お弁当シリーズ

第6話

少しずつ雨が降る日が少なくなり、日が出る時間も長くなってきた。夏はもうすぐである。
土曜日のお昼に公園でお弁当を食べていると、近所の子どもたちが遊んでいる風景に出会う。微笑ましく見ているのだが、お昼の時間だからいったん遊びを終えて帰る場面に遭遇することが多い。
 その女の子は友達と仲良く遊んでいた。リーダー的な慕われ方をしているらしく、色んな子に話しかけられて笑っている。でもお昼になると、その子だけ公園に残ってサンドウィッチなど軽食を一人で食べていた。
(……お家で食べないのかな。)
そんなことを考えながら、毎週、彼女の姿が目に入るようになっていた。


ある日の土曜日。いつものようにお弁当を食べていると、あの女の子と数人が遊んでいた。一人の子が蹴つまずいて、前にいた彼女にぶつかってしまう。押されて転んでしまった。
「凛ちゃん大丈夫!?」
「へーき、へーき!こんなのどうってことないわ!」
ぱんぱん、と膝小僧についた砂利を払って女の子が立ち上がる。遠目で見守っていたが、血は出ていないようだった。
「凛ちゃん、お家おいでよ。手当てしなきゃ」
「大丈夫よ。絆創膏をあとで貼っておくわ。」
「そう……?」

しばらくして周りの子たちはお昼を食べに家へ戻った。女の子は水場を求めて、私の座っているベンチの近くにやってくる。水道をひねり、擦った膝を水に当てて顔をしかめる。
「っ……」
なんて強い子だろう。
ハンカチを取り出して拭こうとしたが、体勢が悪くて流し場にハンカチを落としてしまう。それを見て、とっさに私は立ち上がって自分のハンカチを持っていった。
「大丈夫?よかったらこれ使って」
他人のものだから綺麗でないかもしれないけれど、流し場に落ちたハンカチよりマシだろう。突然の申し出に女の子は躊躇したが、泥でよごれた自分のものを見比べて好意を受け入れてくれた。
「お姉さん、ありがとう」
何となく大人びた言い方をする。
「絆創膏貼るの?よかったらベンチに座って貼る?」
「…うん。」
女の子はおとなしく私の横に座った。私はお弁当を食べながら、横目でその子を観察する。
ツインテールで高い位置に髪を結んでいて綺麗な目と鼻立ち。将来美人になること間違いなしだ。
「わたし、あなたのこと何回か見たことあるわ」
無言が苦手だったのか私に話しかけてきた。
「土曜日にここでお弁当をたべてる人よね。それって会社の制服?」
私は会社の事務服を着ていた。いつも同じ服だから覚えやすかったみたいだ。
「うん。私の仕事はお休みの日にあることが多くて」
「ふーん……」
 絆創膏を女の子は貼り終わる。「ありがとう。もう大丈夫だわ」
「よかった。ねえ、貴方もよくお弁当を食べてるよね。このまま座って一緒に食べない?」
 女の子はびっくりしたようだった。私は毎週1回ギルくんと食べているので、子供と食べることに他の大人より慣れているだけだ。女の子はちょっと迷ったようだけれど、足が少し痛かったのかベンチにしっかり座って「いいわよ」と言った。
 持っていたポシェットからサンドウィッチを取り出す。
「私の名前は名前。お家のリフォームをする会社で働いてるの」
「私は凛。穂群原学園小等部に通っているわ」


それから毎週土曜日、凛ちゃんと一緒にお弁当を食べるようになった。彼女は仕事の話が新鮮なのか熱心に聞いてくれるし、私も凛ちゃんが小学生ながらかっこいい子だなと思った。
一言であらわすなら、自立している。彼女の行動には一本筋の通った基準があるようだった。

「ねえ、凛ちゃんはみんなと同じようにお昼を家で食べないの?」
「え、だって、お家に帰るのがめんどうだもの。」
彼女の行動はとっても論理的だった。こんなにしっかりしていては末恐ろしいなと思ってしまう。
「はあ…凛ちゃんって私が同い年だった頃より数倍しっかりしてるね。私なんか周りにからかわれてばっかりだった。」
「そりゃそうでしょ。私は名前とはぜんぜん違うもん。」
胸を張ってそう言う。
「よっぽどお家の教育がしっかりしているんだね。凛ちゃんのお父さんってどんな人?」
この質問に、すこしだけ凛ちゃんは間を置いた。
「お父様は……いつも堂々としていて、仕事熱心で、『優雅たれ』っていうのがモットーの方よ。お母様は、そんなお父様をすごく尊敬していて優しいの。」
とても気持ちがこもっていた。凛ちゃんはご両親のことが大好きなんだねと言うと、「うん」と彼女は返した。




……土曜日の夕方、凛は家に帰ってきていた。
1週間のうち土曜日だけ習い事をいれていない。たまたまそうなったのだけど、いつも友達と1日中遊んでいる。夢中になって遊べる日。魔術師の遠坂凛でなくてもいい日。
「…ただいま」
お母様はきっと自分の部屋にいる。話してあげなきゃ。今日はどんな1日だったか、どれだけ有意義だったか話すのだ。
 お母様との会話はずっとママゴトをしているようなものだ。お父様、お母様、桜、私。その4人が揃っているようなひと時を永遠に漂っている。
お母様は急に現実を見なくなってしまった。他人は「お父様が亡くなったショックだろう」って言うけれど、私はお母様はそんな弱い人ではないと思う。

( …お母様は、悲しいから忘れたんじゃないのよ。お医者様が脳のダメージで思い出せなくなってるって、こっそり話しているのを聞いたんだから )

きっとお母様は何かに巻き込まれたのだ。お父様が亡くなったときお母様も近くにいて、聖杯をめぐる戦いの最中だった。
父を亡くした凛に周りの大人は優しく嘘をついた。お母さんはしばらく元気がないだけだよ。
それが分からないほど自分は馬鹿ではない。でも、騙されたつもりでいないと周りに迷惑をかける。それが遠坂家当主として凛が真っ先にしなければならないことだった。凛が周りにそう言えば、嘘は本当になっていく。
両親共々やられて再起不能と思われては、周りの魔術師たちに遠坂家へ付け入る隙を与えてしまう。だからせめて、私が実力ともに当主として認められるまでは。
「ぜんぜん平気…っ!遠坂のお家に生まれたら、こんなの当たり前なんだから…!」
 私は嘘を突き通さなければならない。心が揺れないように、強くならなければならない。お父様が言っていた、『常に優雅たれ』というように。

(…今日も、楽しかったな……)

 皆のことをうらやましく思う自分もいた。魔術に一切関係のない友達。助けを求められる子。誰かに導いてもらえる子。もし強くならなくて良いなら、私はお昼を一緒に食べた名前のような大人になるのだろうか。
 でもそんな人では遠坂の当主にはなれない。
 

お母様は優しい表情で外を眺めていた。私はいつものように笑って、何事も変わっていないかのように話す。
するとお母様は「凛はいつも頑張っているわね」と言ってくれた。
「凛、いつもありがとう。お父様も、桜も、お母様も……あなたにとっても助けられているわ。」
「お母様……」
一瞬、正気に戻ったような。しかし優しい儚げな表情は、まだ夢幻を漂っているのが分かった。ぽろぽろと、頬に涙がつたう。
 優しいお母様がずっと幸せでいられるように、守れるように私は頑張らなきゃ。
「泣いちゃだめ、わたし!泣くなんて全然優雅じゃないんだわ。ごめんなさい、お父様…」



土曜日は、普通の女の子として皆と同じように過ごせる日。まだ弱い私にとって必要な日だ。もう少し強くなれるまで。

「凛ちゃん」
一緒にお弁当を食べるだけの変な関係のお姉さん。のんびりしてて、魔術師だったらすぐやられちゃいそう。
「今日は中華ポテトを作ってきたんだ。デザートに食べない?」
「うん」
もし魔術師相手だったら、毒が入っていないかまず怪しまなければないけれど。一般人の、この人が私に害を与える理由はない。

「美味しい…」

私がもうすこし優雅にふるまえるようになるまで。
どうか、この日々を。


<つづく>

たまにはあの人の出てこない回。
コーティングされた甘さ、あと中華だから凛ちゃんぽいという発想です。
おまけに主人公の絵を追加してみました。顔をはっきり書いたので苦手な方はスルーしてください。


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