カルデアの召喚の部屋に白銀の風が閃いた。
『…ほいほい。呼ばれたからにはそれなりに働きますよっと』
英霊の登場にしては、軽い口調で現れたサーヴァント。
…それもそうだ。何度かこの部屋に喚ばれた記憶がある。霊器が消失して前の記憶はほとんどないが、喚ばれた記憶はちゃんとある。
「ロビン!」
だが迎えた側は真逆だった。「良かった…!また来てくれたんだね!!」
ぎゅーっと。現れた瞬間に、飛びついて体をぶつけてくる。
あれれ、マスターってれっきとした女の子でしょ?
熱烈な歓迎にたじたじするほど。
「マスターは、それはそれは貴方に会うのを何度も祈ってましたからねえ」
「げっ」
見たくもないピンク色の巫女狐が視界に入ってくる。
「ふふっ、マスターの願いとあらば。このタマモ、緑のアーチャーなんて見たくもないんですけど助力させていただきましたっ」
「初めて会ったのになんかイラつく……」
こめかみがピクピクとして武器をとりたくなる衝動を抑える。たぶん遠い並行世界のトラウマだ。心を落ち着けて、今回のマスターに向き直す。
「あらためまして、マスター……つっても、その様子じゃ初めて会ったんじゃ無いんだろうな。オレの性能の低さは知ってると思うけど、オレで良ければ最後まで付き合うぜ。」
「…うん。」
あれ?先ほど自分を迎えた時とテンションが全然違う。
嫌なこと、言ったかな? 年頃の女の子の扱いはメンドくさい。
狐にちらりと目をやると、フンと鼻であしらわれる。
「…マスター。前回の記憶が消えちゃってるなんていつものことですヨ。しかも薄情な緑アーチャーですからね。思い出させるより、既成事実を作ちゃったほうが手っ取り早いです。」
「何が既成事実だよ」
アナタは黙ってて!とにらんでくる狐によって、マスターは連れて行かれてしまった。
他のサーヴァントが気を利かせて、ここがロビンの使ってた部屋だよ。とカルデアの一室に案内してくれた。
「…そんなこと言われたって分からないっつーの。」
初めてなのに妙にリラックスする部屋で、気付いたらブーツやらローブやらを脱いでしまっていた。置かれたものの間合いがちょうど良くて、この部屋にいた自分はこの部屋が好きだったようだ。緑も木もひとつも無いのに。
時間を持て余し、食堂だというところに足を運んでみる。すると、何人かが声をかけてきた。
「いらっしゃい! あー、君はこの前あったときのロビンとは違うのか。どうも、ビリーって呼んでくれ。」
「僕はアストルフォ!君と一緒に戦ったこともあるよ〜」
知らない自分を知っているという彼らに戸惑いがあったが、隣に座り、陽気に話し始めると違和感も消えていく。
酔ったアストルフォがふと言った。
「ねえ、ロビン。マスターのところへは行かなくていいのかい?」
「え?なんでオレが?」
「なんでって……マスターは君に会いたがってたからじゃないか」
“会いたがっていた”。
そう言われても、まだ顔と名前ぐらいしか覚えていない。
「おいアストルフォ、グラスが空いたなら次はこれにしろよ!」
酔ったビリーが新しい瓶から注いだ。
しばらくすると、食堂のカウンターからエミヤが顔を出してテーブルを酒瓶で占拠する老害(見た目は青年)たちへ苦々しげな言葉に吐く。ビリーたちに「部屋へ戻って飲みなおそう」と言われたが、なんだか気分が乗らずに断った。
「会いたがっていた、って言われてもねぇ〜。
……って、マスター!?」
マイルームのドアを開けると、ベットの上に私服のマスターが座っていた。しばらく待っていたのか、眠たそうな顔をしていた。
「…ごめん、開いてたから勝手に入っちゃった。」
「マスターだし遠慮はいりませんって。寒いところにいて体調崩されても困るので。」
「ありがとう。あのね、来て早々で申し訳ないんだけど、明日はシュミレーションに参加してほしくて」
「いいっすよ。ただで酒飲ませて貰うのも悪いし」
快く引き受ける。話はこれで終わりである。
しかし、当の本人は部屋を出ていくそぶりがなかった。
「ロビン…。」
出て行かないんですかとは言えない。改めて見れば、寝る時みたいな薄着で、タイツを履いていない生足。そして、モジモジと自分の反応を待っている。
「そ、その…まさかだと思うんですけど、」
さっきのピンク狐やアストルフォが言っていたことと現状をつなげる。「そんな服で部屋に来て…ベットに座ってるって…」
これ以上聞いては野暮だ。だが英雄として座に呼ばれる身としては、いちおう自分の倫理観を信じていたかった。
「私……何とも思ってない人の部屋になんか入ったりしないよ。」
彼女は今にも泣きそうな顔だ。
「…それは、つまり。前のオレとアンタは…」
「うん……。」
立香は顔を赤らめて伏せた。
(そ、そういう関係だったのかーー!?)
前のオレ。メモぐらい残しておけよ、と言いたくなる。
しょせん、自分がためらっているのは倫理観という名のプライドだ。その薄っぺらいプライドで、年下の女の子を泣かせていいものだろうか。
そうであれば、召喚のとき彼女に非常に無礼な態度を取ってしまった。システム上記憶が消えてしまうとはいえ、恋人に忘れたら悲しいだろう。
「ごめんな…。辛かったよな。」
すぐさまベットのところに行って、隣に座った。彼女は少し緊張しているのか体が硬い。
「いいよ…消失したら、みんな忘れちゃうんだもん。謝らないで良いよ」
きっと、今日は彼女にとって感動の再会だったのだ。
そんな夜にこんなことを言わせるとは男として情けない。彼女の肩に恐る恐る手を回し、体温を共有する。お酒で酔った体に、やわらかで冷やっこい感触は気持ちがいい。
「ごめん、いまいちピンとこなくってさ。オレは聖人君子じゃないが、さすがにマスターに手を出すとは。」
ビクッとした立香を見て、余計に失礼なことを言ってしまったかもと思う。「年下だし、主従関係だし……それでも手を出したって、よっぽど、あんたのこと好いてたんだなあ。」
自然な流れで、ここは恋人らしいことをして補おうと思った。酔った勢いで気持ちが大きくなる。うん、仲直りのアレ、という奴だ。
「なあ、もし恋人だったならどこまでいったんだ?キス?ハグ?もっと先か?」
「も、もちろん…!」
真っ赤になって立香は言い返した。ああ、思った以上に酔いが回っているのか言葉が出てこない。言葉じゃ野暮なことしか言えない。
「ふうん。じゃあ、いいよな」
彼女の頬に手を添え、唇を重ねる。可愛いキスを一回。でも恋人らしくするならついばむだけじゃなくて、もっと熱く交わし合った方が良いだろう。
緊張してぎこちない唇を、舌で割って彼女の口に入り込む。舌を絡め吸い付いて息を漏らす。
唇を離すと、立香は肩で息をして、涙目になっていた。
「…ええと…付き合ってた、わりには不慣れなんだな?」
「そ、それは、その、日が浅かったからで…!」
また失礼なことを言ったのだろうか。扱いづらい年頃の子と付き合おうとした前の自分が信じられない。
「いいよ。そういうウブなのも嫌いじゃないから。」
フォローを入れたつもりで言う。もっと彼女に歩み寄るべきだ。今度は肩に触れて、力を添えて横たわらせた。
「…っ…あっ」
彼女はサッと胸のあたりに手をやる。「…どうした?」
「ううん、あの…それは、今度ね…っあの、まだ仕事、あったから…」
そう言うとベットから跳ね起きる。
顔を手で隠して、走るように部屋を出て行った。
(…そこまで行く気はなかったんだが。
そんな気分じゃなかった?早かった?……年下は難しいな…)
立香はロビンの部屋を後にした後、真っ赤になりながら、あるサーヴァントの部屋を一目散に目指した。たどりつくと、気ぜわしげにノックする。
すると、待ち構えていたように、ドアが開く。「マスター!どうだった!?」
「どうだったも何も!も〜アストルフォと玉藻の言う通りだったよお…」
部屋の中にいたのは頭の毛……いや心の中まで、真っピンクの二人のサーヴァントだった。
「そりゃあ女の子がベットで待ってるんですもん。」
「しかもあれだけお酒を飲めば、細かいことなんて気にしない、気にしない★」
すべて2人のアドヴァイスに従ったのだ。
思わせぶりな言葉を。普通ならしない身嗜みを。(お酒を勧めたのも。)
「で、どうでした、成果は。」
「あ、あの…、すごかった…。」
立香は思い出しながら泣きそうになっていた。「ロビンがね、肩に手を回してね、キスしてきたんだよ。しかも舌まで入れるやつ。ベットに寝かされて、このままアチャ〜ってなっちゃうところだった。」
「う〜ん、アーチャーだけに。」アストルフォがぼけた。
実はこれ、召喚時に以前の記憶をわすれてしまう事を利用した悪質な作戦だった。
題して『片思いの相手に自分が恋人だと思わせてみよう!』。
明らかにやってはいけないことなのだが、そこは「ロビンは大人でしょ?責任取ってくれるってー」という、恋の勢いに任せた、つまりは無責任な作戦だった。
まあブレーンがおピンクな二人なので、行き着くところこうなるのは自明の理だ。
「でも…やっぱり目が覚めたら、バレて怒るんじゃないかな…」と立香。
「いや、バレてもいいんですよ。そこは大人だから自分がしたことの責任とりますって。恋なんか、ばかし合いなんですから、多少ずるい手を取ったっていいんですよぅ」
「シちゃったってことは、少なからず気があったからだとボクは思うな〜」
と、好き放題言っていた。
……さて。もしこれが物語であれば、ヒーローの記憶喪失を利用して恋人にすり替わった悪役令嬢と、ヒロインが戦う展開が待っている。
だが、ロビンはヒーローではなくヒロインもいないので、ただ立香が恋人だと勘違いしているのである。
これって、本人たちが幸せならいいんじゃない?
とりあえず、嘘はいけないと思った立香が正直に告白し結ばれる……というのがこの話の結末である。
<終わり>
アス「ちなみに、マスターってこれがファーストキスだったんだって〜」
玉藻「ぬぅ…なんか緑のアーチャーにむかついてきました」
年下の恋人を喜ばせるためにロビンが頑張って、たえきれなくなった主人公が正直に告白するっていう展開が良いです。