あとがき



――おれを罵倒してくれ、ナマエ。おれが真の力を発揮できるように。

 サトクリフの書いた『炎の戦士クーフリン』を読み終わり、これが最初に思い浮かんだセリフでした。こんなことを言われる少女はクーフーリンにとってどんな存在だったんだろう?と想像が膨らみ、『灰色の馬』が生まれました。
 前々作『花の冠』では守られる一方でしたが、今度の主人公は戦う仲間として側に居ようとします。男のように戦えない主人公は、どんなふうにクーフーリンに寄り添うのか。
 でもクーフーリンは主人公をずっと女だと思っていました。最後に「女としての姿を見たい」という言葉は、クーフーリンが彼女に「自分を取り戻してほしい」という願いでもあります。ナマエはどんな思いだったか、様々だと思うのですが。
 ラストに主人公が歌うシーンがあるのですが、そこは自然と音楽が流れてきて、作曲しました。30秒ぐらいなので(音楽のみ)もしよかったら聞いてみてください。


 クーフーリン以外にも、FGOではでてこないロイグやフェルディア、コンラ、エウェルなど魅力的なキャラクターが活躍しています。もし興味を持たれたら、原本を読んでみてくださいね。
 最後に、文章の多くを『炎の戦士クーフリン』から抜粋させていただきました。文の半分なので、私が書いたところはほんの少し。胸をはって発表できるものではありませんが、サトクリフの美しい文体をできるだけ邪魔しないよう書きました。
 きっと、クーフーリンがどのような最期をとげたか気になる方も多いと思います。『炎の戦士クーフリン』は死後も少し物語がつづきますが、その文だけ抜粋して、締めくくりとさせていただきます。



(ロイグが死んだあとクーフーリンはアイルランドの軍勢のなかに突き進む)

 突進するクーフーリンに向かって、また別の吟遊詩人が槍をくれと呼びかけた。
「この槍一本で、アイルランドの四王国連合軍を引きうけている」クーフーリンは叫んだ。「今日は、おれのほうがこの槍を必要としているんだ」
「ホーリャホーリャ、汝、拒むとあらば、あげてアルスターは、末代までの汚名をばこうむらん」
「アルスターがおれのせいで汚名をかぶったことなど、一度もない」こう言ってクーフーリンは力いっぱい、大槍を詩人めがけて投げつけた。槍は詩人の頭をつらぬき、そのうしろの男の頭九つを叩き割った。クーフーリンはさらに突進した。
 すると今度は、カルブリの息子エルクが出てきて、血まみれの槍をひろいあげ、投げ返した。ルギーのときよりさらに的がはずれて、槍は『灰色のマハ』の脇腹を深くつらぬいた。傷は深く何日も保たずに、馬は死ぬだろう。
 クーフーリンは短剣を取りだし、腰に巻いた手綱を断ち、槍を引きぬくと、『灰色』を戦車につないでいる引き綱を切ってやった。
「神々がおまえにやさしくしてくれるだろう、おれの兄弟。常若の国に雌馬がたくさんいるといいな」クーフーリンは言った。偉大な『灰色』は向きを変え、血を点々と落としながら、戦場を駆けぬけていった。

(戦車は『黒のセイングレンド』一頭になったが、戦い続ける。するとまた別の吟遊詩人がクーフーリンに槍を求め、拒めば家族や愛する者の恥を歌うと言う。かれの投げた槍は詩人と後ろの男九人の心臓を串刺した。)

 するとルギーが再び槍を取り、投げ返した。槍は予言通り、クーフーリンをつらぬいた。槍は胸の下にグサリと突き刺さったので、致命傷だとわかった。しかもはらわたまでが戦車の上に飛び散った。同時に『黒のセイングレンド』が後ろ足で立ちあがって、胴をひねった。ぬばたまの夜の色の偉大な馬は、主人の血の匂いと、足元の戦車の残がい、そして迫りくる悲しみのあまり発狂したのだ。戦車を引きちぎり、戦車の残骸のなかに倒れた主人をのこして去っていった。
 やがて敵の王や族長たちがまわりに集まってくると、クーフーリンは残された力をふりしぼって起きあがり、ひざをついた。喉からしぼりだす声はかすれ、目の前に闇の黒幕が広がっていく。「おれはもう、おまえたちの手中に落ちた。だが、水が飲みたい。あそこの湖のほとりに行くことを許してくれ」
 それからはらわたをかき集めて腹のなかに収め、マントを身体に巻きつけてきつく縛った。そして渾身の力をふりしぼって、よろよろと立ちあがり、湖のほとりへ下りていった。そして、ささやいているような茶色いイグサの花のなかで、水を飲み、体を洗った。
 湖のほとりに背の高い石柱が立っていた。クーフーリンはそこへたどりつくと、石柱に腰帯を掛け、胸のあたりで結んだ。倒れて死ぬのではなく、立ったまま死ぬためだ。
 やがて敵の軍勢がやってきて、湖の岸をぐるりととり囲んだが、誰ひとり近づく者はいなかった。クーフーリンの額にまだ英雄光が光っていて、命の火がつきていないことを教えていたからだ。
 このとき、あの『灰色のマハ』が帰ってきた。主人の命があるうちは守らねばと、傷ついた体のまま駆けもどってきたのだった。『灰色』はアイルランドの軍勢を三度攻撃し、夕刻までに五十人を噛み殺し、それぞれのひずめで、三十人ずつ蹴り殺した。そのために、このような言い伝えが残っている。「クーフーリンが死んだときの『灰色のマハ』ほどの働きは、だれもなしえない」
 やがて黒い大ガラスが羽を広げてばさばさと降りてきて、クーフーリンの肩に止った。これで敵の軍勢は、クーフーリンの命が尽きたことを知った。




灰色の馬

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