お弁当シリーズ

第7話

7月。梅雨の終わりを知らせる雷が鳴ると、セミの声が公園で聞こえるようになった。暑くなってきたので公園のあずまやで涼みながらギルくんとお弁当を食べる。
「暑いね」と私。
「はい。僕の国も暑かったですけど、じめじめしてて辛いですね…」
 ギルくんは少しうんざりしているように言う。ちなみに今日のお弁当はするっと食べられる素麺だ。
「でも夏って花火とかプールとか楽しいこともあるよ。」
「プールですか……いいですね。」
そう言うと、ギルくんはいつの間にか手にチケットを持っていた。
「名前さん、プール行きませんか?いつものお礼ってことで」
「えっ…」
急な申し出にびっくりするが、“いつものお礼”と言われると断りにくい。プールに行きたいと思う気持ちが無いわけでもない。
「ありがとう。でも水着持ってないからちょっと待ってね。」
「大丈夫ですよ。特別優待券なので、水着とかタオルとか全部ついてきます。」
すごいチケットである。
貰った物なので。ギルくんはしれっと言う。
「名前さん、いつ空いてますか。今週か、来週の土曜日はどうですか?」
「うん、来週の土曜日なら…」
土曜日、と聞いてある女の子のことが思い浮かんだ。「ねえギルくん、そのチケットってもう一枚余ってないかな」
「? 余分はありますが…」
「じゃあ、もう一人誘ってもいい?ギルくんと同い年ぐらいの女の子なんだけど。」



その週の土曜日。凛ちゃんを誘うと「プール!?」と叫んだ。はしたないと思ったのか、落ち着いて言う。
「でもお母様に行っていいか聞かないと・・・」
「じゃあ私の会社の名刺を渡しておくね。もし『良い』って言ってもらえたら、この番号に電話してちょうだい。凛ちゃんと同い年ぐらいの男の子も一緒だけど。」
名刺に私の携帯番号を書いて渡す。
「他の子と一緒でもべつにいいわ…」
凛ちゃんは名刺とプールのチケットをぎゅっと胸にあてて言った。
「プールはお母様が好きで毎年行っていたのよ。今年は行けないと思っていたから、行けたら嬉しい」

その日の夜、さっそく凛ちゃんから電話がかかってきた。返事は『OK』。集合場所や時間を決めて、あとは来週の土曜日を楽しみに待つだけだ。




今年オープンした『わくわくざぶーん』は、ふざけた名前に反して全面ガラス張りの巨大ドームの内側にウォータースライダーから波のプールまで収納した全天候型屋内ウォーターレジャーランドだ。しかもヨーロッパの本格リゾート地を思わせる外観である。
 土曜日の朝。「ここで良いのかな?」と入り口で私がそわそわしていると、ギルくんが爽やかに登場した。
「名前さん!時間通りですね」
「うん。お招きありがとう」
ぺこ、と頭を下げて、人混みを見渡す。凛ちゃんもそろそろ来るはずだ。
人垣の中に凛ちゃんは私を見つけて「あ、名前!」と手を振りながらやってくる。一瞬、ギルくんは凛ちゃんをすごい形相で見た。
 私は(凛ちゃん、可愛いもんな)と微笑ましく見ていた。凛ちゃんは私の元にやってきて、隣にいるギルくんに目をやる。
「…えっ…何この子…」
凛はすごい魔力を感じた。しかし、次の瞬間にはその気配は消える。金髪の美少年が立っているだけだ。
「こちらはギルくん。凛ちゃんの方が年上かな?」と私。
「はじめまして、お姉ちゃん。よろしくね!」
ギルくんはまぶしい笑顔で対応する。戸惑っていた凛ちゃんはその笑顔にやられてしまった。美少年の力はすさまじい。
「…か、かわいい……よろしくね、ギルくん」
凛ちゃんは真っ赤である。



男女分かれて着替え室にはいる。凛ちゃんは水着を着込んで来ていたので、先に流れるプールへ行ってもらうことにした。
私は先に来て選んでいたレンタル水着を袋から出す。でもあまり時間がなくて「サイズが合って一番地味なやつをお願いします」と定員さんにお願いして受け取っただけだった。つまり、初見で着るということである。
 色は黒。袋から出して驚いた。「うわ…これビキニだ…!」


ギルガメッシュは無心で遠坂の娘と手を繋いでいた。なぜここに遠坂の娘が。
しかもお姉さん気分でいるのか、「はぐれるといけないから、手つなご」といってモジモジしながら小さな手を差し出してきた。断る理由もないので仕方なく繋ぐ。
( まあいいか。一応美少女だし )
照れているらしく、その様子は可愛らしい。にこりと微笑んでやると、沸騰しそうなほど赤くなった。うん、面白いから許す。
そのまま流れるプールで遊んでいると、茶髪の男の子にこつんと体がぶつかった。お互い顔を見合わせて、「あっ」となる。
「君、この前うちに来た…!」
「っ……!」
ギルガメッシュは男の子の隣を見た。一緒にいた男性と目が合い、お互い絶望した顔になる。
「衛宮切嗣…」
「ギルガメッシュ…」

沈黙の時間が流れる。すると何やら周りにいた男性がざわつきはじめた。むこうから歩いてくる女性に男性たちの目が集まる。
真っ白な肌に、黒いビキニ。三角形の胸当てがあますことなく谷間を際立てている。その女性は2人を見つけて、こちらへ真っ直ぐやってきた。
「ギルくん、凛ちゃん。お待たせ…」
「…名前、さん」
恥ずかしそうに名前は俯いた。もう一度選び直そうと思ったが、2人を待たせているのでレンタル水着コーナーに行けなかった。高校時代のスクール水着が最後だった名前にとって、ビキニなんて基準がよく分からない。
「名字名前…?」
切嗣がとなりで呟く。名前はハッとなって、切嗣と士郎に気づいた。
「あっこんなところで。お久しぶりです。」
お辞儀をする。前傾するとさらに谷間が強調される。思わぬ特典に、男性陣は頬をゆるめた。

(これは…これでいいかも…!)


さて、全員が揃ったところで子供たちは一緒になって遊び始めた。ギルガメッシュは子供が嫌いではないらしく、士郎に誘われると凛も含めて遊びはじめる。
切嗣はなんとも言えない状況に、胃がきりきりと痛くなる思いがした。
「ええと、名字さんだったかな。」
「はい。この前はリフォームでお世話になりました。あれからご不便はないですか?」
「はい…」
家のことをのんびり話しているような状況ではない。「あのう、名字さんはあの2人と…」
「はい、ギルくんと凛ちゃんと一緒に来ました。」
「知り合いで?」
「ええ、少し前からなんですけど。」
名前はのほほんと言う。「週一回、一緒にお弁当を食べる仲なんです」
「へえぇ……」
名字名前は恐ろしい女だと切嗣は思った。


「おーい、切嗣!ウォータースライダーやりたい!」
流れるブールを堪能したのか、士郎が切嗣のところにやってくる。
「私もやりたいわ!」と凛。当然、ギルガメッシュも連れて行かれる。

ウォータースライダーは大人用と子供用があって、小学生以下のこどもは保護者と一緒に乗り場までいかないといけなかった。
名前と切嗣は3人を子供用のスライダーまで案内して、降りてくるところで待っていようとしたが、店員さんに呼び止められる。
「大人用のスライダーが空いてるのでやっていかれませんか?今だったらすぐ乗れますよ」
すると凛が言う。
「せっかく来たんだから、名前も楽しみなさいよ。あとで合流しましょ」
「えっ…うん…」
大人用スライダーは中学生以上が利用可能で、流れる急斜面をボートで降るだいぶハードなコースだった。
その列に、なんとなく流れで名前と切嗣が並ぶ。

「なんか…良い雰囲気よね」
凛は2人を見ながら、呟いた。
「士郎くんのお父さんって独身だっけ」
「うん、そうだよ」
「名前も彼氏がいないならくっつけば良いのに。」

その会話を聞きながら、ギルガメッシュは何となく腹立たしい気持ちになっていた。別に2人が仲良くしていることに嫉妬しているわけではない。自分を差し置いて、2人が楽しそうなのが腹立たしいのだ。
そうはいってもウォータースライダーを体験すると、一瞬にしてその魔力の虜になってしまった。子供達は降りた瞬間から、「もう一回!」と乗り口に駆け出す。

 そのころ名前と切嗣は2人組用のボートに乗ることになってしまっていた。店員さんが当たり前のようにカップル用を渡してきたのだ。目の前でカップルが体を密着させてボートに乗り込むのを見て、切嗣はなんとも言えない表情をしていた。
(…これは…子供たちのため…!)
 一方で名前はしばらく前から不快な気持ちでいた。順番待ちで混み合っているのだが、頻繁に後ろの人の手がぶつかるのだ。混雑しているので仕方ないが、実は数回ぶつかっている。しかも、腕、肩、背中…と嫌なぶつかり方をするのである。
 ふとももに手が当たって、名前はぎゅっと身を縮めた。鳥肌が立って気持ち悪い。気分が悪くなって、背を向けて立っていた切嗣の腕に触れた。
「名字さん…!?」急に触れられた切嗣は驚く。
「あの…すごく申し訳ないんですけど。乗らないで降りても良いでしょうか?」
「あ、ああ。いいとも」
切嗣は表情のこわばっている彼女を見て、気持ちを察したようだった。



「ふう〜楽しかったー!」と凛。
「ウォータースライダーはいいですね!」とギルくんが言う。彼も心から楽しんでいるようだ。
子供たちが戻ってくるのを、私と切嗣氏はベンチで座って待っていた。
「あれ、乗らなかったの?」
「うん。途中で気持ち悪くなっちゃって」
なんとなく言い訳する。「お腹が空いちゃったみたい。そろそろご飯どきだからね」
「じゃあ、俺が切嗣と一緒に買ってくるよ!」と士郎が立ち上がる。
「わたしジュースが飲みたいわ」
凛も立ち上がり、ベンチに残ったのは私とギルくんだけになった。

「…名前さん、何かあった?」
ギルくんはさすがに鋭い。「嫌なことがあった顔してる。」
「うん。ちょっとね…」

そう言おうとしたところで、私とギルくんに人影がかかった。
「ねえ彼女。弟くんと来たの?」
チャラそうな若者2人組だった。「俺たちと一緒に遊ぼうよ」
目の前に子どもがいるのに、私の水着姿をじろじろと見てくる。
「あ、あの…一緒の人がいるので…」
すると男達はギルくんをチラッと見て、ポケットから500円硬貨を取り出した。
「なあ弟くん、これでジュースでも飲んできなよ。俺たちお姉さんと喋りたいんだ。」
どうやら強く断れない状況を悪用しているらしい。
私はおろおろしながらギルくんを見る。成人男性2人。はむかえる相手ではない。彼には巻き込まれないよう逃げてほしい。私のおびえた視線を見て、ギルくんは何かを思い立ったようだった。
「…わかった。僕はジュースを飲んでくるよ。」
そう言って、ギルくんは向こうへ歩いていく。もしかすると切嗣さんたちを呼びに行ってくれるのかもしれない。それまで我慢しよう。
「物分かりのいい弟くんだな。なあ、どこから来たの?」
男達はギルくんがいなくなると、もっと大胆に声をかけてきた。私の隣に腰掛け、もう一方の男は私の前に立つ。
「そんな澄ましてないでさ。一緒にどこか行こうよ」
男の手が私の肩に触れようとして――…。


バシャン。突然、水音がして目の前が明るくなる。立ち塞がっていた男がいない。私の横に座っていた男はうろたえて立ち上がる。
「雑種、疾く失せよ」
「お前素手で…! ひっ」
目の前の人物のひとにらみで、残っていた男も走り去った。
私が怖々と顔を上げると、いつぞやの夜に私を助けてくれた金髪の男性が立っていた。
「あ、あなたは……有難うございます…!」
急いで頭を下げる。感謝の気持ちだけでなく、この男性は平伏したくなるような強烈なオーラを纏っていた。
「頭をあげよ」と彼。それでも上げられずにいると、再び「上げよ」と急かされる。
 彼の金髪がガラス越しの太陽を浴びてきらきらと輝いていた。あの夜と変わらず端正な顔だちに赤い目。さらに完璧な肉体美とあいまって、神がかった存在に見えてくる。
「本当に有難うございます。何かお礼をさせてください…!」
彼に助けてもらったのは2回目だ。満足して貰えるようなことが自分にできるとは思わなかったが、お礼の気持ちを伝えたかった。
「では、我はあれを所望する」
私は彼の指差す方向を見る。一瞬、どういう意味かわからなくて首を傾げた。
「アレだ。行くぞ」


そのころ切嗣達はジュースやポテトなどを抱え、ホットドックのコーナーに並んでいた。人が多くてなかなか進まない。残してきた名前たちが心配だったが、ギルガメッシュがそばにいるのだ。危険はないだろう。
ふと並んでいるホットドック屋台に目をやると、店員の男性に見覚えがあった。小柄な体におかっぱの髪。イギリス人。
( あれは…ライダーのマスター! )
聖杯戦争でプロフィールを調べたし、双眼鏡で様子を観察したこともある。直接戦っていないのでこちらの顔を知らないと思うが、なぜここにいるのだろう?
あの聖杯戦争の中で彼が生き延びたことも驚きだったが、レジャー施設でホットドックを売っているなんてシュールすぎる。
切嗣は今日出会った遠坂の娘、ギルガメッシュ、そしてウェイバー……と指折り数えながら、将来もっと嫌な奴に再開するのではと予感したのだった。



“わくわくざぶーん”の最大の目玉であるメガビックウォータースライダー。急斜面を一気にボートで駆け下りるという鬼畜設定であるため、中学生以上と厳し目の入場制限となっている。
そのスライダーの列に神々しいオーラを放つイケメンが並び、女性達は彼を盗み見て、男性は自分の弱々しい肉体を隠そうとした。名前はまるで自分がミジンコみたいで、彼の後ろを歩いているだけで恐れ多いと感じた。
「遅い。そばに居ろ」
意外にもきちんと順番を待つらしい。店員は見とれて自分の仕事を忘れ、彼に睨まれてようやく二人用のボートを渡した。
「早く乗れ」
私は彼に促されるまま同じボートに乗り込んだ。ボートの中で体が密着する。彼の肌に触れている……!

鬼畜スライダーに乗る恐怖すら忘れていた。気付いたらスライダーは動いていて、悲鳴を上げながら彼の体にしがみついてしまい、いっそう身体中が沸騰しそうであった。
「うん、これはなかなか……!」
満足そうな彼の声が、聞こえたような。

私の夏の思い出は、ウォータースライダーの時に感じた金色の輝きでいっぱいになった。


<つづく>

綺礼はお留守番です。


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