月夜に君とワルツを



空き部屋から、夜な夜なピアノの音と人の気配がする……と聞いたのはお盆のころだった。
中をのぞいた者もいたが、ドアを開けるとふっと音が消えてしまうらしい。重大事件ではないがカルデアで起きている異変だからなんとかして欲しい――そう言われて、立香は顔面蒼白になった。

「マシュ……今の話、ほんと?」
「ええ。急ぎではないですが先輩に解決して欲しいそうです」
「どうしよう…私、心霊系ダメなんだよね……」

それを言ったらサーヴァントの皆さん、心霊みたいなものですよ。マシュは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。これ以上先輩が混乱しても困る。
「直接のりこんでも解決できないので、いっそおびきだそうという作戦です。」
「それでマリー・アントワネットとアマデウスが居るのね」
あかるく手を振る二人に立香はちからなく微笑んだ。「ヴィラ、フランス!」と笑顔をふりまく王妃様と、今にも指先から音楽を奏でたがっている音楽家。テンションが大違いだ。
「お2人に華やかで陽気な舞踏会を再現してもらい、つられて出てきた犯人を捕まえます」
「うん、理解した。でも私も必要なの?」
立香は事前に渡されていたダンスの練習着とハイヒールを身につけていた。履き慣れないヒールとドレスに足をもじもじさせる。
「それは絶対、必要……ひつようです!! このマシュ・キリエライト、先輩の勇姿を全力で記録します!!」
マシュはハンディカメラを持たない手をぐっと握りしめた。
どうやらこの後輩は踊らないらしい。じゃあ私が王妃様とおどるのかな……そう首をかしげた立香に、マリーは微笑んだ。

「立香、ダンスは男女で踊るものよ。ぴったりな相手役をお呼びしたわ。」
まさかアマデウス?と目を開いたとき、管制室のドアがひらいて明るい髪の英雄が歩いてきた。
「えっ……」

立香はびっくりして立ち上がった。目の前に現れたのは、ライダーのサーヴァントでギリシャの大英雄。アキレウスだったからだ。
「な、なんでアキレウスが……」
「だって彼、運動神経ばつぐんでしょう? 心霊系の攻撃も効かないし。パートナーとしてぴったりだわ」
「それはそうだけど……」
うろたえる立香の耳に、いたずら好きな王妃様はキュートな声でささやいた。「遠慮しないで踊りなさい。好きな人の手を堂々とにぎって、体をくっつけられる口実ができたのよ」
「――っ!」
すっかり自分の心が見透かされていたことに立香はうろたえた。マリーは何でもないかのように体を離す。真っ赤になった立香が顔をあげると、呼び出されたがどうしたらいいものか……アキレウスが困った表情で立っていた。
「嫌だったらいいぜ。アンタと踊りたいやつなんてたくさん居るだろうし」
「ち、ちがうよ。緊張しちゃって……」
立香の赤い頬はアキレウスにも伝染する。この場の空気だけでもとっくに甘い。マシュは無言でビデオのRECを入れていたし、アマデウスはBGMを即興で作り始めていた。
「じゃあさっそく始めましょう」
マリーはその場の空気をしっかりと楽しみながら、パンパン、とレッスン開始の合図を出した。


「まずワルツは『まわる』という意味なの。男女がからだをくっつけて、三拍子のリズムで踊る。初めは難しいけれど息が合うようになると、とっても楽しいわよ」
マリーはアキレウスと立香を向かい合わせ、片手を目の高さにあげて重ねさせた。二人同時に手のひらを合わせてパン!と音を立てる遊びをする。簡単なことなのに、なかなかタイミングが合わず音が鳴らない。
「ダンスは息を合わせるために、男性がリードして女性がついていくの。そのためにリードする側は自分の思っていることをきちんと伝えること。女性も相手をよく観察して、ついていくのよ」
言葉を使わず、おたがい視線をあわせながら姿勢や動きでメッセージを伝える。きちんと見ていれば、立香にアキレウスのメッセージが伝わるようになってきた。ようやく音を鳴らすことに成功する。
「出来たわね。ダンスも同じよ。一歩踏み出すときは、足を軽く曲げて合図するの。大きく動くときは深く曲げる。前進であれば体を前に傾け、横であれば横に体を傾ける。姿勢や動きで次の動作を伝えるのよ」

じゃあ動いてみましょうか。とマリーは二人にワルツでおなじみのポーズをとらせた。片手をつなぎ、立香は空いた手をアキレウスの肩にそえる。アキレウスは肩にそえられた方の脇から背中に手をそえる。
こんなに密着するのは初めてで(手も繋いだことがなかったから)、立香は彼からつたわる熱でさらに体温が上がった。
「左右に動いてみて。相手の動きをよく見るの」
さきほど言われたアドバイスを思い出しながら、アキレウスの合図に集中しようとした。だが体格差もあって、歩調や左右の動きがちぐはぐになる。困ってマリーの方を振り返ると、彼女は「大丈夫」というように微笑んだ。
「アキレウス、もっと合図をつたえるために、恥ずかしがらずに相手をホールドして。そうすればあなたの足の動きや手の動きが瞬時に、立香へ伝わるようになるから」
「あ、ああ…」
目の前でギリシアの英雄が戸惑っているのをみて、立香はアキレウスも緊張することがあるんだと思った。
そんな様子をみながらマリーが更に笑みを深くしたのは、『正直になれないのは立香だけじゃなくてアキレウスもね』と思ったからだった。



ダンスレッスンは3時間におよんだ。
アキレウスは元の身体能力が高いからか、基本のステップをすぐに習得し、ひょこひょこと足を動かす立香を苦笑しながらみつめている。あまりの習得差に「ここから先は個人レッスンね」とマリーが言った。
「アキレウスはいいでしょう。立香、もちろんあなたは残ってね」
「はい……」

彼が部屋から出て行ったあと、マリーは水を立香にさしだした。「ありがとう」と言って水に口をつける。マリーは「それで、どうだったかしら?」といたずらっぽく聞いた。
「ど、どうだったも何も……」
立香はむせそうになりながら答えた。「緊張で半分ぐらい覚えてないよ。あんなに近づいたのは初めてだったし」
「そう。アキレウスも緊張していたわよ」
「……彼もワルツは初めてだったからだよ。それに私が下手だから、気をつかって踊りにくかったんじゃないかな」
「………。」
マリーは立香の返答に『違う』と言いたげだった。
彼女がそう言いたがるのは分かる。でも、ギリシャの大英雄が私に関心があるなんて、はなはだポジティブな勘違いだ。
サーヴァントとマスター。ふつうとは違う特別な絆でむすばれているが、特別扱いしてくれたり、優しく接してくれたりすることを“恋愛”と間違って解釈すれば迷惑だろう。
仮にもしお互いを想い合っていたとしても、生きた時代に数千年の差があり、相手は霊体だ。想いを通じ合うことはよほど難しい。

「ねえ、立香。私たちにだって普通の人間と同じ感情があるのよ」
「うん……でもやっぱり特別な関係になるのは難しいよ。アキレウスのことは好きだけど、片思いで十分幸せなの。好きな人と一緒にすごせて力を合わせられる。それができるなら、特別な関係は必要じゃないかもって思う。
 いろいろと気をつかってくれたのに…ごめんね。」
立香の曇りのない笑顔に、マリーは言い返すことができなくなる。貴方の考えもわかるけど……と呟いた後、ふうと息をついてレッスンの時と同じ表情にもどった。
「……わかったわ。じゃあ、せめて好きな殿方にすてきな姿をみせましょう。とことん仕込むから覚悟してね!」
「えええー…」



次の日の夜。立香はマイルームで待機していた。
マリー・アントワネットに言わせれば、ダンスのエスコートというのは女性を迎えにくるところから始まるのだという。ガチガチに緊張する立香をマシュは「さ、撮影の練習ですから…!」と撮り始めている。わくわくしているのは明らかだ。
ノックの音がして、立香は背筋をぴんと伸ばした。「ど、どうぞ」
「――邪魔するぞ」
ドアが開き、アキレウスが入ってきた。いつものギリシア風の服装ではなく、黒いタキシードにアスコットタイを身につけている。少し窮屈そうに首元にふれているのがセクシーだ。
言葉を失っている立香にアキレウスは言った。
「…似合わないのは気にするなよ。借り物だからな」
「違います、先輩はアキレウスさんがステキなので見惚れているだけですよ」
後輩が気を利かせて気持ちを代弁してくれた。「お、おう…」と彼は恥ずかしそうに返答した。「マスターも……その、よく似合ってるな」
 立香はダ・ヴィンチちゃんが用意してくれた白基調のドレスを着ていた。肩がざっくり出ていて、黒いリボンが体のラインを強調している。戦闘になる可能性があるので華美な衣装を避けたが、いつもより露出が多いので照れくさい。
「じゃあアキレウスさん、先輩のエスコートおねがいします!」
「ああ」

アキレウスは立香の手をひきながら、例の部屋にむかって歩き始めた。
歩き慣れた廊下なのに、いつもと違う彼の雰囲気と任務前の緊張で別の場所みたいにかんじた。空気がすこし甘くて照明が暗い気がする。不安な気持ちと、彼と踊るという緊張が混じって足元がふわふわする。
「――例の部屋に着くぞ。マスター、だいじょうぶか?」
「うん…」
いつもより言葉のすくない立香を心配したらしい。大丈夫だ、とアキレウスは言う。
「アンタには俺が付いてる。何があっても守ってみせるさ。
 それとも、ダンスの腕前の心配か?」
「…両方かな?」
立香はようやく表情をゆるめた。
ドアが開くと、アマデウスがピアノの前に座っていて、マリーがハープを構えながら笑顔で手をふってくれる。

――大丈夫、ダンスにいちばん大事なのはリラックスだ。
そして相手を信頼するという心。きちんとアキレウスをみて動きを合わせれば、ぎこちなくてもダンス(共同表現)になる。

ゆったりとした音楽がながれ、アキレウスの肩に立香は手をまわした。
1、2、3と歩調をすすめてターンする。おぼつかない足取りだったが、揺れるようなリズムに支えられているという安心感。しだいに大きく動いてもぴったり動作があい、うれしくなって笑顔がこぼれた。
「…マスター、ずいぶん上手になったな。楽しいか?」
「うん。アキレウスの動きがわかるよ。もっと踊りたい!」
じゃあ、というようにアキレウスは片手を繋いだまま、背中をホールドしていた手をはなしてグルリと立香を回す。はじめての動作だったが上手にターンがきまり、アキレウスはぎゅっと立香を受け止めた。
「…すごい…!」
「もっとできるか?」
アマデウスが二人の動きが大きくなったのに合わせて、ピアノの音色をはなやかに奏でる。リズムに体がのり、連続してターンがきまった。
「最後だ。きめにいくぞ、立香!」
アキレウスは立香の腰に手を回すと、羽のように持ちあげてくるりと周った。ふわりとながれた髪が彼の肩に触れる。顔の高さが同じになり、視線がかちあった。
唇がふれそうな位置で、音楽が終わった。

「……すばらしかったわ、二人とも!」
マリーが言った。アマデウスも拍手する。二人は息が切れ、言葉はなかった。それともお互いの近さに冷静になって言葉をうしなったのか。

だが、部屋の中は何の変化もおきていなかった。不安そうに立香があたりを見回すと、マリーがじれったそうに言った。
「何の変化もないわ。じゃあ、もう一曲おどりましょう!」
「ええっ、もう体力が保たないよ」と立香。
「だいじょうぶ、簡単よ。次はチークダンスっていってね、お互い頬をよせあってゆっくり踊るだけだから――」
「……もう我慢ならん!!」
そのとき、白い布の塊のようなものが部屋の隅からとびだした。立香とアキレウスのあいだに突進して、立香は「ひっ」と悲鳴をあげて体勢を崩す。アキレウスがすばやく立香を抱きとめた。
「っ、何者だ!エネミーじゃないようだな…!」
アキレウスが殺意をたぎらせて飛び出してきたものを睨む。
白い布の塊は……それを脱ぎ捨てて……出てきたのは、エミヤだった。

「え、ええ?」
「もうすこし待って欲しかったわ。せっかく楽しい雰囲気だったのに」
マリーが割って入った。不思議そうに見つめる立香に、ふふふ、と彼女は笑った。
「…さて、今日は何の日かわかるかしら立香?」
「何かあったっけ……まさか、お盆とか?」
立香は彼らの様子をみて合点がいった。この怪談話を用意した人も。
「――そう。日本のハロウィンみたいなものなのでしょう?ハロウィンといえば幽霊!ちょっとどっきりをしかけてみようかな、と思って……」
「なんでそんなことを……」
「だって怖いことがあると、男女の仲が近づくでしょう?本当なら幽霊役のエミヤが出てきて、良い感じに驚かせてもらうつもりだったのだけど」
「こんなふうに密着して踊るとは聞いていなかったぞ」
エミヤが保護者のように立香たちを見る。「ところで、いつまで抱きついているつもりだ?」
「「………!」」

ずっと抱き合っていた事に気付いて、アキレウスと立香は離れた。二人が離れた事にほっとしたのか、エミヤは「やれやれ」とため息をついた。
「……王妃様のいたずらに付き合うのではなかったな。
 立香、アキレウス、食堂でパーティの準備ができているぞ。みんながお前たちを待っている。早めにきてくれ」


食堂で用意されていたパーティは、様々な国の料理やお菓子があり、いつもより落ち着いた雰囲気の宴会だった。それぞれ仲の良いサーヴァントや同郷のもの同士が席について、歓談しながら食事をしている。
なぜお盆にパーティを?と思っていた立香だが、みんなの様子をみてエミヤの意図に気づいた。

「もしかしてエミヤ……私がお盆に実家へ帰れないから、食事会をひらいてくれたの?」
「ああ。お盆といえば久しぶりに親族や友人が集まって、互いの近況を話すものだろう。家族や友人に会えないぶん、雰囲気だけでもと思ってな……」
「エミヤ……」

立香は目に熱いものがこみあげるのを感じた。エミヤだけでなく協力して用意してくれたサーヴァント全員に感謝する。
立香が席をさがしていると、どの席でも「ぜひここで」と誘ってくれた。どこの仲間も国も彼女を暖かく迎え入れてくれるのだ。まるで、たくさんの家族。仲間。友人。
立香の胸はあたたかい気持ちでいっぱいになった。



いろいろな席をまわったあとで、立香はすこし水を飲もうと宴の中心から離れた。そのとき偶然にも、アキレウスが向こうから歩いてきた。
「……おっと、マスター。今日は大変だったな」
「うん……びっくりしたね。まさか嘘だったなんて。でもダンスは楽しかった」
「俺もだ」
アキレウスはあたりを少し見渡しつつ、「少しいいか」と言った。「…さっき言いそびれたことがあってな。ここじゃ話しにくいから外に行かないか」
「いいよ」


静かな廊下に出て、ふう、と火照った息を立香は吐いた。楽しくて気づかなかったが体力を使いすぎてしまったらしい。
「アキレウス、どうしたの?」
「ああ、いや、話なんて無いんだ。疲れてるみたいだったからそろそろ連れ出そうと思って」
「……ありがとう」
立香は胸がしめつけられる気がした。
やっぱり、アキレウスは優しい。サーヴァントだからマスターに尽くしてくれるのは当たり前なのかもしれないが、他の人に同じことをされたとしても何倍も嬉しい。
――マリー・アントワネットに言ったことなんて、嘘だ。
好きという気持ちの前で無欲でいられるわけがない。マリーに言った“特別な関係は必要ない”なんて嘘だ。でも、望めないこともよくわかっている。

「…立香」
ふと、アキレウスが自分をマスターと呼んでいないことに気づいた。そういえばダンスの最中も一回だけ名前を呼んでくれたっけ。
「今日は楽しかったよ。任務でも、俺は楽しかった」
「うん?」
さっきも言ってくれた事だ。
「だが俺は……」アキレウスは立香をじっと見つめた。「任務じゃなくても、アンタともう一度踊りたいと思う。こんな風におもうのはダメか?」

灯りの消えた廊下に、月の光が差し込んでいた。月夜の舞踏会。
そっと差し出された手を立香は迷わずとる。彼の肩にすっと手をのばして、二人の影は重なった。

「喜んで踊るよ」
立香はアキレウスに身をあずけた。「一度だけじゃなく、何度でも。」



<おわり>

Fromまつり様
『サーヴァントが恋人だったら〜的なテーマのお話が読みたいです。ただ死ネタや暗い話が若干苦手なので、ハピエンであることのみ、指定させてください』
というリクエストをいただきました!

皆さんがダンスのお話を書いていたのと、時期的にお盆だったので。まつりさんはアキレウスが大好きだと思ったので、迷わず彼にしました。すみません、全然恋人じゃなかった…!なぜかマリー様とエミヤが良いところを持って行きましたが、満足して頂けるお話になったでしょうか……?
アキレウスは私も大好きです。彼のお話は少ないのですけれど、またぜひサイトに遊びに来てくださいね。





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