エロ本をめぐる騒動



 これはマスター立香が、古参サーヴァントと召喚したばかりの円卓の騎士たちと特異点に行ったときの話である。一日の行程を終え、かれらは森で野営をしていた。
「ランスロット!交代の時間だよ」
 立香はランスロットに交代を告げた。見張りは休憩など必要としないサーヴァントに任せて良かったが、立香はいち早く彼らの仲間になりたくて申し出たのだ。
「すまないな立香」
「ううん、大丈夫。あとは任せて」
 まだ緊張が残っているが、良い関係ができつつあると思っていた。しかし彼が森に消えたあと、立香は彼が座っていた場所に一冊の本が残されているのに気づいた。
 エロ本だった。
「〜〜っ!」
 立香は声にならない声をあげ、おそるおそる本を手に取った。古今東西、エロ本はどれも同じだ。あられもない裸の女性が描かれている。しかも無修正のかなり卑猥なやつ。
 …どうしよう、ランスロットも男の人だし……。
 生理的欲求があるのは仕方ない。だが、これは世界を救う任務の途中なのだ。
「――どうしましたか、立香?」
 悶々と悩んでいるところに背後から声をかけられて、立香は驚いて思わず本を鞄の中に隠した。
「トリスタン…!な、ななんでもないよ…」
「何かおかしなものでも?」
「そんなことないよ!」
 心配そうに首をかしげたトリスタンの前で、本を元の場所に戻せなくなった。立香はエロ本を持ち帰えらざるをえなくなってしまったのである。


 ――明くる朝。
 野営地から出発したあと、立香は悶々とした思いを抱えていた。あの本をランスロットに返すべきだろうか。でも彼だって男だし、立香が見つけたと知れば恥ずかしいだろう。エロ本はまだ鞄の中にあった。
「立香、どうかしましたか?」心配したガウェインが声をかけてきた。
「いや…ちょっと考え事をしてて」
「悩みですか? なんでも私たちに言ってください」
 ぐいぐい来る太陽の騎士に対して、ロビンが助け舟を出してくれた。「太陽の騎士さん、マスターはお年頃なのさ。言えない悩みの1つや2つぐらいあるって」
 ううっありがとうロビン。心の中でこっそり新茶さんと呼ぶのはやめるね。あとで種火でもあげよう。そう思った矢先だった。
「待ってください」
 珍しくベディヴィエールが会話に割り込んできた。「その悩み……放置してはいけないことかもしれません」
 真面目なベディヴィエールの言葉に立香はたじろいだ。彼は続ける。
「後で重要だったと気付いても遅いのです。後悔は先に立ちません。どんな些細なことでも共有し、互いを理解することで真の仲間になるのです」
 ベディヴィエールの言葉は説得力に満ちていた。うんうん、とガウェインが頷く。
「そうですよ、隠し事はいけません。私たちは共に人理を守る仲間なのですから」

 “仲間”――その言葉に立香はがくぜんとした。そうだ、悩んでいる場合ではない。これは個人の問題ではなく、人理を救うための戦いなのだ。
「わかった」
 立香は息を深く吸い込んだ。そして鞄から例のエロ本を取り出し、まっすぐランスロットに歩み寄る。ギョッとした表情になった彼に本を差し出し、きっぱりと言った。
「……ランスロット。男の人だから欲求があるのは仕方ないけれど、こういうものをホイホイ置きっぱなしにするのはいけないと思う。いたいけなマシュが見たらどうするつもりだったの」
「――!」
 手渡されたものに、ランスロットは大きく目を開いて固まった。仲間たちの視線が卑猥な本に集中した。
「サー・ランスロット……何を考えているんだ」
「あんなものを立香の目の入るところに置いておくなんて」
 どれだけ立香の心が傷ついたか。仲間たちは口々にランスロットを非難した。彼は必死に弁解する。
「ち、違う!あれは前の村で出会った男にムリヤリ渡されたものなんだ」
「でも持ち歩いていたということは読むつもりだったんでしょう」ガウェインが言った。
「読んでいない!あ、あんなえぐいもの…」
「えぐい? 読んでないのならどうして分かるんです?」
 とトリスタン。マシュは汚ったねえものを見るような目でみている。

「…これがギネヴィア王妃の耳に入ったら、どう思われますかね」
「我が王も恥に思われるでしょう」

 容赦のない追及だった。ランスロットはエロ本を握り締めたまま、その場で膝をついて許しを乞うた。
 ――我が王、お許しください、と……。



 それで、どうなったかというと。
「よっ、エロンスロット!」
「エロンスロット卿」
 朗らかな笑顔でロビンとガウェインが挨拶をする。ベディは恥ずかしくて言えない。マシュは視界に入れようともしない。
「サー・エロンスロット。貴方はいくつも通り名を持っていますが、これもなかなか良い名ですね」
 いや、お前は絶対に楽しんでるだろう。ランスロットは爽やかに言い去っていくトリスタンを見た。


 ――ランスロットは罰として、しばらくこのあだ名で呼ばれることになった。
 肩身がせまそうなランスロットを見て立香は胸を痛める。だが、これは真の“仲間”になるために必要な試練だったのだと思った。
 そうしてまた一歩人理修復に近づいたと、歩みを強めるのだった。



 <おわり>




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