※夢主人公は≒藤丸立香です。
LITMUS
人理修復に選ばれたのは役目にふさわしい人間ではなかった。たまたま役目を負えたのが彼女だっただけ。
でもこの子のことを嫌わないでほしい。この子は私自身なのだから。
「──マスター、住民のかたにご協力頂けることになりました」
「ありがとう」
人理救済をかけた特異点修復で、私はまっとうなマスター業をやっていた。彼や他のサーヴァントのおかげだ。現地住民とのやり取りをしてくれている彼──太陽の騎士ガウェイン──の背中を見ながら、私はため息をついた。
「貴様、いま『めんどうくさい』と思っただろう」
「……正解。王様はすごいね、私のことお見通しじゃん」
霊体化をといて背後にあらわれたギルガメッシュに私は苦笑を向けた。「私だったら、もっと手早い方法を取ってるだろうなあ」
特異点修復に行った先で、現地がカルデアに協力的でないこともある。ほとんどそうだ。そんなとき私はてっとりばやい方法≠考えてしまう。昔のクセで。
でも私は手を汚さずに、きれいな方法だけで特異点修復をやり遂げてきた。それは、最初にきてくれたサーヴァントのガウェイン、彼のおかげが大きかった。
その騎士が──実力でねじ伏せてしまえば簡単なのに──住民にいちゃもんをつけられて困っている姿が目に入った。ガウェインが住民から離れたタイミングで、私はギルガメッシュにささやいた。
「ごめん、王様。お願いできる?」
「またか。我を小間使いのようにこき使いおって……」
ギルガメッシュはぶつぶつ言いながらも、私の思うとおりの方法で住民を片付けてくれる。人気のないところで物が壊れる音がした。
でも胸がすっきりした矢先、音のした方向から、言い合う声が聞こえてくる。
──また貴方ですか…! 住民のかたを説得していたのに……。
──くどいと言っているのだ。もっと早く片付けられるだろう。
わざと遅れて、止めに行く。ガウェインの声が大きく響いていた。
「こんな方法では……マスター・立香を傷つけてしまいます。彼女の名誉を守るのも、サーヴァントのつとめではありませんか」
■□■□■
カルデアに戻ってきて部屋に着くと、すぐ魔術礼装を脱いでリラックスできる服装になった。はあ、とため息とともに意識していた笑顔もやめる。
ベッドに寝転がっていると、ノックもなしにギルガメッシュが部屋に入ってきた。
「……王様。ありがとね……」
「世界広しと言えども、こんなふうに我をこき使うのはお前だけだぞ」
「ふふ、それって褒め言葉……」
彼に手をのばされて、抵抗することなく受け入れる。
ギルガメッシュが私のところにやってきたのは、特異点修復で苦戦がつづいて、セイバーであるガウェイン以外の主戦力を必要としたからだ。初めはガウェインと違いすぎる彼の態度にとまどったが、敵とみればすぐ処分するきっぱりとした考えにウマがあった。それに彼は、私の性格を見抜いていた。
──貴様、そんな綺麗な笑顔をつくろう必要はなかろう。
ささやかれて身体を震わせた私に、見抜いておるとばかりにギルガメッシュは嘲笑った。ああ、と私は絶望ではなく、安堵のため息をもらした。
──王様には私≠ナいられる。
今でこそ『人理継続保障機関フィニス・カルデア』という立派な場所に勤めているが、前職の私は魔術師の暗殺を受けおう仕事をしていた。マリスビリー前所長に肩をたたかれたのも、カルデアで厄介ごとがあれば処理して欲しいと請われたからだ。
ところが予定外の事故によって、私のような人間に人理修復のマスター≠ニいう役目が与えられた。初めに召喚されたガウェインと出会ったのもそのころだ。
はじめは清廉潔白なガウェインにマスターとして奉仕され、こそばゆくもまぶしい役目に誇りを感じていた。生まれて初めてキレイな自分になる気がした。だが特異点修復に慣れてくると、自分のおこないと思考のズレを意識するようになった。
「呆れているのだ」
ギルガメッシュは私が返す奉仕を、目を細めながら受け入れている。そんなことを言いながらも私の髪を撫でる手つきは優しい。
「ううん、王様に、お前だけって言ってもらえたのが嬉しいんだ」
「愚かだな……」
──うん、そう。
マスター・立香として扱われるよりも、ずっとこの瞬間のほうが楽だった。私は王様のいう通りおろかなのだ。魔力供給を名目に簡単に身体を差し出せてしまうし、特異点を修復できるなら名誉も手段もどうでもいい。
ガウェインが特異点で私のために言ってくれた言葉を思い出した。あんな言葉は、かけるべき相手を間違えている。
──ガウェイン、私はそんなキレイじゃない……貴方が守るべき名誉も、プライドも、無垢さも持っていないんだよ……。
■□■□■
「マスター・立香」
ガウェインに呼び止められて、私は振り返った。太陽の騎士は端正な顔に眉を寄せていた。怒っているのではなく心配の表情だった。
「その……お節介かと思いますが」
彼は言いにくそうに口ごもった。
「無理矢理されて抵抗できないのでしたら、ダ・ヴィンチ女史に相談されてはいかがでしょうか」
ガウェインは、どうやら私の身体に残っているギルガメッシュの魔力残滓に気づいたようだった。思わず顔が赤くなる。
──もしかして……ずっと前から気付かれていたのだろうか。
もしそうだったら、どう返事をするかで私とガウェインの関係がすっかり変わってしまう気がした。長いあいだ忠義を捧げてくれた太陽の騎士との関係が。
──言ってしまえ。
心の中でささやかれた気がした。声にゆだねれば、楽になれる気がした。唇がわずかに開いて震える。
……うん、きっとそうだ。言ってしまえば楽になれる。
でも以前の関係では無くなってしまう。ガウェインが忠義を捧げてくれたマスター・立香≠ナはなくなってしまう。言い知れない恐怖がぽっかりと足元に口を広げていた。
「大丈夫だよ」
私は苦笑を浮かべ、たった一言だけでその会話を終わらせた。
ガウェインと接するときに感じる、息苦しさを手放したかった。でも彼との関係を失うほうが辛かった。
「………」
「そうだ、ガウェインも魔力供給しなきゃ……」
利き手ではない手を彼に差し出す。ガウェインはまだ心配そうな顔をしていたが、宙ぶらりんな私の手を取り、持っていた小刀でそっと傷つけた。
にじむ血を見て、彼は口をつける前に、私の許しを確認するように目を合わせた。きれいな青い瞳だった。
──大丈夫。まだ、彼の瞳に映る私はゆがんでいない……。
指から生じた痛みに、締めつけるような胸の痛みも共鳴している気がした。
■□■□■
「これは、英雄王どの」
カルデアの一角で、はち合わせた二人の英霊はめずらしく言葉を交わした。同じマスターに仕えていてもほとんど会話することはない。
騎士が会話を求めてくるときは、怒っているときだけだった。我慢しきれなくなって血が煮えたぎるときだけ。彼は頭を低くすることもなく、眼光は怒りをはなっていた。
「貴様、騎士だったな。王たる存在への敬意はどこへ行ったのだ?」
「失礼ながら、仕えるべき王は選ぶことにしているのです」
「………」
ギルガメッシュはわかりやすい挑発を鼻でわらった。だが興がのったらしく、笑いを浮かべながら誘いを受けることにした。
「微々たるものだが、小娘からもらった魔力が余っていたところだ。生意気な犬を躾けるにはちょうどいいだろう」
「あまり慢心されないほうがいいですよ。犬に手を焼かれるでしょうから」
ふたりはシミュレーション室へと消える。それぞれ思い浮かべていたのは同じ女性だった。
──主君にふさわしい立場でいてもらおうと、全霊を捧げる騎士か。
──あるがままを受け入れる王の度量か。
リトマスの紙のようにかざして、図ることはできない。
それでも私はあなたのそばに居てしまう。
<おわり>
緑黄色社会さんの『LITMUS』を聴いて思いついた話です。
言えないことって何かなー…とつらつら考えながら、たまには悪い子で書いてみました。冒頭で言っている、「嫌わないで」はガウェインに対する言葉です。
たぶんガウェインは知っている。ギルはそれも見抜いている。
対照的ながら、どちらもマスターを大事にしています。仲良しじゃんか。