番外3『兄と弟』
※この物語はプロトアーサー軸で、オークニー兄弟は
全員男です。
花よめ物語・番外〜兄と弟〜
(1)
ガウェインは犬が好きだ。いつからか分からないが、ずっと犬を飼ってきた。飼い主を見つけると嬉しそうに跳ね回り、夢中でじゃれてくるのがたまらなく可愛い。しばらく会えない時は懐に入れている姿絵をこっそり見るほど好きだった。
ガウェインの犬好きに拍車をかけたのは弟たちの存在かもしれない。彼は、弟たちも同じぐらい自分を慕ってくれたらいいのにと思っていた。オークニー兄弟──ガウェイン、ガヘリス、アグラヴェイン、ガレス、モードレッド──は五人ともおなじ騎士という道にすすんだが、けっして仲が良いとは言えなかった。
同じ主君に仕える身としては、兄弟で団結したいと思う。たまに長男として彼らを諭そうとするのだが、どれだけ話しても嫌な顔をされて上手くいかなかった。
幼い頃はそうでなかったのに。ガウェインは思い返す。どの弟も兄の真似をしたり、使っていた物を欲しがったりした。あの頃の可愛らしさを残したまま成長してくれたら良かったのだが。
「ガレス」
九年ぶりに再会した──九歳のころ騎士修行に出てそれきりだった──末弟ガレスに、ガウェインは緊張した表情で話しかけた。
「疲れていないか。もう少しで私の領地だ」
「大丈夫です。ずっと騎士修行していたんですよ」
再会したとき全く気づけなかった弟は、ひょろりと身長が伸びてガウェインより少し目線が低いだけだった。細身だが、槍と剣を使いこなし、馬の扱いも他の騎士に劣らない。身内に厳しいガウェインからみても、弟は騎士としての立派な素質を持っていた。
二人は馬を並べて、霧がたちこめる秋の森を進んだ。向かう先はガウェインの領地だ。先日、慕うレディがいると打ち明けた兄に、無邪気な弟は「ぜひ未来の義姉上に会いたい」とねだった。ガウェインは承諾したが緊張した。久しぶりの弟との会話、婚約者の紹介──考えることはたくさんあった。
やがて霧が晴れて館が見えてくる。馬のいななきを聞きつけたのか、玄関から歩み寄ってくる少女の姿があった。
ガウェインは目を細めた。弟を連れてくると知って緊張した面持ちだが、頬を上気させてけんめいに挨拶する。一つひとつの動作が可愛くて頬がゆるんだ。そんな姿を弟に見られてしまった気がして、ガウェインは咳払いをしてから彼女を紹介した。
「…紹介しよう。こちらはレディ・ナマエだ。
レディ、これは私の末弟ガレスです。仲良くしてもらえると嬉しい」
「初めまして、レディ・ナマエ」
ガレスは想像していたより年齢が近い兄の婚約者に驚きまじりの笑みを浮かべた。胸に手をあてて挨拶する。ナマエは緊張していたが笑顔で応じた。
初対面は成功だな、とガウェインは胸を撫で下ろした。そのうち全員の弟と顔合わせしてもらうだろう。それなら、初めは歳近いガレスが良いと思っていた。
宮廷に行っていたせいでナマエと会うのは数日ぶりだった。だがガウェインは弟の手前ということもあり、優しく手の甲に口付けするだけで再会を済ませた。
「食事のあとゆっくり話をさせてください。ガレスに館を案内しますから」
「はい…」
婚約者となってしばらく経つのにナマエはまだ初々しかった。そんな二人のやりとりを、ガレスはじっと見ている。本当はからかったり、根掘り葉掘りなれそめを聞きたいのだろう。
ナマエと離れがたかったが、好奇心旺盛な弟を遠ざけるため、ガウェインは足早に館に入った。
(2)
ガレスは長兄の館を興味深そうに歩いた。ガウェインのものを見つけるたび、どんなふうに使われているのですか、と目を輝かせて尋ねる。説明してやると懸命に頷きながら、あれもこれもと次々に聞いてくる。
ほかの弟にはない新鮮な反応にガウェインは嬉しくなった。そういえば、騎士修行に出る前は、泣いた末弟をよく母の代わりにあやしてやったな。
感慨に耽るあいだ、ガウェインは幼い頃のガレスに接するような気持ちに戻っていた。
一方のガレスは自分の成長を兄に見てもらいたいようで、積極的に剣の稽古や狩りに行きたがった。ガウェインもそんな弟が好ましく、できるだけ要望に応えてやる。しかし弟の態度が変わったのは森へ狩りに行ったあとだった。
ある日の午後、ガウェインたちは鹿狩りをするつもりで森に入った。だが狩りの途中に見つけた、咬み殺された動物の遺骸や周辺に残った足跡から、目的が狼狩りに変わる。足跡からみて狼の群れは大きいようだった。
これは危険な狩りになると考えたガウェインは、弟に館へ戻るよう諭した。だがガレスは兄に成長した姿を見せる機会だと思ったのか、目を輝かせながら「残る」と言いはった。
「駄目だ。帰りなさい」
「弓も馬も、人一倍修練しています。必ず兄様の役に立ちます」
「狼狩りは経験が必要なんだ。館に戻って応援をよんでおくれ」
これも大事な役目だから、とガウェインはさっきより強い口調で諭した。するとガレスはまるで子ども扱いされたというように顔を赤くする。ていねいに理由を話したかったが、早急に応援をよぶ必要があった。日が暮れてしまってからでは危険だ。ガウェインは少し乱暴に、早く行きなさい、と弟を突き放した。
ガレスは恨めしそうに従った。
さて、そんなことがあった数日後だった。
ガウェインとガレス、ナマエは食事を終えたあと、暖炉のまえで気取らない夕べの語らいをした。ガレスの滞在も残りわずかだから打ち解けて欲しい、とガウェインが席を設けたのだ。
ガウェインは会話のきっかけを提供しようと饒舌になり、いつもより喉が渇いてワインを多く飲んだ。ナマエに弟が緊張しなくても良い相手だと伝えたくて、子ども時代の話をした。
大人なら「子ども時代の話ですよ」と軽く受け流しただろうが、ガウェインはガレスが多感な年頃であることを失念していた。加えてガレスの心には、兄に子ども扱いされている、という疑念が少しずつ積もっていた。
「──怖がりで、ガレスはすぐ泣く子でした」
「そうでしたか……でも今は立派な騎士になられたのですね」
ナマエは優しい表情でガレスに目をやった。ともすれば1、2歳しか離れていない。そんな彼女の前で話されるのがよけいにガレスの心を煽った。
「そうでしょうか。私からすれば、ガレスはまだ未熟です」
「………」
静かな弟の反応にガウェインもすこし違和感を感じた。ガレス、と彼は弟に話しかけた。
「キャメロットに帰ったら弟ではなく騎士として接するからな」
「ええ、サー・ガウェイン」
ややぶっきらぼうなガレスの言葉には棘があった。「もちろんです。じき行われる円卓選抜の槍試合にも参加するつもりですので」
「選抜に? 少し早いんじゃないか」
ガウェインは心配して言ったつもりだった。だが、ガレスはキッと目を吊り上げて席を立った。驚いた兄にガレスは怒った口調で言った。
「兄様──!」
兄と同じく、かっとなると抑えが効かなかった。「そんな扱いをされては、もう話したくありません!」
和やかな会話をしているつもりだったガウェインは、席を立って出ていく弟に目を見開いた。「戻ってきなさい!」と叫んだが、バタンと乱暴に扉が閉まる。
遠ざかる乱暴な足音を、ガウェインは冷静に対処しようとした。ナマエに心配をかけないようにしなければ。だが、弟の急変に心当たりがなくてとまどってしまう。
すると白い手がガウェインの腕にそっと触れた。顔をあげると、ナマエが彼より落ち着いた表情で見上げていた。
「サー・ガウェイン」
静かだが凛とした声だった。
「ここは、私にお任せくださいませ。ガレス様が出ていかれた理由に心当たりがございます」
(3)
ガレスは部屋に戻り、ひとりになって心が静かになると、恥ずかしさで胸がいっぱいになった。
──まるで子どもの我が儘じゃないか。
兄に子ども扱いされたのが嫌で怒ったのだ。でも自分がやったのは正にそんな行動だった。
ガレスは長兄を嫌っていなかった。むしろ騎士修行のあいだ聞こえてきたサー・ガウェインの武勇に胸を高鳴らせ、崇拝めいた理想を抱いた。…あんな立派な人が自分の兄様なのだ。いつか同じ円卓に加わり、背中を任されるような騎士になりたい。
これでは子ども扱いされても文句を言えない。でもガレスは引き下がりたくなかった。
そこへ扉を叩く小さな音がした。…兄様が来たのだろうか。でも突然飛び出した弟に、こんに控えめなノックで訪ねてくるはずないと思った。誰だろうと訝しがりながらも扉を薄く開いた。
義姉になるかもしれない女性が立っていて、ガレスは息を呑んだ。
「突然すみません」
ナマエは穏やかに言った。「あまり来てほしくないだろうと思ったのですけれど、少しだけお話しできませんか?」
「………」
外套を着ていても外は冷える。寒い中わざわざ来てくれた女性を追いかえすのは無礼だと思った。それに、誰かと話して心をすっきりさせたい気持ちもあった。
どうぞ、とガレスはやや沈んだ声で中に招き入れる。ナマエは礼儀正しく礼を言い、椅子に座った。だが客人をもてなす準備をしていなかったので、ぶどう酒の一杯も出せなかった。
「お気遣いなく」
申し訳なさそうなガレスにナマエは微笑みかけた。
「お話しに来たのは、あつかましくもガレス様に私と近しいものを感じたからです。
勝手な推測ですが、ガレスさまは、お兄様の扱いにご不満を抱かれたのではありませんか?」
ガレスはおそるおそる頷いた。するとナマエは「私も以前、扱いを変えて欲しいとサー・ガウェインに申し上げたのです」とはっきりした声で言った。
静かで控えめな女性、と思っていたガレスは驚きながらも耳を傾けた。ナマエは自分がガウェインの館にやってきた時のことを話し始めた。
(4)
ナマエは、ガウェインに会う前の自分について話をした。
自信がなくて、嫌われる前に離れようとしていたこと。相手からの純粋な好意を受け入れられなかったこと。……その全てを、ガウェインが覆してくれた。
ガウェインに大切にあつかわれたことがナマエに自信を与えた。その自信が勇気となり、彼に真っ向から想いを伝えることができたのだ。
「あなたのお兄様は、本当に素晴らしい方です。ガレス様もそう思っておいででしょう」
「ええ。でも兄様は……」
「サー・ガウェインは守りたいと思っているものが多すぎるのです。王様だけでなく弟たちも全員守らなければと思っています。弱いものを見ると、咄嗟にかばってやりたくなるのでしょう」
でも、とナマエは続けた。
「私は彼にずっと守られていたいとは思いません。もっと変わって、あの方を支えられる女性になりたいと思います。
……そうすれば、彼の隣に立つのにふさわしい女性になれるでしょうから」
ナマエの瞳は決意と愛しいものを見るようで優しかった。その瞳はガレスにも向けられている。彼女にとってガウェインの弟であるガレスも、すでに大切な存在として扱われているのだ。
──優しくて強い女性なんだな。
静かで控えめな印象だった女性が、強さをかね備えた優しい人物だと知った。彼女自身が話してくれた昔の姿とはぜんぜん違う。そんなふうに変えたのは兄様だと言う。
「………!」
急にガレスは目の前にいる女性が魅力的にみえた。夜に二人きりで部屋にいることが気恥ずかしくなってしまう。
優しくて強い女性。こんな人をレディにして奉仕できたら素敵だろう。さすが兄様が選んだ女性だ、と思った。
兄は子ども扱いしたというより、心配していただけなのかもしれないとガレスは思い始めた。もともと兄様は心配しすぎる性格だ。それは、若くから両親がアーサー王を裏切り、長男として弟たちを守らなければならないという境遇だったからだ。
──自分が兄様と同じ立場ならどうだろう。
ガレスは正体を明かしたとき、誰よりも再会を喜んでくれた兄のまぶしい笑顔を思い出した。
──兄様も人間なのだ。色々なものを抱え、うまく伝えられないことだってあるだろう。
自分は成長した姿を褒めて欲しいと勝手に期待して怒った。帰る前に、無礼なことを言って飛び出してしまったことを謝ろう。小言を喰らうかもしれないが、兄様の言動はすべて心配から来ているのだ。
そして、もう一つ兄様に言いたいな、と思った。
──レディ・ナマエのような方が、自分の義姉上になるのが楽しみです、と。
(5)
笑顔で去っていく末弟の背をみて、ガウェインはナマエに何度もおどろきの視線を送った。
──どんな言葉で弟の心を解きほぐしたのだろう。
改めて見ると、おだやかな表情を浮かべたナマエの雰囲気は以前と全くちがう。ガウェインと目があって彼女は頬を赤らめたが、大人っぽい色気をかんじさせる仕草だった。
「レディ、今回は本当に助かりました。弟にどんな話をしたのですか?」
「特別なことは何も。……憧れのお兄様に、じぶんの成長した姿を見せたかったそうですよ」
何でもない風に話すナマエだが、以前なら絶対にできなかったことが出来ている。彼女は間違いなく成長している、とガウェインは思った。
──私はレディをもっと大人に扱うべきなのかもしれない。
ガウェインはガレスがどうして怒ってしまったのか理解した。同時に、ナマエに対して「子ども扱いをしていると思われていないか」と心配になった。
「レディは私に望むことはありますか?」
「………」
その質問にナマエは少し考える表情をして、ガレスが去っていった方向を見つめた。道はキャメロットに続いている。安全なガウェインの領地の外にある、王都に。
「──キャメロットに行ってみたいです。サー・ガウェインの隣に並んでも恥ずかしくない女性になって、貴方様の支えになりたい…」
最後は消えてしまいそうな声だった。自分には大きすぎる望みだと思っているのだろうか。
ガウェインはまずナマエがそんな望みを持っていることに驚いた。そして、彼女を守るためにずっと領地で過ごしてもらおうと思っていた自分を恥じた。
──私のレディなら、きっと。
か細いナマエの肩に手を伸ばして抱き寄せた。
「わかりました。マイ・レディのお望みのままに」
彼女の目の高さにかがむと、そっと唇を交わした。
<おわり>
グリコ様よりリクエストを頂きました。
『お相手ガウェインで「ランスロットとガレスちゃんがキューピッドになる両片想い→両想い」か「再度へんたいちっくな卿」か「連載その後のラブラブ(デートやお散歩やプロポーズや初夜など)」のどれか(通常でも裏でも)が読みたいです。』
ガレスがキューピットになってガウェインと夢主にいちゃついてもらうつもりが、なぜか反抗期を迎えてしまいました。
まったくリクエストを消化できていない…微妙な作品に仕上がってしまったので、これはまた再トライさせてください…!
世界観が好き、という温かい言葉をいただき心から嬉しかったです。また楽しんでいただけますように。
2021.01.31.
全員男です。
花よめ物語・番外〜兄と弟〜
(1)
ガウェインは犬が好きだ。いつからか分からないが、ずっと犬を飼ってきた。飼い主を見つけると嬉しそうに跳ね回り、夢中でじゃれてくるのがたまらなく可愛い。しばらく会えない時は懐に入れている姿絵をこっそり見るほど好きだった。
ガウェインの犬好きに拍車をかけたのは弟たちの存在かもしれない。彼は、弟たちも同じぐらい自分を慕ってくれたらいいのにと思っていた。オークニー兄弟──ガウェイン、ガヘリス、アグラヴェイン、ガレス、モードレッド──は五人ともおなじ騎士という道にすすんだが、けっして仲が良いとは言えなかった。
同じ主君に仕える身としては、兄弟で団結したいと思う。たまに長男として彼らを諭そうとするのだが、どれだけ話しても嫌な顔をされて上手くいかなかった。
幼い頃はそうでなかったのに。ガウェインは思い返す。どの弟も兄の真似をしたり、使っていた物を欲しがったりした。あの頃の可愛らしさを残したまま成長してくれたら良かったのだが。
「ガレス」
九年ぶりに再会した──九歳のころ騎士修行に出てそれきりだった──末弟ガレスに、ガウェインは緊張した表情で話しかけた。
「疲れていないか。もう少しで私の領地だ」
「大丈夫です。ずっと騎士修行していたんですよ」
再会したとき全く気づけなかった弟は、ひょろりと身長が伸びてガウェインより少し目線が低いだけだった。細身だが、槍と剣を使いこなし、馬の扱いも他の騎士に劣らない。身内に厳しいガウェインからみても、弟は騎士としての立派な素質を持っていた。
二人は馬を並べて、霧がたちこめる秋の森を進んだ。向かう先はガウェインの領地だ。先日、慕うレディがいると打ち明けた兄に、無邪気な弟は「ぜひ未来の義姉上に会いたい」とねだった。ガウェインは承諾したが緊張した。久しぶりの弟との会話、婚約者の紹介──考えることはたくさんあった。
やがて霧が晴れて館が見えてくる。馬のいななきを聞きつけたのか、玄関から歩み寄ってくる少女の姿があった。
ガウェインは目を細めた。弟を連れてくると知って緊張した面持ちだが、頬を上気させてけんめいに挨拶する。一つひとつの動作が可愛くて頬がゆるんだ。そんな姿を弟に見られてしまった気がして、ガウェインは咳払いをしてから彼女を紹介した。
「…紹介しよう。こちらはレディ・ナマエだ。
レディ、これは私の末弟ガレスです。仲良くしてもらえると嬉しい」
「初めまして、レディ・ナマエ」
ガレスは想像していたより年齢が近い兄の婚約者に驚きまじりの笑みを浮かべた。胸に手をあてて挨拶する。ナマエは緊張していたが笑顔で応じた。
初対面は成功だな、とガウェインは胸を撫で下ろした。そのうち全員の弟と顔合わせしてもらうだろう。それなら、初めは歳近いガレスが良いと思っていた。
宮廷に行っていたせいでナマエと会うのは数日ぶりだった。だがガウェインは弟の手前ということもあり、優しく手の甲に口付けするだけで再会を済ませた。
「食事のあとゆっくり話をさせてください。ガレスに館を案内しますから」
「はい…」
婚約者となってしばらく経つのにナマエはまだ初々しかった。そんな二人のやりとりを、ガレスはじっと見ている。本当はからかったり、根掘り葉掘りなれそめを聞きたいのだろう。
ナマエと離れがたかったが、好奇心旺盛な弟を遠ざけるため、ガウェインは足早に館に入った。
(2)
ガレスは長兄の館を興味深そうに歩いた。ガウェインのものを見つけるたび、どんなふうに使われているのですか、と目を輝かせて尋ねる。説明してやると懸命に頷きながら、あれもこれもと次々に聞いてくる。
ほかの弟にはない新鮮な反応にガウェインは嬉しくなった。そういえば、騎士修行に出る前は、泣いた末弟をよく母の代わりにあやしてやったな。
感慨に耽るあいだ、ガウェインは幼い頃のガレスに接するような気持ちに戻っていた。
一方のガレスは自分の成長を兄に見てもらいたいようで、積極的に剣の稽古や狩りに行きたがった。ガウェインもそんな弟が好ましく、できるだけ要望に応えてやる。しかし弟の態度が変わったのは森へ狩りに行ったあとだった。
ある日の午後、ガウェインたちは鹿狩りをするつもりで森に入った。だが狩りの途中に見つけた、咬み殺された動物の遺骸や周辺に残った足跡から、目的が狼狩りに変わる。足跡からみて狼の群れは大きいようだった。
これは危険な狩りになると考えたガウェインは、弟に館へ戻るよう諭した。だがガレスは兄に成長した姿を見せる機会だと思ったのか、目を輝かせながら「残る」と言いはった。
「駄目だ。帰りなさい」
「弓も馬も、人一倍修練しています。必ず兄様の役に立ちます」
「狼狩りは経験が必要なんだ。館に戻って応援をよんでおくれ」
これも大事な役目だから、とガウェインはさっきより強い口調で諭した。するとガレスはまるで子ども扱いされたというように顔を赤くする。ていねいに理由を話したかったが、早急に応援をよぶ必要があった。日が暮れてしまってからでは危険だ。ガウェインは少し乱暴に、早く行きなさい、と弟を突き放した。
ガレスは恨めしそうに従った。
さて、そんなことがあった数日後だった。
ガウェインとガレス、ナマエは食事を終えたあと、暖炉のまえで気取らない夕べの語らいをした。ガレスの滞在も残りわずかだから打ち解けて欲しい、とガウェインが席を設けたのだ。
ガウェインは会話のきっかけを提供しようと饒舌になり、いつもより喉が渇いてワインを多く飲んだ。ナマエに弟が緊張しなくても良い相手だと伝えたくて、子ども時代の話をした。
大人なら「子ども時代の話ですよ」と軽く受け流しただろうが、ガウェインはガレスが多感な年頃であることを失念していた。加えてガレスの心には、兄に子ども扱いされている、という疑念が少しずつ積もっていた。
「──怖がりで、ガレスはすぐ泣く子でした」
「そうでしたか……でも今は立派な騎士になられたのですね」
ナマエは優しい表情でガレスに目をやった。ともすれば1、2歳しか離れていない。そんな彼女の前で話されるのがよけいにガレスの心を煽った。
「そうでしょうか。私からすれば、ガレスはまだ未熟です」
「………」
静かな弟の反応にガウェインもすこし違和感を感じた。ガレス、と彼は弟に話しかけた。
「キャメロットに帰ったら弟ではなく騎士として接するからな」
「ええ、サー・ガウェイン」
ややぶっきらぼうなガレスの言葉には棘があった。「もちろんです。じき行われる円卓選抜の槍試合にも参加するつもりですので」
「選抜に? 少し早いんじゃないか」
ガウェインは心配して言ったつもりだった。だが、ガレスはキッと目を吊り上げて席を立った。驚いた兄にガレスは怒った口調で言った。
「兄様──!」
兄と同じく、かっとなると抑えが効かなかった。「そんな扱いをされては、もう話したくありません!」
和やかな会話をしているつもりだったガウェインは、席を立って出ていく弟に目を見開いた。「戻ってきなさい!」と叫んだが、バタンと乱暴に扉が閉まる。
遠ざかる乱暴な足音を、ガウェインは冷静に対処しようとした。ナマエに心配をかけないようにしなければ。だが、弟の急変に心当たりがなくてとまどってしまう。
すると白い手がガウェインの腕にそっと触れた。顔をあげると、ナマエが彼より落ち着いた表情で見上げていた。
「サー・ガウェイン」
静かだが凛とした声だった。
「ここは、私にお任せくださいませ。ガレス様が出ていかれた理由に心当たりがございます」
(3)
ガレスは部屋に戻り、ひとりになって心が静かになると、恥ずかしさで胸がいっぱいになった。
──まるで子どもの我が儘じゃないか。
兄に子ども扱いされたのが嫌で怒ったのだ。でも自分がやったのは正にそんな行動だった。
ガレスは長兄を嫌っていなかった。むしろ騎士修行のあいだ聞こえてきたサー・ガウェインの武勇に胸を高鳴らせ、崇拝めいた理想を抱いた。…あんな立派な人が自分の兄様なのだ。いつか同じ円卓に加わり、背中を任されるような騎士になりたい。
これでは子ども扱いされても文句を言えない。でもガレスは引き下がりたくなかった。
そこへ扉を叩く小さな音がした。…兄様が来たのだろうか。でも突然飛び出した弟に、こんに控えめなノックで訪ねてくるはずないと思った。誰だろうと訝しがりながらも扉を薄く開いた。
義姉になるかもしれない女性が立っていて、ガレスは息を呑んだ。
「突然すみません」
ナマエは穏やかに言った。「あまり来てほしくないだろうと思ったのですけれど、少しだけお話しできませんか?」
「………」
外套を着ていても外は冷える。寒い中わざわざ来てくれた女性を追いかえすのは無礼だと思った。それに、誰かと話して心をすっきりさせたい気持ちもあった。
どうぞ、とガレスはやや沈んだ声で中に招き入れる。ナマエは礼儀正しく礼を言い、椅子に座った。だが客人をもてなす準備をしていなかったので、ぶどう酒の一杯も出せなかった。
「お気遣いなく」
申し訳なさそうなガレスにナマエは微笑みかけた。
「お話しに来たのは、あつかましくもガレス様に私と近しいものを感じたからです。
勝手な推測ですが、ガレスさまは、お兄様の扱いにご不満を抱かれたのではありませんか?」
ガレスはおそるおそる頷いた。するとナマエは「私も以前、扱いを変えて欲しいとサー・ガウェインに申し上げたのです」とはっきりした声で言った。
静かで控えめな女性、と思っていたガレスは驚きながらも耳を傾けた。ナマエは自分がガウェインの館にやってきた時のことを話し始めた。
(4)
ナマエは、ガウェインに会う前の自分について話をした。
自信がなくて、嫌われる前に離れようとしていたこと。相手からの純粋な好意を受け入れられなかったこと。……その全てを、ガウェインが覆してくれた。
ガウェインに大切にあつかわれたことがナマエに自信を与えた。その自信が勇気となり、彼に真っ向から想いを伝えることができたのだ。
「あなたのお兄様は、本当に素晴らしい方です。ガレス様もそう思っておいででしょう」
「ええ。でも兄様は……」
「サー・ガウェインは守りたいと思っているものが多すぎるのです。王様だけでなく弟たちも全員守らなければと思っています。弱いものを見ると、咄嗟にかばってやりたくなるのでしょう」
でも、とナマエは続けた。
「私は彼にずっと守られていたいとは思いません。もっと変わって、あの方を支えられる女性になりたいと思います。
……そうすれば、彼の隣に立つのにふさわしい女性になれるでしょうから」
ナマエの瞳は決意と愛しいものを見るようで優しかった。その瞳はガレスにも向けられている。彼女にとってガウェインの弟であるガレスも、すでに大切な存在として扱われているのだ。
──優しくて強い女性なんだな。
静かで控えめな印象だった女性が、強さをかね備えた優しい人物だと知った。彼女自身が話してくれた昔の姿とはぜんぜん違う。そんなふうに変えたのは兄様だと言う。
「………!」
急にガレスは目の前にいる女性が魅力的にみえた。夜に二人きりで部屋にいることが気恥ずかしくなってしまう。
優しくて強い女性。こんな人をレディにして奉仕できたら素敵だろう。さすが兄様が選んだ女性だ、と思った。
兄は子ども扱いしたというより、心配していただけなのかもしれないとガレスは思い始めた。もともと兄様は心配しすぎる性格だ。それは、若くから両親がアーサー王を裏切り、長男として弟たちを守らなければならないという境遇だったからだ。
──自分が兄様と同じ立場ならどうだろう。
ガレスは正体を明かしたとき、誰よりも再会を喜んでくれた兄のまぶしい笑顔を思い出した。
──兄様も人間なのだ。色々なものを抱え、うまく伝えられないことだってあるだろう。
自分は成長した姿を褒めて欲しいと勝手に期待して怒った。帰る前に、無礼なことを言って飛び出してしまったことを謝ろう。小言を喰らうかもしれないが、兄様の言動はすべて心配から来ているのだ。
そして、もう一つ兄様に言いたいな、と思った。
──レディ・ナマエのような方が、自分の義姉上になるのが楽しみです、と。
(5)
笑顔で去っていく末弟の背をみて、ガウェインはナマエに何度もおどろきの視線を送った。
──どんな言葉で弟の心を解きほぐしたのだろう。
改めて見ると、おだやかな表情を浮かべたナマエの雰囲気は以前と全くちがう。ガウェインと目があって彼女は頬を赤らめたが、大人っぽい色気をかんじさせる仕草だった。
「レディ、今回は本当に助かりました。弟にどんな話をしたのですか?」
「特別なことは何も。……憧れのお兄様に、じぶんの成長した姿を見せたかったそうですよ」
何でもない風に話すナマエだが、以前なら絶対にできなかったことが出来ている。彼女は間違いなく成長している、とガウェインは思った。
──私はレディをもっと大人に扱うべきなのかもしれない。
ガウェインはガレスがどうして怒ってしまったのか理解した。同時に、ナマエに対して「子ども扱いをしていると思われていないか」と心配になった。
「レディは私に望むことはありますか?」
「………」
その質問にナマエは少し考える表情をして、ガレスが去っていった方向を見つめた。道はキャメロットに続いている。安全なガウェインの領地の外にある、王都に。
「──キャメロットに行ってみたいです。サー・ガウェインの隣に並んでも恥ずかしくない女性になって、貴方様の支えになりたい…」
最後は消えてしまいそうな声だった。自分には大きすぎる望みだと思っているのだろうか。
ガウェインはまずナマエがそんな望みを持っていることに驚いた。そして、彼女を守るためにずっと領地で過ごしてもらおうと思っていた自分を恥じた。
──私のレディなら、きっと。
か細いナマエの肩に手を伸ばして抱き寄せた。
「わかりました。マイ・レディのお望みのままに」
彼女の目の高さにかがむと、そっと唇を交わした。
<おわり>
グリコ様よりリクエストを頂きました。
『お相手ガウェインで「ランスロットとガレスちゃんがキューピッドになる両片想い→両想い」か「再度へんたいちっくな卿」か「連載その後のラブラブ(デートやお散歩やプロポーズや初夜など)」のどれか(通常でも裏でも)が読みたいです。』
ガレスがキューピットになってガウェインと夢主にいちゃついてもらうつもりが、なぜか反抗期を迎えてしまいました。
まったくリクエストを消化できていない…微妙な作品に仕上がってしまったので、これはまた再トライさせてください…!
世界観が好き、という温かい言葉をいただき心から嬉しかったです。また楽しんでいただけますように。
2021.01.31.
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