夢を育む人



マーリンが物見の塔から出られたら…という設定で書いています。



夢を育む人



魔術師マーリン――その名は古今東西に知れ渡る大魔術師であるが、その実は人間と夢魔のハーフである。
彼は人類史にすばらしい貢献をして来た。多くの王、英雄を産み出し、とてつもない助力をしてくれる存在だと思われている。だが、彼は人間を好いているわけではない。
なぜなら人間は食事を提供してくれる存在に過ぎないから。彼の食事は“人間の感情の機微”である、ハッピーエンドが好ましいが、それは美味しいから。
……に過ぎない。


そろそろマーリンは一個の個体として食事をする必要に追われていた。
そのために人間と関わって感情を逆撫ですることもあるが、一番手っ取り早いのは“夢”から収穫することだ。大人はあまり夢を見ないので、子供が望ましい。
子供が大勢いる所――美味しそうな感情の匂いにつられて、マーリンはある街の建物に近づいた。時間帯は真夜中だ。今日は、ここで食事にしよう。
 建物の屋上に陣取り、中に居る子供たちの意識を物色する。

甘酸っぱいキラキラとした感情。…ワクワクするような冒険の夢だろうか。
青空のようなスカッとした感情。…やりたいことを実現する夢かな。

(おっと…これは悪夢だな。強い感情だからお腹は満たされるけど、美味しくはない)

人間の言葉で表現するなら、ぼそぼそしたパンを水無しで飲み込まされるようなものだ。米でもいいが。
すると、その夢の持ち主が、嫌悪感から夢を拒絶して目覚める。起き上がったのか、人の話し声が聞こえてくる。

「どうしたの、悪い夢を見たの?」
優しい声だ。若くて新鮮な匂いがする。
「うん…夢の中で、お化けが追いかけて来て…」
「お兄ちゃんたちとゾンビゲームの実況を見たからでしょ。おいで、おまじないをしてあげる。」
女性は子どもの耳元で囁いた。
「その夢には続きがあってね、ゾンビたちは朝陽を浴びて消えちゃうの。生き残った貴方は、英雄として皆から尊敬されるのよ。それが夢の最後。
 …さ、続きを見ても大丈夫だから安心して。怖くないわ。」
「…分かった」

 しばらくして、その子供がおだやかな眠りに入るのをマーリンは感じた。豊かな甘い感情の匂いがする。うん、これはすごく好みの味だ。
 感情を収穫して満悦していると、その女性が同じように幾人かの子どもに声をかけ、美味しくなかった感情が、上質のものに変わっていくのに驚いた。
 これは凄い。本当におまじないをしているかのようだ。
 マーリンは女性に興味を持ち、彼女が仕事を終えて眠りにつくまで待った。ここまで上質の感情を作り出す人間だ。さぞ美味しい感情を食べさせてくれるに違いない。疲れていたのか、すぐ夢の気配がした。

(……っああ、がっかりだ…)

彼女の夢の味は、無だった。よほど味気ない夢か、疲れ過ぎて夢が無いのだ。
マーリンは非常にがっかりした。今世紀最高の味を期待していたのに。同時に、時間を持て余した大魔法使いは決めた。
しばらくここに滞在しよう。この建物内にいる子供たちの夢は非常に質がいいし、数日粘れば彼女が夢を見るところに立ち会えるだろう。
そう決めたロクデナシは、いそいそと準備に取り掛かった。


「……こちらは職員を希望して来てくださったマーリンさん。大学で初等教育を勉強して、小学校教諭の資格もお持ちだそうよ。」
「よろしくお願いします。」
次の日からマーリンは“職員”として、建物で働くことになっていた。その方法は…ちょこちょこっと、書類や記憶を操作しただけである。彼にかかれば造作もない。
「1週間働いてもらって、貴方が雇用を希望すれば正式採用するわ。
 貴方の指導係になってもらう立香さんよ。子供を寝かしつけるのがとっても上手なの!」
「はじめまして、マーリンさんですね。」
想像通り優しそうな風貌の女性だった。
「とっても嬉しいです。子どもの数は年々増えているんですけど、職員は増えないので。困ったことがあったら遠慮なく言ってくださいね。」
「ええ。ご丁寧にありがとうございます」

建物には訳あって親と一緒ではない子供が大勢いた。その子供たちが安心して良い夢を見れるとは、とても努力して良い環境を作っているのだろう。
 マーリンは子供達と日中一緒にいて、こんなに自分にとって恵まれた環境はないと思った。もちろん食事に、だ。感情豊かな子供たちが大勢いて、職員から注がれる愛情によって満たされている。努力の賜物だ。
彼はお腹いっぱいになりながら、満足と感謝をして夜を迎えた。

「マーリンさん、今日初めてですから遅番まで居なくていいんですよ。疲れたでしょう。」
「いいえ、元気そのものです。」
朝から晩まで豊富な食事。くわえて“夜食”までついてくるとは、至れり尽くせりの場所である。
「今日は本当に助かりました。マーリンさん、すごくお話が上手なんですね。特に王様の話とか、何度も子供たちにせがまれてましたね。」
「はは、得意分野なんですよ」

自分のことみたいに嬉しそうに笑った。彼女こそ疲れているはずなのに一切、その様子を見せない。
「私は大丈夫ですから、立香さんこそ休んでください。子供達を寝かせるのを手伝いますから。」
そうしてくれないと、貴方が夢を見れないし。
マーリンの行動原理は自己中心的である。
「そうですか…本当に申し訳ありません。一緒に回ってください。」

立香はベットに入った子供に一人ずつ言葉をかけ、額にキスをする。何人いても、必要なだけ時間をかけて回る。最後の子供まで終えた時、ほとんどの子供が眠りに入っていた。

「あとは、交代制で起きた子に声をかけます。」
ときどき本当に辛い夢を見る子がいるので。
静かにそう言ったあと、ふらりと壁にもたれた。
「立香さん、疲れていたら眠って良いですよ。私は初日だからか目が冴えてしまって。」
「…すみません、仕事がしばらく立て込んでしまっていて。でも今日はマーリンさんが来てくれたから、本当に助かりました…久しぶりに夢が見れそうです……」
「――ええ、ぜひ。」


交代の時間を言い残して、彼女が休憩室に去っていく。
マーリンは子供たちの夢を楽しんだあと、こっそり寝室を出て休憩室に忍び込む。
彼女が眠っているのを確認して、浮き浮きしながら夢を覗いた。

(――……っ)

楽しく明るい感情とは無縁の夢。
重々しいそれは、彼女の過去から生まれたのだろうか。マーリンは夢から離れ、休憩室を後にした。



「マーリンさん、所長に正式な雇用希望を出してくださったんですね!」
「ええ、“自分にぴったり”な仕事だと思いました。」
「良かった!」

マーリンは微笑み返した。嘘ではない。ここに滞在するメリットはとても大きい。そして彼は“お気に入りの人間”として、彼女に取り憑くことを決めた。


……彼女が明るい夢を見るようになるまでどのぐらいかかるだろう。
良い感情を収穫できるように、甘い体験や、良い思い出をたくさん与えてあげなければ。

そのうえで収穫した彼女の感情は、きっと極上のものに違いない。


人間と夢魔の混血で魔法使いの彼は、やがて目的が感情の収穫だけでなく
「彼女と過ごすこと」に変わっていくことを、まだ知らない。




<終わり>


豊かな感情の持ち主、というのがいて、きっと“好み”の人間に出会うこともあるかなあと思って書きました。そういう人間に取り憑くんじゃないかと思うんですよね。夢魔なら。
食事目的なのか、“好き”だからなのか。欲望がわからなくなって人間らしく悩むマーリンも見てみたいです。




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