すべては甘い貴方のせい



 ──好きな人ができたなら、ステキな姿を見せましょう。
 男の子は騎士のように。女の子はお姫さまのように。
 見せかけだけはだめよ、女の子なら細やかさと優しさを、男の子ならばお姫さまを守れる強さを。
 ステキな子はたくさんいるのだから──……。


■すべては甘い貴方(チョコ)のせい■


「はああああああ……」
 パッションリップは長いため息をついた。大きな腕も、胸も、持てあましてぐったりテーブルにもたれかかる。
「あっ」
 この前もたれかかったとき、重みに耐えられなくてテーブルを壊してしまったことを思い出す。顔を真っ赤にして「な、直してもらえますか?」とお願いしに行くと、たまたま通りかかったメルトリリスに笑われてしまった。
 ──大きな腕も胸も、じゃまで仕方ないわね。
 ほっそりした手足と体を見せつけるように身体をくねらせてメルトは去った。同じアルターエゴでも全くタイプの違う二人。それだけに、言葉は辛らつで胸にグサリと刺さる。

「………」
 こんなとき、マスターだったら『メルトはひどいね』とすぐ怒ってくれるだろう。カルデアに召喚されたとき、セラフであんなに怖い目にあったのに、マスターは私を喜んで迎え入れてくれた。
 『このチョコ美味しいんだよ』と言って手が使えないリップの口へ差し入れてくれたり、『リップの腕すごくカッコいい』と手がハサミになっている青年の映画を観たり。
 マスターの優しさにふれるうち、温かさが胸にじわじわ染みこんで、すぐこの人が好きだと気づいた。
 この人のためなら、全力で敵に立ち向かおう。そばにいると心臓がドキドキして壊れそうだけれど、一緒にいられるなら壊れてもいい。持っているすべてを捧げたいのだ。
 それからリップはマスターのためにできることを必死に探した。だが、戦闘ならまだしも平和な日常で自分の身体的特徴はマイナスしかない。優秀なサーヴァントはたくさんいて、女性としても魅力的な相手がたくさんいる。
 女性として好きになってもらうために女性らしく♂スかしようと挑戦するたびリップの行動は裏目に出た。刺繍に料理、掃除に飾りつけも。どれ一つとして上手くできた試しはない。

 ──きっとマスターなら、『そんなこと出来なくてもリップは素敵だよ』と言ってくれるだろう。
 でも、たまには女性らしい姿をマスターに見せたかった。優しい言葉に甘えてばかりではいけない。ぐずぐず泣いていたら、またマスターに心配をかけてしまう。
 バレンタインデーが迫っていた。女の子の決戦の日だ。
 ──うまく出来なくなっていい。勇気を出して、『好きです』と伝えるために恥ずかしくないモノが作れたら。
 それだというのに何度練習してもうまく出来なかった。誰かに手伝って貰えばもうすこし上手くいくかもしれない。でも、リップは自分の手だけで作り上げたかった。
 バレンタインが近づき、なんとなく甘い雰囲気が漂うカルデアで彼女が思いつめた表情なのにはこんな事情があった。


「どうしよう……今日がバレンタインなのに一つもうまく出来なかった……」
 甘くドロドロに溶けて、なんの形かも分からない茶色のかたまりを恨めしげに見つめる。みにくい姿はまるで自分みたい、と臆病な心が囁いた。
 ──出来損ないのパッションリップ。
 あなたを好きになってくれる人なんか、いやしないのよ。
「っ……」

 そのときコンコンとノックの音が聞こえた。続けて「リップ、入ってもいい?」とマスターの声がする。
 リップははっと顔を上げて、あわててチョコの残骸を片付けようと思った。でも隠せるような量でないし、部屋にただよう甘い香りもごまかしきれない。
「マスター……あの、今は入っちゃダメです……」
 すごく会いたかったけれどリップは泣く泣く断ることにした。「そうなんだ」と残念そうな声。すると、
「一瞬だけ廊下に出てきてくれない?」
 と彼は言う。一瞬だけなら、とリップは会いたい気持ちを抑えられなくてドアを開けた。
 ドアから顔をのぞかせれば「会えてよかった」と満面の笑みを浮かべるマスターがいた。

「これ、リップに食べて欲しくて」
「……チョコ、レート……?」
「バレンタインは貰う立場なんだろうけど、じつはお菓子作るの好きなんだ。日頃の気持ちを伝えるいいチャンスだし。
 だからリップに。チョコレート食べて欲しくって」
「………」

 ぼうぜんと見つめていたら、リップの口元にチョコが差し出される。リップは餌付けされるヒナのようにぱくりと口の中に含んだ。
 おいしい、と思わず言葉がこぼれて、差し出しているマスターの手にポタリと涙が落ちる。
「えっ、リップまずかった!? 無理に食べなくていいよ!?」
 あわてて必死に慰めようとする彼を、リップはほんのりあかい顔で「ちがいます」と見上げた。

 ──自分が作ったチョコより何倍も美味しいチョコに嫉妬したわけでもなく。
 ただ、ただ、あなたの行動がうれしかったんです。

 こう言ってリップが微笑むと、マスターは「ほっとした」と笑った。
「よかった……男らしくないって思われるかも、って思ったんだ。
 ほら、マスターなのに戦闘であんまり役立つわけじゃないだろ。だから自分のできることで喜んでもらいたくて。リップが喜んでくれたなら良かった」

 ね、と控えめに彼は言う。彼らしい物言いに、パッションリップは胸が高鳴ってもう抑えられなくなった。心がばくはつして、身体までばらばらになってしまいそう。
 ──その前に。
 リップはばらばらになってしまう前に、目の前にあった唇へ唇を重ねた。
 それはチョコレートみたいに甘くて心が溶けてしまうと思った。


 唇が離れ、やらかしてしまったことに慌てふためくパッションリップ。マスターも負けずおとらず顔を真っ赤にして、だがぼうぜんとしながらも感触を確かめるように自分の唇にふれている。
 そこを、通りすがりの糸紡ぎの妖精さんが、
「すごいお嫁さん力だ! マスター、あの子のウェディングドレス作ってもいい!?」
 と言ったとかなんとか。



<甘いね!おわり>


いつぞやであったか、夏にいただいたリクエストです。『パッションリップ×刺繍』でしたが悩みに悩み、けっきょく刺繍要素をゼロにして逃げました。すごく早くリクエスト下さったのにすみません…!(土下座)
男の子マスターは完全なる善人だとおもっています。でも照れながらも、キスの感触を確かめているのが可愛い。リップのウェディングドレスもすごく可愛いと思います。はべにゃん、刺繍とレースをたくさん入れてあげてね。
大変お待たせして申し訳ありませんでした。あまーく読んでいただけると幸いです。





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