6月なって雨の日が増えた。職場もクールビズということで制服が半袖になる。私はついに現場で物件のリフォームを手伝うことになった。そうはいっても、ベテランの先輩と二人組で、大工さんとお客さんの仲立ちをするだけだけど。
担当する物件は今どき珍しい古い日本家屋だ。ずっと長い間住まれていなかったそうで、修繕が必要そうなところがたくさんある。しかも住む場所以外に道場や土倉まである大豪邸だ。
家に住むのは男性と男の子との2人だった。半年前に住み始めたのだという。挨拶をしにいったが、家主はとても暗い雰囲気の人だった。契約書類には30歳とあって顔立ちも整っているのに、その雰囲気のせいで老けて見える。
「家主の衛宮切嗣さんですね。よろしくお願いします。」と女の先輩。
「…ああ。」
向かい合っても何も映っていない目は冷ややかで、目の前で人が死んでもこの人は平気そうな気がした。いっぽう、男の子は初対面の大人に興味津々である。
「こんにちは、士郎くん。リフォームを担当させてもらう石田です。」「名字です。」
「こんにちは!」
元気よく返してくれた。ちぐはぐな親子に私は違和感を感じた。
「はあ〜なんか家主さん、暗い人だったわね…」
「はい…」
先輩と一緒に会社へ戻る。すでに昼休憩の時間になっていた。今日は雨なので、職場のランチルームに行く。座る場所を探していると先輩が誘ってくれた。食堂のTVは情報番組をやっている。
『…先日、△△市の空き家から女児の遺体が多数見つかった件で……遺体は死後半年以上経過しており…』
お昼の時間としてはあまりに生臭いニュースだった。先輩が「物騒ねえ」と呟く。
「冬木市も半年前に子どもの失踪事件とかあったね」
「…そうですね。半年前は事件が多発してましたね。」
誰かが気を利かせたのか、ピ、と音がしてチャンネルが変わった。芸人のコメンテーターが不倫騒動をにぎやかに話している。
「ああいう事件ってさ」先輩は言った。「どういう人が犯人なんだろうね。」
その日はお昼前に雨が止んでくれた。定番となった週一回のお弁当の日だ。
「…晴れてよかったね。はい、お弁当。」
「いつもありがとうございます、名前さん。」
梅雨どきは食中毒が心配なので、火を通したものばかりだ。野菜不足になってしまうので今日は茹でたブロッコリーと玉ねぎステーキが入っている。
「この串で止めてある玉ねぎ、甘くて美味しいですね」
「うん。塩をふってオリーブオイルで焼いただけなんだけどね」
新しいメニューを入れるたびにギルくんが反応してくれるのが嬉しい。
「最近、お仕事はどうですか?」
「3日前から現場でお仕事をさせてもらってるんだ。とっても大きいお屋敷で、道場まであるんだよ。」
「すごいですねえ」
相槌をうちながら聞いてくれる。ふと、前々から気になっていたことを聞いてみた。
「ギルくんはどんなお家に住んでいるの?」
「僕ですか?」
ギルくんはちょっとだけ考えてから返事する。「洋館っぽいところですかね」
「ギルくんのイメージにぴったりだね。」
私は彼に似合いそうな大豪邸をイメージした。
ある日、他のリフォーム現場に出張したあとそのままアパートに帰ろうとした。クーグルマップの経路がたまたま衛宮邸の近くを通る。大きな日本家屋の建物は一角をすべて占めていた。
工事の進捗が気になって、すこし門から中を覗いていこうとする。
「……そこで何をしている?」
厳しい声にびっくりして振り返ると、家主の衛宮切嗣氏が立っていた。夕方で傘をさしていたため、リフォーム会社の社員だと思わなかったらしい。
「あっこんばんは!先日からお世話になっているリフォーム業者です」
「…あんたか。今日は約束がないはずだが?」
「えぇ、たまたま仕事帰りに通ったものですから…」
夕闇に立つ切嗣氏は、前回に増して冷たい雰囲気をまとっていた。普通に喋っているが、とても警戒されていることを感じる。
「仕事熱心だな。しかしあまり他人に家を覗かれるのは良い気がしないから、用がないなら帰ってくれ。」
「……失礼します。」
妙に強い言葉尻に、覗かれたくない理由でもあるのかなと思った。
その数日後、リフォーム工事の進捗状況を見るために衛宮邸に行った。今日は仕事だ。少し気まずいが仕方ない。
家主の切嗣氏は挨拶だけして席をはずし、士郎くんは工事のおじさんたちに興味津々で作業をお手伝いしている。
「士郎くん、働き者だね。」
先輩と私が声をかけると、ちょっと嬉しかったのか士郎くんは恥ずかしそうに笑う。良い子だなあ、と思いながら工事現場を確認していると、彼が話しかけてきた。
「名前お姉ちゃん達は何のお仕事をしてるの?」
「えっとね、私たちはお家のリフォームがうまく行くように、大工さんやお家の人と協力して工事に必要なものを準備する仕事だよ」
「いろいろな仕事があるんだねー」
上手に説明ができなかったけれど、目に見えない仕事があるんだと思ってくれたらしい。士郎くんは話をつづけた。
「切嗣はね、『言ってもわからないから』って何の仕事をしてるのか説明してくれないんだよ」
「キリツグ?…お父さんのこと?」
その言い方を不思議に思う。
「うん。半年ちょっと前にお父さんになったから……」
その言葉は重たい響きをもっていた。なるほど、直接の親子関係がないと言われると納得した。でも独身で男の子を引き取るなんて、衛宮切嗣という人は見た目よりずっと優しいのだと思った。
( 独り身の男性が子供を引き取るなんて珍しい。何か理由があったのかな? )
「きっと士郎くんが大人になったら話してくれるよ。」
「はやく大人になりたいなー」
ちょうど切嗣氏が帰ってきて、話を切り上げた。
住居部分の作業はほとんど終わり、リフォーム業者として依頼内容を確認する。
「住居部分はほぼ終わりましたから、あとは道場の床板の修繕ですね。他の建物はいいですか?」
あらためて衛宮邸を見渡すと大きな土倉が目に入る。私の視線に気づいたのか、切嗣氏は視線を遮った。「あそこの土倉は大丈夫です。昔ながらの作りでしっかりしていますから。」
その日の夜、お風呂から出てきた私は髪を拭きながらTVをみていた。ニュースはまた隣の市で児童殺害事件を伝えている。悲惨なニュースだが遠い画面の出来事に感じてしまい、死後半年以上たった遺体が発見されたという報道を右から左に聞いていた。
半年前、か…。冬木でも子どもの失踪事件が多発した頃だ。いまだに見つかっていない子もいる。もしかするとニュースの被害者もその一人なのかもしれない。
ふと半年前にあの家に越してきたという切嗣氏のことが思い出された。どうしてあのタイミングで冬木に家を買ったのだろう。独身ならあれだけ大きい必要もないし、士郎くんをわざわざ引き取った理由は? 先入観かもしれないが、親切心だけで子どもを引き取るとは想像し難い。
先輩の言葉が蘇る。
『ああいう事件ってさ、どういう人が犯人なんだろうね。』
数日後、衛宮邸でまた仕事があった。いつも一緒だった先輩は別の物件でトラブルがあったらしく、今日は私だけである。現場に行くとまた切嗣氏は留守にしていて、士郎くんは広い庭でひとりリフティングの練習をしていた。
今なら誰も気にしていない。
私は好奇心から、ちょっと土倉を覗いてみたいと思った。
土倉は鍵がかかっていなかった。重い扉をすこし開けて(堂々と開けるのは後ろめたかった)中に入る。真っ暗なので、入り口は少し開いたまま。
中はとてもひんやりしていた。ストーブなど季節の生活用品は置いてあったが、物自体少ない。すると真ん中のテーブルに鍵がついたトランクがあった。よく映画などで見るアタッシュケースというやつだ。映画やドラマで、犯人はこういうものに銃を入れていたりする。
「まさか、ね…」
足元に、カランと転がった物があった。小さな金属製の部品。拾ってみると……これは、“弾(たま)”というやつではないだろうか。一般家庭の床に転がっているものではない。こんなところに、なぜ?
呆然としていると、土倉の入り口に気配がした。
「だれかいるのか?」光を背負った真っ暗な男性のシルエット。「そこで何をしている…!!」
「もう一度言うぞ。そこでなにをしている?」
切嗣氏は私が逃げられないように土倉の入り口を閉め、もう一度問うた。私は必死で謝る。
「すいません…!何が入っているのか気になっただけなんです…!」
「しらばっくれるのはよせ。前も家の中を伺っていたな。何者だ?」
顔の前で手を合わせて必死に謝ったが、彼は素早い動きで私の背後にまわり、片腕をつかんでねじり上げる。「痛っ…!!」
「反応からすると素人みたいだな。調べさせてもらうぞ」
切嗣氏は私を片手でねじりあげたまま、私のバッグを机にあける。ふつうの一般人がする動作ではない。すると、ギルくんから貰ったキーホルダーを彼は手に取る。
「これは強力な魔力を帯びている。ただの一般人ではないようだ。」
彼は冷たい目で私を睨み、腕を掴む力を強めた。
「以前であれば迷わず始末したが…な…!」
(まずい。殺される…かも…)
感じたことのない悪寒にぶるぶると足まで震えた。彼の手が首に伸び、ぐっと顔を上げさせられる。「っ…!」
「目的を吐け!」
血が引いて頭がくらくらとする。とっさにあの夜のこと、金髪の男性のことが一瞬頭に浮かぶ。
(だれか助けて!!)
ギルガメッシュの頭の中で警戒音が聞こえた。どうやらあの女性に何かあったようだ。瞬時に場所を特定したが、すぐに顔をしかめる。
よりにもよって、何故ここで。
無視しようと思ったが、すでに一度助けている。また自分に仕えているものを放置するのも王として名が廃ると思った。魔力を使って一瞬でその邸宅に移動する。
でも、姿は子どものまま。昼間で人に見られる可能性があり、相手が相手だったからだ。
(さて…どうやって止めさせるかだな)
魔術結界のはりめぐらされた魔城のような敵の本拠地に、ギルガメッシュは単身で入っていった。
<つづく>
ギルにとって主人公=食事を持ってくる人的な感じです。
今のところ。