お弁当シリーズ

第8話

暑さの真っ盛り。セミが鳴くなか、お弁当を外で食べるのがしんどい日もある。でも相変わらずギルくんは爽やかだった。Tシャツと短パンという軽装で、汗一つかいていない。
「ギルくんっていつも荷物少ないね。公園には何をしにきてるの?」
私の質問にギルくんが驚いた表情でこちらを見た。そんなに不思議な質問だっただろうか。
「ほら、サッカーしにきてるならボールを持ってるだろうし、お散歩なら水筒とか持たないのかなって」
「なるほど…」彼はようやく意味がわかったらしい。
「僕が公園に来るのは気分転換ですね。家が近いから水筒は持たないです。あと、このズボンのポケットが優秀なんですよ」
 そう言うとポケットからわざわざお財布やハンカチを出してくれた。ハンカチには小さくギルと刺繍されている。男の子なのにちゃんと持ち歩いてるんだね、と言うと「当然です」と彼は言った。
「僕が使わなくても必要な時がありますから。」
「なるほど」
紳士的なしつけをするお家だなと思った。
何事もなかったように、今日のお弁当を差し出した。
「はい、今日はオムライスです!」
「よくランチの看板で見るやつですね」
ぱか、と開けるとお弁当いっぱいに黄色い卵につつまれたチキンライス。野菜もちょこっと横に添えてある。
「オムライス食べるの初めて?」
「はい。」
「これは玉ねぎとマッシュルーム、鶏肉をケチャップで炒めてからご飯に混ぜて、卵に包んだ料理なんだよ。」
そう言いながら、今日はスプーンを使ってもらった。卵に包まれたチキンライスを一緒に口に含んで……ギルくんは頬をゆるめた。
「おいしい?」
「これはなかなか。」
どうやら気に入ったようだ。スプーンをまたお弁当の中にいれる。
「他にも色々種類があって、ソースがデミグラスだったりホワイトソースだったり、中がイタリアンライスのときもあるよ」
「食べてみたいですね」とギルくん。
「さすがにお弁当だとなかなか作れないけど……もしよかったら、こんど食べにいく?」
私の提案に、彼はすんなり「ぜひ」と言った。
今までご飯を食べにいくのを考えたことがなかった。暑くなってきたし、たまには良いかもしれない。


お弁当を食べ終え、ギルくんはいつものようにお礼を言って帰っていった。
ふとベンチを見ると彼のハンカチがあった。いろいろ出してもらったせいだろう。来週渡せば良かったが、午後にいそぎの仕事がなかったので彼を追って渡そうと思った。
興味がなかったといえば嘘になる。

しばらく彼の行った方向へ進んだが、ギルくんは見当たらなかった。家が近いと言っていたからもう通り過ぎたのかもしれない。気がつくと、外国人墓地がある冬木教会の近くまで来ていた。
( あれは…ギルくん?)
折り返そうと思った矢先、遠目で教会の中に金髪の少年が入っていくのを見た。
教会も洋館といえば洋館だ。
( まさか、ここ…? )
一瞬とまどったが、教会の門は誰でも入れるよう開いている。有名な建築家が作ったと聞いたこともあって以前から中が気になっていた。
よし、ちょっとだけのぞいてみよう。

中はひんやりしていた。太陽がステンドグラスに差し込み、五彩色の淡い光が白い壁に反射している。参拝者の座る椅子がたくさん並んでいて荘厳な雰囲気の教会だった。
「すごい…」
思わずステンドグラスのある祭壇の方へ進む。古い建物なのか床を踏み締めると軋む音がした。すると音に気づいて奥から男性が出てきた。長身で黒い服をまとっていて20代後半に見える。
神父さんだろうか。私を見て軽く会釈した。
「ようこそ。迷える子羊よ」
神父は深みのある落ち着いた声だった。「一般の方のようですが、当教会に何か御用でしょうか?」
「いいえ、あの……」
礼儀正しく責任感のある人に見えた。この人に怒られたらどんな子どもでも素直に聞いてしまいそう。格式ばった問いをされて「つい好奇心で」とは言いづらく、思わず理由を話していた。
「知り合いの男の子が、こちらに入っていくのが見えたんです。忘れ物をしていたので…」
そう言ってギルくんのハンカチを差し出す。神父はハンカチを受け取り、刺繍を見て「ほう」と呟いた。
「どんな男の子ですか?」と神父。
「はい。小学生ぐらいの金髪の男の子です。」
「なるほど……その子とはどういった関係で?」彼は問いを重ねた。
「週一回、お弁当をいっしょに食べてるんです。ギルくんって呼んでいて、それ以外は詳しく知らないんですけど…」
たじたじになった私に、彼は「そうでしたか」と一人納得したように言った。
「…そんな子どもは知りませんね。」
そう言うと、ハンカチを私の手元に戻した。整った顔のせいか笑顔なのに冷たく感じてしまう。なぜか一刻も早く教会から出て行きたい気持ちになった。
急いで「失礼します」と頭を下げた私に、神父は優しく言った。
「お嬢さん、子供とはいえ正体不明の相手を深く詮索しないほうがいい。相手は子どもの皮をかぶった怪物かもしれないのだから」
「え……?」
顔を上げると、すでに神父は背を向けて奥に戻るところだった。
私は戸惑ったまま静かな教会の中に残された。



教会の居住区域に入った言峰綺礼は、めずらしく言葉を荒げてある人物を呼んだ。
「ギルガメッシュ。戻ってきているのだろう」
何もない空間だったが、突如として金髪の男性が現れた。呼びかけ方が気に食わなかったのか不機嫌そうだ。
「なんだ。呼びつけるとは相当の用だろうな。」
「用がないのはお前のほうだろう。私が目を離した隙にふらふらと出歩くのだから。」
綺礼は威圧的なオーラを放つギルガメッシュに臆することなく言った。
「出歩くこと自体は禁止しない。だが一般人との関わりは至極避けるよう言っただろう。」
「お前に迷惑をかけてはいない。」
言い返しながらも、ギルガメッシュは出歩いていることを否定しなかった。綺礼もそれを禁止する手段はないと諦めているようである。しかしこの一点を再び強調して言う。
「一般人とは関わらないでほしい」
いつになく強い口調にギルガメッシュは眉をしかめた。
だが教会から出ていく人物の気配に気づいたらしく、「あの女か」と呟いた。
「そうだ。週一回会っているとはずいぶんな入れ込み様だな」
「全く見当違いだ。受肉によって生じた食欲を満たしているだけのこと。それ以上の思い入れはない。」
「…本当にそれだけなんだな?」
綺礼はなおも食い下がった。その行動が大きな惨事を招くと言いたいように。
「教会として魔術の秘匿には努めなければならないし、一般人がこちらの側と関わって良いことは一切ない。すぐさま関係を切ってくれ」
何度も口を酸っぱくして言う綺礼を、ギルガメッシュは鬱陶しそうに見た。女に特別の思い入れがあると思われたのが不快なようだった。
「ふん、あんな貧相な女を気に留めることはない。王に奉仕する間だけ利用価値を認めているだけだ。この時代に我の寵愛に値する人間などおらぬ。」
だが、と彼は続けた。
「いつ関係を切るかは我が決める。お前に言われるまでもなく、束の間の戯れだ」



その週末、私は人気のカフェにギルくんとオムライスを食べにいった。
休みの日に誰かと出かけるのは久しぶりで、私服を選ぶのにわくわくした。なんだかデートみたい。相手は小学生の男の子だけれど。
 店内はカップルや友達同士などで賑わっていた。メニューをひろげ、ギルくんの質問に答えながら注文を決める。私は定番のナスとベーコンのトマトソースにして、ギルくんは変わり種のデミグラスソースのオムライスにした。
 しばらくすると湯気を立てて、丸いシルエットが美しい黄色の半球が運ばれてくる。きっと出来立てが一番美味しい。熱さと勝負しながらスプーンで大きめのひとさじをすくい口に入れると、トマトの酸味と卵のバランスが口の中でほどけた。ギルくんもデミグラスのオムライスを口にして満更でない表情をしている。
「美味しいね。」
「意外な組み合わせも美味しいですね。」

ギルくんが食べながら、こんな話題を切り出す。
「名前さんは僕が急に消えちゃったらどう思いますか?」
「え?」
オムライスに集中していたので、とつぜんの話題に驚きながらも素直に返した。「うーん、それは寂しいな…。急にどうしたの?」
私は彼のことを一切知らない。彼が消えてしまったら、本当に二度と会うことはないだろう。
「両親の仕事の関係で、急に引っ越すことがあるんですよ。名前さんに言えずに行くこともあると思ったので。」
「そうなんだ…」
そうなったら寂しいだろう。でも、彼にも止むを得ない状況があるに違いない。
だからこう言った。
「寂しいけれど、ギルくんなら出来る範囲で伝えてくれると思ってる。もし言ってくれなくても、薄情なんて思わないよ。」
にっこりと笑った。「仮にそんなことがあっても後悔しないように、たくさん楽しいことをしたいな。」

なんてことない会話なのかもしれないけれど、私は心を込めて言った。
そのあと「ここはスイーツも評判なんだよ。デザートにパフェはどう?」といつもの調子で続けた私を、彼はじっと静かに見ていた。
「…いいですね。パフェもオーダーしましょうか」
「うん。店員さん、お願いします…」


そのとき、奥から出てきたウェイターの青年はぎょっとして目を開いた。
自分を呼んだのは普通の女性だ。しかし彼女の向かいに座って、自分に背を向けている金髪の少年。
( この男の子……魔力のケタが規格外だぞ…!)
青年――ウェイバー・ベルベットは、脳裏に閃いた人物名があった。手が震え、女性が言った注文を聞き取るのも必死になる。
 幸いにして、自分の微々たる魔力を少年は感じていないようだ。ウェイバーは注文を取ると調理担当に伝え、その足でスタッフ控え室に入りるとへたり込んだ。
「なんでアイツが…!?」


美味しいカフェのオムライス。温かく味も多彩で、自分のお弁当など及ばない。
「たまにはカフェでご飯もいいね」
そう呟いた私に、ギルくんは最後の一口をすくいながら言った。
「でも僕は名前さんのお弁当のほうが好きだな。」




<つづく>

綺礼「不要不急の外出は避けてほしい」



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