職務だけど、直接レイシフトにかかわる技術者や英霊たちのサポートをする職員とはちがって目立つことは少ない。
 むしろ不具合がでる前に仕事を終わらせ、目立たないように仕事することが大事なポイントだ。
 けっして周りに軽んじられている訳ではなかったが、アーサー・ペンドラゴンは初対面で話したとき、大いに私の職務を褒めてくれた。
「戦いで補充をおろそかにすると必ず不具合が出るんだ」
 アーサーさんの声は心地よかった。「だから補充担当は周りをよく見て、異変にすぐ気づいて行動できる人物が望ましい。カルデアはとつぜん今の状況に追い込まれたと聞いたよ。外部の手助けなく数年保てているのは君達のおかげだね」
「あ、ありがとうございます…」
 胸を張っていいと思うよ、と彼はわたしに微笑みかけてくれた。

 ――なんか、すごく嬉しいかも。
 かのアーサー王に褒めてもらえたということが大きな自信になった。ブリテンを治めていた人物なのだ。嬉しくないはずがない。
 彼は上司としてもすばらしかった。王として君臨していただけあって、指示を出したり、意見を取り入れたり、人を動かすのがとにかく上手い。おおぜいの騎士が彼に仕えたがった理由がわかった。
 仕事を楽しいと思ったことはなかったのに、彼との仕事は毎日楽しかった。

 彼のおかげでティールームの準備は順調に進んだ。たった数週間で設備や物品補充の経路が整って私の仕事は減っていく。いっぽう、経営の仕事がメインになってアーサーさんは忙しそうだった。
 それでも彼は毎日私に話しかけてくれた。仕事のついでに他愛のない話を少しする。それが何よりも楽しい。終わってしまうのがおしかった。

 ――馬鹿だな。彼にとっては仕事上の付き合いでしかないのに。
 ティールームの準備が終われば、もう話さなくなってしまうだろう。ただでさえ彼は「異世界から訪れた」と必要以上の関わりを避けている。そもそも、ただの職員が英霊と親しくすることはありえないのだ。
 ――気付いたら、知らない間に元の世界に帰っているかも。
 それは悲しすぎる。
 開店はバレンタインの日だった。
 ――感謝ってことで、チョコだけでも渡そうかな。
 まるで卒業式に手紙を先生に渡す生徒みたい、とおセンチな気持ちになった。でも感謝を伝えて、「ありがとう」と彼の温かい笑顔を見ることができたら十分だと思った。


(2)

 バレンタインの数日前から、マスターである藤丸立香がよく訪れるようになった。
「アーサー王はいますか?」
 お仕事中すみません、と申し訳なさそうに私に話しかけた。藤丸さんは誰に対しても礼儀正しい。かわいい普通の女の子なのに、命がけで人理のために戦ってくれている。大したものだといつも思っていた。
「はい、あちらに。どうぞ入ってください」
「ありがとうございます」
 お辞儀をし、改装がほぼ終わった部屋に入っていく。やあマスター、とアーサーさんの明るい声が聞こえた。
「あの話の続きなんだけど…」
「喜んで聞こう」
 2人は周りに聞こえないように話し始める。
 ――ああ、今日もなんだ。
 私は真面目に仕事するふりをしながら、2人の会話に耳をすましていた。会話の内容は聞き取れないが、声の調子から親密に話しているのがわかる。
 ――藤丸さんはすごいな。私はあんなふうにアーサーさんと話せない。
 笑い声が聞こえた。会話もはずんでいて、すごく楽しそうだ。
 自分の胸が軋むのを感じた。……藤丸さんは私とぜんぜん違う。あんな風に明るく話せないし、見た目も可愛いし、なんたって唯一のマスターだ。彼女に好きだと言われたら、どんな英霊もまんざらではないだろう。

「っ……」
 みにくいな、と自分の考えを感じた。
 ――違う。藤丸さんはマスターとして懸命に努力している。マスターになれるのは君だけ、と言われて逃げることもできず、あんな若いのに必死で戦っているんだ。
 彼女がしている努力。覚悟。恐怖から逃げない強さ。どれをとっても尊敬できる。“マスターになったから好かれる”んじゃなくて、藤丸さんは人柄も行動もすてきだから好かれるんだ。
 ――私はどうだろう。アーサーさんに好かれる努力をしただろうか……。
 気付いたら自然とそう考えていた。

「あ……」
 ――私、アーサーさんのこと好きだったんだ。
 胸のなかでぼんやりしていた感情が鮮明になる。とたんに心臓の鼓動が痛いほど速くなった。
 馬鹿、馬鹿だ。気付かずに終わってしまえばよかったのに。
 結ばれない、はるかに遠い人を好きになってしまうなんて……。


「そのことは立香さんが詳しいから聞いてみよう」
 アーサーはマスターの話が終わったあと、表にいる立香のところへ案内した。ところが、彼女はいなかった。
 休憩だろうか?でも真面目な性格の彼女が、自分に声をかけずにいなくなってしまうなど、これまで一度も無かった。


(3)

 いつから彼を好きになっていたのだろう。思い出してみると、かなり早くからだった。たぶん仕事を褒めてもらえたときから。ふだん褒められることの少ない私は、いとも簡単に恋に落ちてしまったのだ。
 身分不相応な恋心を抱えた自分がなさけなくて、ふふ、と苦笑が漏れる。アーサーさんに言わないで仕事を早引きしてしまった。いろいろ哀しくなって、部屋に戻ると靴を脱がないままごろんとベッドに横たわる。

「…明日から行くのやめようかな」
 仕事を早引きするときに、私の仕事はもう大丈夫です、と周りに告げてきた。そう言わなければ早引きしづらかったからだが、本当にもう行かなくても大丈夫だった。
 ――あと少しだけ、あれもこれも、と自分で勝手に引き伸ばしていただけ。
 ――彼は“仕事”を褒めてくれたのに…。
 ティールームの完成は間近で、手伝ってくれる人員もいる。私だっていつもの仕事に戻らなければならない。
 わがままを言って本来の仕事をほっぽりだした。せっかく彼は私の仕事ぶりを褒めてくれたのに。こんな私を彼が知ったら、嫌われてしまうだろう。

 小棚に閉まってあるチョコレートを思い出した。感謝の気持ちを伝えるつもりで用意した高級なチョコ。真っ白な箱にかわいいリボンが結ばれている。
 それだけじゃない。制服じゃなくて私服で渡せる機会があるかもしれないと思って、ずっと着ていなかったよそ行き用のスカートにアイロンを当てていた。
 ――私、すごく楽しんで準備してたんだ。
 カルデアで非常事態が起きてから、楽しいことを考える余裕は無かった。でもアーサーさんとの仕事は楽しかった。毎日わくわくしていた。久しぶりの感情だった。

「…それでも、好きになる相手はもっと選ぼうよ…」

 気付いたら涙が頬を伝っていた。
 ――馬鹿だなあ。
 この歳になったら失恋のダメージは大きいと分かっているのに。ああ、この身分不相応な恋心を、思いっきり笑い飛ばしてやろう。
 じわじわと溢れてくる涙を拭いながら、ため息混じりに笑った。


 しばらくすると、コンコン、と扉を叩く音がした。条件反射で、はい、と返事する。
「立香さん、大丈夫かい?」アーサーさんの声がした。
「……!」
 幻聴じゃない。はっきりと彼の声だった。靴を履いたまま寝転がっていたベッドから、急いで起き上がる。
「急にいなくなったから、何かあったのかと思って」
「あ……ちょっと気分が悪くなってしまったんです…」
 ドア越しに心配そうな彼の表情がうかんだ。嘘をつくのは胸が痛む。鏡に映った自分の顔は目が真っ赤だった。
「今日はお休みさせてください。心配をかけてすみません」
「そうか。ずっと手伝ってもらっていたから疲れただろうね。ゆっくり休んでくれ」

 会話は終わったのに、アーサーさんの気配がまだ扉の向こうにあった。
 ――ちゃんと彼に言おう。
 叶わない恋心を抱えたまま、彼と藤丸さんが仲良くしている姿を見るのは辛かった。だからといって明日も仕事を休むわけにいかない。
「あの、アーサーさん。明日からわたし元の部署に戻りますね。私が担当しているところはもう終わったので……」
 おそるおそる言った。するとアーサーさんは、
「それは困るな」
 とはっきり言い切った。
「え……?」
「せっかく君がこだわってくれたおかげで、素晴らしいティールームになりつつあるんだ。最後までやり切らずに終わるつもりかい?」
「でも……私のところは終わりました」
「だから困るんだ」
 彼の言葉はわたしの心を震わせた。
「基本的なことだけで終わりなら、それ以上のものは出来上がらない。私はただお茶を飲むだけじゃなくて、来てくれた人が心からリラックスできる場所を作りたいんだ。
 そのためにこだわって仕事してくれる人が欲しかった。君は本当にいい助手だった。何よりも君は、こだわって仕事していて楽しくなかったのかい?」
 
 聞かれるまでもなかった。
「…はい。すごく楽しかったです」


 それまで仕事というのは、ただやりこなすだけ、目の前にあるものを片付けるだけだった。
 ――でも彼と出会ってそれが変わった。彼に喜んでもらいたい。彼の目に映る私は頑張っていたい。
 同時に、アーサーさんの言葉が胸に入ってきて「ここに来る人みんなにくつろいで欲しい」と私も思うようになっていた。
 ――私の仕事でたくさんの人が喜んでくれるんだ。
 今までと大きく仕事の内容が変わったわけではない。でも彼のおかげで、見えていなかった他人の姿が目に浮かぶようになった。
 
「もうすこしで完成するんだ」
 アーサーさんは扉越しに優しく言った。「立香さん、最後まで一緒にやってくれるね?」


(4)

 ティールームの開店前日。アーサーさんは携わった人にだけ招待状を出した。プレオープンでおもてなしするのだという。
 私のところにも招待状が届き、書いてあった指定の時間に入店すると、他のお客さんは誰もいなかった。

「一番はじめのお客さんは君を招こうと決めていたんだ」
 白いスーツを着たアーサーさんが立っていた。店内の雰囲気に合うよう白い服を選んだと聞いていたが、実際に着ている姿はすごく格好いい。白をさらっと着こなしていた。
 アーサーさんは自然な動作でイスをひいた。
「どうぞ、レディ」
 にっこりと微笑まれて、緊張しながら腰を下ろす。彼は向かいに座った。
「どうかな? 完成したティールームは」
 店内の内装は白が基調で、清潔な雰囲気に木製のテーブルが安心感をあたえてくれる。ゆったりとした音楽が流れてたくさんの花が飾られていた。
「カルデアは外の風景が雪山だろう」
 それでは寒々しいから、と彼は言った。「花の魔術師にお願いして、明るい雰囲気にするために花を用意してもらったんだ」
「………」
 カルデアで花を見ることはほとんどない。花が飾られた窓辺は、まるで温かい太陽が差し込んでいるようだった。
 最後に花が添えられたおかげで、自分の携わったティールームが明るくかつリラックスできる空間になっている。とても嬉しかった。

「…アーサーさんありがとう。私、この仕事に関われて本当によかった」
「君が頑張ってくれたおかげだ」
 焼き立てのクッキーとともに彼は紅茶を注いでくれた。
「美味しい…!」
「お気に召したようで幸いだよ」
 私は緊張しながらも、持ってきていたチョコを彼に差し出した。「私からアーサーさんに。感謝を伝えたくて」
「ありがとう」
 彼はにっこりと笑う。そういえば、と彼は藤丸さんの話をした。
「今日はバレンタインデーだったね。マスターが何度もここに来ていただろう。彼女は円卓のなかに本命がいるらしくてね。無事にチョコを渡せているといいが…」
「きっと大丈夫だと思います」
 私は胸を撫で下ろし、美味しいクッキーと紅茶を心から楽しんだ。


「私もきみに贈り物をしようか」
 紅茶が半分になった頃、アーサーさんは立ち上がって花に歩み寄った。 
「――開店記念として、花の魔術師が育ててくれた花をお客さんに一輪差し上げることにしているんだ。君の花は私が選ぶよ」

 どんな花を選んでもらえるのだろうと、私は店内を見渡す。パッと目についたのは赤いばらだった。アーサーさんが私の目線に気づいて笑った。
 私は、赤ばらの花言葉が“愛”に関するものだったと思い出して赤面した。

「赤いばらは……異世界に帰ってしまう私からは、君にあげられないな」
 微笑みを浮かべながら、ある花の前に立ち止まった。「でも君にあげる花は決めていたよ」
 どうぞ、と彼がさしだしたのは美しい純白のばらだった。
「ホワイトローズ――花言葉は『心からの尊敬』、『約束』。
 君の仕事ぶりはすばらしかった。一緒に仕事ができて私も楽しかったよ。
 …そして、約束する。旅立つときはちゃんと君に言うよ、立香」

 動作があまりに美しくて、花が綺麗で、とっさに名前を呼び捨てにされていることに気づかなかった。
「たまには言葉の代わりにチョコや、花を贈るのもいいね」

 アーサーは優しいまなざしで立香を見た。
 気持ちを伝えるのが苦手な君に、伝えづらい事情を抱えている自分に、ものに思いを込めて告げるのも良いかもしれない。

 ――立香、僕はきみに花を贈ろう。
 花言葉を君へ。


 <おわり>


333333HIT記念リクエスト
みたらし様から頂きました、
『主人公≠立香。ホワイトローズのアーサーとカルデアでクリスマスのアフターヌーンティーをするのがいいです』
クリスマスにまったく間に合わない大遅刻ですみません。お茶する要素だけは残ってたかと…!
仕事を頑張っている女の子を思い浮かべながら書きました。内向的な主人公になってしまったので、ご期待に添えていなかったらすみません…どうぞご笑納いただけると幸いです。

ちなみに男の父上が去った後、ティールームの経営を任されるのはモードレッドとジキルです。
モードレッドは「面倒事を押し付けやがって…!」と言いながらも、後継者扱いされたのが嬉しい。そして何やかんやちゃんと紳士的な態度をとれる良い子。後日、モーさん話も書きたいと思っています。





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