第七話

 夏。トーキョーを熱気がすっぽり包んだ。太陽はじりじりと降り注いでくる。暑い中でも名前は現場で必要な小道具をバッグいっぱいに詰めて走り回っていた。ようやく仕事が板についてきて、先輩たちと同じ現場の空気を吸えている気がする。

『つづいての登場は、三週連続オリコンチャートランクイン――』

昼休みに食堂で冷麺を食べて涼を感じる。四角い画面にアイドル・グループが映る。歓声を受けながら歌う彼らには、さわやかな風が吹いているようだ。
アヴァロン・ノヴァは密着番組のおかげで結成時から熱烈なファンを獲得し、夏のイベントにも引っ張りだこだった。省略してノヴァロンと呼ぶ人もいるらしい。音楽以外にもバラエティ番組に出演し、ちゃっかり特技なんかを披露している(この前ガウェインが料理番組に出ていた)。

さて、つかの間の休息をとっていた名前の携帯に見慣れない番号が表示された。
電話の相手は、他番組のディレクターだった。

『君が名前さんかな?
 急なんだけど、お願いがあって――…』



こんなところに……!?



ローカルな1車両の列車が停車する。
駅を降りるとそこは一面の田んぼだった。四方は山に囲まれ、セミの鳴き声が絶えずしている。青草が風にそよぎ、昔話に出てきそうな風景だった。
「ええっと、ここが私の実家がある〇〇村です。」
名前は恥ずかしそうに一緒に来たメンバーに言った。事前に何もない田舎だとは話しておいたし、クーグルマップで建物が無いことを見てもらっていた。
「まさか、まだこんな田舎が残ってたんだな」
とディレクター。
「はい。駅のまわりはお店もありますけど、村の人にインタビューをしたかったら車で回るしかないです。場所によっては電波も入りません。」
山からの風が気持ちよく流れてくる。
「ええと…名前ちゃんのご実家は…」
駅から見える家は3つほどあった。
「ここから1時間ぐらいですね。」
「徒歩で?」
「いいえ、車です。」

彼らの背後で、1日1本だけの列車が出発していった。


「うわー、ほんとにド田舎だな!」
モードレッドが叫んだ。「スゲェ、テレビ番組みたいだ!」

それは『こんなところに一軒家』の企画で名前の村が選ばれたことに始まる。クーグルアースで秘境に一軒しかない家を取材する企画だ。その番組ゲストに呼ばれたモードレッドが、「ぴったりの人材がいる」と彼女の名前を挙げた。
名前にとっては一足早いお盆の里帰りとなった。

「…モードレッド、がっかりしてない?」
「逆に新鮮だよ。トーキョーは高層ビルばっかりだからな。」

彼は何時間も移動させられたのに上機嫌だった。駅に住み着いている猫を見つけて、はしゃいでいる。前に会ったときよりずっと柔らかくなっていた。
事前に手配していたワゴン車に乗って、村人たちにインタビューして回る。
名前は心配していたが、モードレッドはびっくりするほどきれいな言葉遣いで愛想よく話した。そのおかげで、“トーキョーから来た人”に警戒していた村人も、インタビューの後「ちょっと待てて」と家に消え、ミカンやら猪の肉やらを持ってきた。
(ちなみに名前が後ろから顔を出して「おばちゃんいいよ」と遠慮すると倍増するので隠れていた方がいい)

十数人しかいないので日暮れまでにほぼ全員の村人と話し、目標だった一軒家も撮影を終えた。民宿に行くためワゴン車で駅に戻ることになった。
名前は車から降りる。

「名前は民宿に行かないのか?」とモードレッド。
「うん、実家に帰ろうかなって。」
「じゃあ、オレも!」すばやく自分のバッグをつかんで車から降りる。「民泊より楽しそうだからな!」

相変わらず自分勝手な行動に、名前は戸惑って彼のマネージャーを見る。獅子劫は「やれやれ」とジェスチャーした。嫌だったら断ってもいいのだろう。
でも名前は楽しそうなモードレッドを見ると断りづらくて、「いいよ」と頷いた。



車から降り、徒歩で山道に入る。家までは歩いて登るしかない。都会育ちのモードレッドにはきつい斜面だ。
「なあ、ここからどのぐらいかかるんだ?」
「あと20分ぐらい登れば着くよ」
早々にモードレッドが文句を言い始めるのではないかと名前は心配した。
しかし彼は辛抱強く登ってくる。
「こんなところにわざわざ住むお前の父ちゃんってどんなヤツだ?」
森には大きな木や岩がごろごろしていた。ちょっとしたアスレチックより大変だ。名前は「どんなヤツって…」と苦笑しながら答えた。

「お父さんは、昔は都会に住んでたらしいの。でも人付き合いがわずらわしくて引っ越してきたって言ってた。すごく人見知りだから、覚悟しててね」
「ふーん、お前もちょっと変わってるもんな」とモードレッド。
「じゃあ、モードレッドの親はどんな人なの?」
何の気なしに聞いた質問だったが、ピタリと彼は足を止めた。
数秒だまり、そして言った。
「父親はいない。母親とも気が合わないからしばらく会ってない。」
「あっ…ごめん…」
名前はまずいことを言ったと思った。沈黙が流れる。
とまどう名前を見て、モードレッドはため息をついた。「なんだよ。いまどき珍しくないだろ。」
「でも、モードレッドってまだ未成年でしょ。」
「お前より大人だと思うぞ」
モードレッドは再び山道を登り始める。
「…まあ、そんな家庭で育ったから、親なんて居なくても気にしてないんだ。母親と暮らしてても話さなかったし。
でも子供のころ……アヴァロンと出会って、あんなカッコいい大人になりたいと思ったんだ。オレは自分のやりたいことをやり続けてきた。誰からも可哀想なんて思われたくない。」

それは揺るぎない彼の素直な気持ちの吐露だった。久しぶりに会う彼は、以前よりずっと自分に向き合っている。とてもステキだと思った。
モードレッドは気恥ずかしくなったのか、名前に話題を振る。

「お前だって、やりたかったテレビの仕事をやってるわけだろ。
どうだ、夢を叶えてみて。」
「うーん…」一言では言えず名前は困った。
「…大変だけど楽しいかな。モードレッドは?」
「オレは……」

彼は何かを言おうとした。そのとき、暗くなった空から大粒の水滴が落ちてきた。
山の天候は変わりやすい。話を一旦中断して、「先を急ごう!」と叫び、小走りになった。




しばらくして、木の間に名前の実家が見えてきた。ガサガサと葉っぱを踏みつける物音に気づいたのか、父親が急いで出てくる。

「名前、おかえり!雨が降ったけど大丈夫か!?」
そして、後ろからついてくるモードレッドに気づいて怪訝な顔をした。「だ、誰だ…?」
「ただいま、お父さん。雨がまた降ってくるといけないからまず家に入っていい?」

名前は事前に連絡できなかったので父親の反応を伺う。
雨は一瞬で通り過ぎたが、服はぐっしょりと濡れてしまった。人見知りの父もさすがにびしょ濡れのモードレッドを拒むわけにいかず、「どうぞ」とぼそりと言った。だが、すぐさま上着のフードを(いつもフード付きの服を好んでいる)かぶり、それから家に入れた。


「こちらはモードレッドさん。今日の収録で一緒に仕事した芸能人なの。」
「どうも。名前さんにはお世話になっています。」
モードレッドはきちんと挨拶した。よけいに父の眉間にシワが入る。
「それは、どうも……。
とりあえず風呂に入ってもらいなさい。名前、案内してあげてくれ」
「う、うん。」

不機嫌そうな父を見て、まさか泊めてくれないんじゃないかと心配になる。ひとまずお風呂まで案内し、父の誤解を解こう。
一通りお湯の出し方やボディソープなどの説明をして、「じゃあ先に入ってね」と名前は脱衣所から出て行こうとした。


「待てよ」モードレッドがふいに名前の手を握った。
「お前も冷えてんじゃないか。一緒に入ろうぜ。」
「えっ…?」
名前はびっくりして立ち止まった。「ええっあの…」
「いいだろ。ほら、脱げよ。」
そう言って、名前の上着に手をかけ――…。



絹を裂くような娘の悲鳴を聞いて、着替えを用意していた父は飛び上がった。急いで風呂に向かう。
「ちょ、ちょっと!モードレッド!」
「いちいち騒ぐな。こっちのほうが早いだろ。」
父は緊急時だから迷わずドアを開けた。

「お、」
「あっ」

ドアを開けると……成人済みの娘と出会ったばかりの芸能人が下着姿でいた。「君たちは…何をしているのかね?」

「その言葉……。オッサンにそのまま返す!!」
モードレッドは下着姿のまま名前の父を殴り、乱暴にドアを閉めた。





名前は目を白黒とさせていた。モードレッドは蛇口をひねって浴槽に湯を溜めはじめる。背中をまじまじと見つめた。

(…彼ではなく、彼女だったのか…。)

「なんだよ…お前、オレが男だと思ってたのか?」
いろんな意味で追いつかない脳内を、必死に整理して落ち着こうとした。
「うん…全然気づかなかった」
「マジか。言っておくけど、ガレスも女だぞ。」
「えぇえ……。」

一緒に浴槽につかり、体が徐々に温まってきた。少し前まで二人でいるとドキドキしてしまっていた自分が恥ずかしい。
するとモードレッドが、正当防衛(?)で名前の父を殴ってしまったのを謝る。

「いいよ、こっちこそお父さんがごめんね。」
「でもさ、フード無しでお前の父ちゃんの顔見たけどけっこう整ってたな。」
モードレッドが人を褒めるのはめずらしい。
「う〜ん…でもただの山暮らしのオジサンだよ。髭も生えて服もだらしないし。」
「いや、若い頃はだいぶモテたんじゃねえの。女関係のトラブルで山に逃げてきたとか?」
「まさか!」

名前は彼女の冗談に笑った。




風呂から上がると、父が食事を用意してくれていた。モードレッドに殴られた所が少し赤くなっている。でもさっきの事を申し訳なく思っているのか、急に客を連れてきた娘に小言ひとつ言わず3人分の器を用意してくれていた(フードはきちんと被り直している)。
モードレッドは初めてという山菜の天ぷらや川魚の塩焼きに目を輝かせ、残さず美味しそうに食べた。名前は家で父以外と食事をしたことがなかったので、にぎやかな食卓に嬉しくなる。


彼女には自分の部屋で休んでいてもらい、食器の片付けを手伝った。
部屋に入ると、モードレッドは古いテレビ雑誌を熱心に読んでいた。

「名前…」顔を上げた彼女はこれまでにないぐらい笑顔だった。「お前、最高だな。」

その手には、名前が大事にとっておいたテレビ雑誌がある。
普通に見たらただの古い雑誌。でも、その場にいた2人にとっては、まさに宝物だった。好きなものが被ったとき、そこに年齢も立場もない。

「徹夜で話そうぜ!」
「うん…!」


灯りは一晩中ついていた。

こんなに楽しい夜は初めてだった。



<続く>


夢をどう叶えていくのか。理想と現実の違いをどう埋めていくのか。夢を叶えた後どうしていくのか。これが、この作品の裏テーマでもあります。

モーさんと友達になるってかなりハードル高そうな気がします笑。
学校を出て社会人になると、なかなか純粋な友達を作ることはないかもしれません。でも、自分とまったく境遇の違う人や性格の違う人と働いて、びっくりするような共通点を見つけたり、新たな自分を見つけることがあったりします。



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