1  規則破り


聖杯戦争。それは神秘の薄れた現代において現存する最後の奇跡とよばれている。
えらばれた7人の魔術師は、それぞれのクラスにふさわしい英霊を召喚し、マスターとなって他の魔術師と争う。
そして聖杯は勝ち残った1組の願いを叶える。
たとえそれがどんな願いであっても――…。




ここは極東のある地方都市。
聖杯に選ばれたある一人の魔術師が背後をつかれ、令呪とそのサーヴァントを奪われようとしていた。
「そんな……まさか監督役の貴方が……」
「恨めしいか? しかしこれは貴様の力不足だ。真面目な天才は人を疑うということを知らない。」
「っ・・・」


暗闇に意識が落ちていく間際、その魔術師は思った。
前回、前々回、もっと前からか。この聖杯戦争は歪んでいたのだ。
しかしどんな願いも叶うなら人は欲望をむき出しにするだろう。その戦争が歪まないわけがない、と……。

――願う。
 聖杯戦争が行われるのであれば、それを正す者の発現を。
――願う。
 よごれた聖杯を澄んだ祈りで浄化するものを。




その夜、理(ことわり)を超えた存在からある女性のもとに使命が降った。

「…私が? 魔術師でも何でもないのに……」

聖杯戦争のサーヴァントは7騎。しかし稀にサーヴァントが追加で召喚されることがある。
クラスは裁定者(ルーラー)。
通常では召喚されないこのクラスの発動条件は、聖杯戦争が特殊な形式で結果が未知数な場合と、聖杯の取得者によって世界に歪みが生じると大聖杯が判断した場合である。
 この存在は過去の聖杯戦争において秘匿され、どのマスターも監督役も把握していなかった。

「でも、あの人を救えるなら……。どうぞ私の体を憑依(つか)ってください」


女性は目を閉じてその降霊を受け入れた。







衛宮士郎は顔をあげた。時刻は5時30分。強制下校時間まであと30分しかない。それまでに見つけなければならない。
 ここ最近の冬木市は殺人事件やガス漏れ事故が多発し、街の至るところで緊迫した空気が漂っていた。学校側が生徒を早い時間に帰らせようとするのは当然のことだろう。

「衛宮くん、何かいい資料はあった?」
黒髪を高い位置に結んだ同級生――遠坂凛がすました表情でとつぜん士郎の手元をのぞきこんできたので、彼は驚いて身を縮めた。
「と、遠坂…!何にもだけど、お前は……」
「そう。私もあんまりいい資料を見つけられなかったわ」
 凛は彼の動揺に気づいていないように平然と言葉をつづけた。でもその表情は悔しそうで図書館の本棚をにらみつけている。「剣をとりだす弓兵の英霊なんて。そんなのヒントなんか見つかりっこないわ」
このままじゃお父様に顔向けできない、そう呟く凛を横目に、士郎はもういちど棚に並ぶ本のタイトルを確認した。
世界の神話、英雄たちの物語……ヒントにならないこともないが、ざっくりしすぎて判断がつけられないだろう。
 セイバーは青い鎧に身を包んだ少女の英霊だった。その清廉なたたずまいと人並みでない整った顔立ちを思い浮かべ、士郎は少し夢心地になった。だめだ、全く探し物に集中できていない。

すると2人の物音が気になったのか、入り口のカウンターに座っている女性が声をかけてきた。
「そこの生徒さん。もし探し物でしたら、声をかけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
凛は優等生らしくきびきびと返事した。すると士郎がばつの悪そうな表情をしているのに気づいて目ざとく話しかける。
「どうしたの、注意されて気にやんだの?」
「いや…べつに……」
頬を赤くして顔を背けた士郎に、はあんと凛は唸った。
「士郎ってば美人に弱いのね。でもあの人、眼鏡だけど顔は整ってるし、エプロンで体型が分かりづらいけど出るところは出てるもの。いい趣味してるじゃない」
「遠坂、発言がオッサンみたいだぞ…」
おずおずと言う士郎を彼女はもっとからかいたくなったらしい。すみませーん、と声を上げて女性を呼ぶ。
士郎が驚いている間に女性はやってきた。
「探し物ですか?」
「宿題で歴史上の英雄について調べているんですけど、剣で逸話をのこした英雄についての本ってありませんか?」
「そうですね……」
凛はすかさず横のポジションを士郎に譲る。無防備な女性の横顔が間近にせまり、士郎は必死に本棚を凝視した。
「この本はいかがでしょう『名剣と英雄』。剣で名前を残した古今東西の英雄が紹介されていますよ」
「はい……」
あと、と女性は士郎の前にある本棚にも手を伸ばした。
「伝説でよかったら『円卓の騎士』はいかがですか? 物語としても面白いですよ」
「は、はい!」

近い距離で言われて士郎は勢いよく返事した。女性は元気のいい高校生男子を健気に思ったのか微笑んだ。



6時前に士郎たちは昇降口にたどり着いた。恥ずかしさが残る士郎は、凛に二三言いいたくなった。
「遠坂はあそこの司書さんと話したことがあるのか?」
「当然でしょ。図書館には調べ物や自習でよく行くし、宿題の相談を聞いてもらう事もあるわ」
そうか、と士郎は言う。
「どうしたの?美人の司書さんともっと話したかった?」
「いや、そんなことない!でも不思議な感じの女性だと思って……」
「ふぅーん」



校門から出ていく2人の背中を、図書館の窓から女性は見ていた。
貸出記録に書かれた名前を呟く。
「衛宮士郎、遠坂凛……それぞれ聖杯戦争のマスターなのね。」
ふっと遠い目をした彼女は、二人が直接争うことのない未来を祈った。
「手出しはしない。でも見守らせてもらうわ。」

名字名前。
ネームプレートに書かれた名前が夕日の残り灯をうけて輝く。背中にきざまれた翼のような令呪が少し熱くなった気がした。


――裏切りと異例をはらみ、第五次聖杯戦争の幕が開く。







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