ちゃんとするやつ



※どこかで読んだことがあるような古典的な展開をする話です。


 虞美人は口いっぱいに含んだアイスティーを吹き出しかけ――吹き出すわけにいかなかったので飲み込むと――肺の方に入ってしまい、咳き込んだ。
「せ、せんぱい、大丈夫!?」
「ちょっ…立香、あんたっ私を殺すつもり!?」
 あんまりにも苦しいから一回爆散してやろうかと思ったわよ。ぐっちゃん先輩はキレながら言った。「付き合って一年も経つのに、キスしたことがないってどういうこと?」

 こんな話になったのは、立香がどうしても先輩に相談にのってほしいと言ったからだ。マシュでもなく、ダ・ヴィンチでもなく、エミヤでもなく。最初は「後輩に頼りにされるなんて……めんどくさいけど仕方ないわねえ」と優越感にひたっていた虞美人だが、内容に吹き出してしまった。
 立香いわく、付き合って一年経つガウェインと関係が進まないのだという。どうやったら先に進めますか、と。
 なんで私に相談するのよ、と言うと「だって先輩はそういうの慣れてると思ったから…」と立香は顔を赤らめた。「もしかして、こういう話は苦手でしたか?」
「ち、違うわよ!」
「まさか先輩はあんまり経験がないとか…?」
「そんなわけないじゃない! 私なんて生前の項羽様とヤリまくりよ!ヤってヤって、ヤリまくりだったわ!!」
 虞美人は叫んだ。口をハッと抑えて「聞いていたのは立香だけよね」と振り返ると、コンコン、とドアをノックの音が聞こえた。
「あのう…」
 ドアの向こうから聞こえてきたのは蘭陵王の声だった。「廊下じゅうに、お声が響いておりました。これ以降はお気をつけください」
「「………」」
 虞美人はわなわなと震え、涙目になりながら後輩の相談役にもどった。「い、今言ったことは項羽様には内密にね。それで、続きを聞こうじゃない……」


 立香は先輩の様子におろおろしながらも、円卓の騎士ガウェインとの馴れ初めを話した。
 第六特異点のあとカルデアに召喚されたガウェインは、はじめは敵だった記憶があって怖かったが、立香を丁重に扱い、命をかけて戦ってくれた。そんな彼への恋心に気付いたのはすぐだった。“騎士として接してくれているだけ”と葛藤しながらも、旧カルデアが解散する前に「後悔したくない」と彼に告白した。
 すると、ガウェインは立香の手をとって、「私の真心も受け取っていただけますか?」と言ったのだ。めでたく恋人同士になった2人だったが、いったんは離別し、彷徨海で奇跡的な再会を果たした。そして今ふたたび愛を育んでいる最中だった。

「……聞いていて胸焼けしそうなほどクソつまらない話だったわ。それで、順調にいっているわけじゃない。ガウェインもあんたが大事だから手を出さないだけでしょ。どこに問題が?」
「でも、一年も経つのに……」

 立香が不安になったのは、彷徨海で再会した直後のことだった。二度と会えないと思っていた恋人との再会。感情が高まったのか、ガウェインは珍しく夜に立香をたずねてきた。そこで頬を寄せ合い深いキスしたのだ。いつもの触れるだけのキスではなく、深いキス。
 はじめて入ってきた舌に驚いて、立香は真っ赤になり固まってしまった。そのまま緊張して動かない立香にガウェインが驚いた顔をしたので、
「はじめてだから緊張して…」というと、彼はすこし考えて、そっと立香に触れるだけのキスをした。
「…はじめてなら仕方ないですね。しかるべきときに、きちんと手順を踏んでから、貴女を求めるべきでした」
「ガウェイン…?」
 そう言うなり、おやすみなさい、と立香の部屋から出て行ってしまったのだ。
 それからというもの、あいかわらず優しいが二人きりになるのを避けられている気がする――『もしかして嫌われた?』――本題はこっちだった。


「うーん…それって…」
虞美人は否定の言葉が喉元まででかかったが、後輩が泣きそうな目でこちらを見たので、ぐっと堪えた。「ガウェインだってその気がないなら付き合ったりしないわよ」
「でも男の人なら、そういうの、したいんじゃないの?一年も付き合って手を出してこないなんて……めんどくさいって思われたんだ。“初めて”って言ったから」
 涙がこぼれる寸前だった。ええい、これじゃ、私が後輩をいびって泣かせたみたいじゃないの。虞美人は犬も食わないような相談をしてきた後輩の面倒を、最後まで見てやろうと決心した。もし邪な思いを抱いているサーヴァントに相談したら、利用されそうだと思ったし。

「ぐっちゃん先輩……どうすればいいかな?」
「そんなの簡単よ」胸を張ってみた。頼もしい先輩のすがたに、立香は目を輝かせた。「さすが先輩!」
「ふん、だてに数千年も生きてないわよ。こんなのお茶の子さいさいね。
 そう、まずは――…」



1、彼の気を引く

 立香はボタンを一つ外して歩いていた。ちょっと胸元がスースーする。でも鎖骨が見えるくらいの至って健全なものだ。
( こんなの気付いてもらえないんじゃないかな )
( まずはきっかけ作りよ )
 霊体化した先輩がささやきかける。この先輩はめんどくさがるくせに、やり始めると丁寧なかまいっぷりをするのだ。
 すると廊下の向こう側から歩いてきたエミヤが目ざとく気付いた。
「…む。立香、ボタンが外れているぞ」
「えっと…シュミレーターで引っ掛けたかな…ありがとう、エミヤ」
「ボタンをつけ直そう」
( お前はお母さんかっての。ちっ…邪魔ね )
( ぐ、ぐっちゃん先輩…! )
 そこへ、ようやく待ち構えていた円卓の騎士たちがやってきた。彼らはいつも同じ時間にシュミレーター室で訓練をしている。ガウェインは立香に気付いて微笑んだが、エミヤが彼女の首元をみているのに気付いて少し険しい顔をした。
「……英霊エミヤ。何かありましたか?」
「ガウェイン卿、立香のボタンが取れていてね。上着を預かろうとしていたんだ」
「ほう…?」
 ガウェインは立香に近づいた。訓練の後だからか額に汗をかいていて、甲冑を脱いだ彼はぴったりとした黒い上着を着ている。横腹の筋肉が隆々としているところまでくっきり見え、立香は自分が誘うつもりだったのにドキドキしてしまった。ガウェインはあいた首元に鋭い目をやり、しぜんな仕草で腕に持っていたマントを立香にかけた。「では上着を預ける間、そのマントを着ていてください。お部屋までご一緒しましょう」


2、二人で話すことに持ち込む

 エミヤに上着を渡した後、立香はガウェインに付き添われてマイルームへ戻った。でも道すがら、ガウェインは一言も話さないし、後ろを歩く立香に笑いかけもしない。時折きちんと付いて来ているか確認する程度だった。
( 二人きりになれたわね。でもアンタ達、こんなに話さないの? )
( ううん、いつもはもうちょっと… )

 立香はけわしい表情のガウェインにしゅんとなった。騎士達と一緒にいるところに用事を持ち込んだのが不味かったのだろうか。もしかして一緒にいるのは楽しくない?二人きりで歩くのも久しぶりだった。せっかく先輩が協力してくれたのに、悲しくなった。
( なんとかガウェインを引き留めないと… )


3、部屋に連れ込む

「ガウェイン」部屋の前についた立香は勇気をふりしぼった。「…もう少し、一緒にいたいの。ダメ、かな…」
「いいえ駄目というわけでは…」
 そこでようやくガウェインが、上着を着ていない立香のタンクトップ姿から目を逸らそうとしているのに気付いた。黒いぴっちりした服で、いつもより体のラインがわかる。いや、ガウェインも似たような姿をしているのだが。
 彼の耳はほんのり赤い。「私は用事がありますので、ここで――…」
「あっ…」
 背後から虞美人に押されて(霊体化しているが)、立香はよろめきガウェインの胸に抱きとめられる形になった。「っ……!」
 がっしりとした体だった。甲冑姿ではないぶん、いつもよりダイレクトに体温が伝わる。心臓の鼓動がかれに聞こえてしまうのではないかと思うほど早鐘を打った。
「立香…」
ガウェインが優しい声で自分の名前を呼ぶ。勇気をふりしぼって、あともう一押し。口を開きかけた彼女を、ガウェインはぐっと押し除けた。「…部屋まで、お送りしました。これ以上は差し支えますので、ここで」
「ガ、ガウェイン…?」
 立香をしっかり立たせ、身をひいたガウェインは冷静な表情だった。騎士の礼をとると、彼女を置いて廊下をあるいていく。もう一度、彼の名を呼びかけたが振り返らなかった。
 立香は立ち尽くした。


「立香」虞美人は霊体化をといて、ぼうぜんと立っている彼女に話しかけた。「ちゃんと部屋まで送ってくれたじゃない。優しい人ね」
「…っ…!そんなの、騎士だからだもん…!」
 立香は顔を手でおおい、深いため息をついた。勇気を出したぶん、恥ずかしさもあり、悲しくなったのだろう。
 後輩にどう声をかけていいかわからず、虞美人はガウェインが歩いて行った方向をにらんだ。「恋人に触れて、その気にならないなんて……何かあるわね…」
 

 その後も先輩は後輩のために、いきなり水をぶっかけるとか、他の男性サーヴァントと話しているところをみせるとか、そういう小細工をしてみたのだが、ガウェインは一切紳士的な態度を崩さなかった。
「これもだめか……じゃあ次の作戦は…」
 と頭をなやませている虞美人に、ついに立香は言った。
「……先輩。わたし、勇気を出して、自分から誘ってみようと思う」
「え。でもアンタ、初めてなんでしょ?」
 虞美人はびっくりして立香をみた。立香は顔をあかくしていたが、目に迷いはなかった。
「はしたないって思われるかもしれないけど、“私が”ガウェインとの繋がりを欲しいんだもん。それで『そういうことは考えられない』って言われちゃったら…はっきりするし」
「………」
「彼をためそうとして色々やってみて、自分がしたいことを人に期待するのはよくないと思った。でもそれに気付けたのは、ぐっちゃん先輩が私の悩みに付き合ってくれたからだよ。ありがとう」
「後輩…っ」
 まっすぐな瞳で想いをかたる後輩をみて、虞美人は自分の心のなかでも純真な恋心がわきあがってきた。二人がなんとしても結ばれて欲しいと思った。
「…せいぜい頑張りなさいよ。何かあったときのために、本でも読んで待っててあげるから」
「うん」
 素直でない先輩の応援を、立香は笑ってうけとった。



 そして夕食を食べ、シャワーを浴び、みだしなみを整えたあと。
「よし!」
 と、立香は気合をいれてから出発した。「じゃあ行ってくるね!」



 虞美人はそんな彼女を見送りながら、「若いっていいわねえ」と柄にもなく胸が暖かくなっていた。
 茶菓子でも食べて待っていようかと思い、食堂に取りに行くと、たまたま円卓の騎士たちが集まっているところに遭遇した。飲んで談笑している。酒飲みに話しかけるのは嫌だったが、立香が部屋に行ってもガウェインが不在かもしれない、という心配がよぎり、話しかけた。
「……ちょっと失礼しますけど。ガウェイン卿は、いらっしゃらないのかしら」
「あいつなら、マスターに呼ばれたって言ってたぞ」
モードレッドの物言いは横柄だった。「ろくでもないことを考えてる表情だったな」
「ろくでもない…?」
 二人が約束していたことに安心しつつ、虞美人は眉をひそめた。
 彼女の中でガウェインは悪くない評価だった。立香の気持ちに気づかないのは残念だが、手を出さない紳士的な態度は好印象だった。
「どういう意味なの? めずらしく紳士的な人間だと思ったけど」
「表面上はそうなんですがね、虞美人どの」
酒に酔ってほんのり頬をそめたランスロットが口を挟んだ。「それが、あいつのやり口なんですよ。かれは年下の巨乳好きで、それもウブな性格の女性が好きでして…」
「女が『恥ずかしがりながらも、自分から言ってくるのがたまらない』と言っていましたな」
と、耳まで赤くなっていたトリスタンがうけた。
「は…?」
虞美人はあいた口がふさがらなかった。つまり、ガウェイン卿の態度は演技で、立香が自分から「してほしい」と言いにくるのを待っていたと言うことか?
「す、すみません、虞美人どの。三人が失礼なことを」
ベディヴィエールが慌てて謝罪した。「この人たちが言ったことは忘れてください。ほんとうに、気になさらないでください…!」
「気にしないわけないでしょ。どういうことよ!」
 虞美人はベディに食ってかかる。それを見ながら、お酒の力で饒舌になったランスロットとトリスタンがまた余計なことを言った。
「ガウェイン卿は、純な女性を自分色にそめるのが大好きなのです。準備して、じわじわと染めていくのがいいのだと……マスターのように可愛らしい乙女など、“大好物中の大好物”ですな」
「…そのネチっこさ、絶倫ぶりといったら。我々は彼のことを、こう呼んでますよ。
『バスター エッチ ゴリラ』とね!」

 虞美人は怒りで爆散した。その理由は聞かないでおいて貰おう。



――コン、コン、コン。

 そのころ、ガウェイン卿の部屋にはひかえめなノックの音が響いた。
「……ようやく、いらっしゃいましたね。私のかわいい立香」
 ガウェインは眺めていた絵姿をしまい、着衣を整えた。ドアの向こうには、絵と同じ少女が恥じらいながら待っている。
 そしてドアを開け、紳士的な表情を浮かべて言った。

「お待ちしていましたよ」




<ちゃんとするやつ>

ガウェイン好きのかた、ごめんなさい。バスターエッチゴリラという言葉を書いてみたかっただけです。
続きは18歳以上です。さらに卿が変態になっていくので、苦手な方はご遠慮くださいませ。
パスワードはこのサイトの<開設日数字4ケタ>(月日)です。



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