第三話


お手並み拝見といきましょう!


バラエティに配属された新人は4人だった。そのうちの一人がミス帝京で、他のメンバーもそれぞれ活躍できそうな特技を持っている。地味な名前は逆に目立っていた。
バラエティ部門の先輩ディレクターが気さくに話しかけてきた。
「おっ、今年も粒揃いだね。期待してるよ!」
その言葉に名前も気持ちを引き締める。すると新人の一人が「一人は場違いだけどね…」と囁く。誰に向かって言ったか考えるまでもない。カッと顔を赤らめていると、ミス帝京の子が言った。
「そういうのやめましょ。仕事で誰かがミスしたら、みんなでフォローし合わないといけないんだから。お互いベストを尽くしましょう」
堂々として揺るがない声だった。言った子が黙りこむ。それ以上は何も言わなくなった。

名前はあとでお礼を言いにいった。
しかし、彼女は
「…言っておくけど、貴方のためじゃないわ。あなた達が足を引っ張りあってると、私まで誤解されるでしょ? 私は目標のために、自分の実力を認めて貰いたいの。」
あくまでも自分のためだ、と目も合わせようとしない。馴れ合いたくないと言うかのように。
「そ、そうなんだ…目標があるのは一緒だね。」反応に困った名前は同意した。
「一緒?」彼女は冷たく笑う。
「ありえないような初歩的なミスばっかりする人と一緒にされてもね…。
 貴方が一番どんくさそうだから、私の足を引っ張らないでね。」



配属された初日から分かれて番組作成に携わることになった。
2人ずつ配置されて、なんと名前はミス帝京と一緒だった。名前が落ち込むよりも早く、彼女が鋭い目線を送ってきた。ヒヤリと背中に寒いものが走って、急いで仕事に参加する準備をした。


「今回2人に手伝って貰うのはトーク番組だ。編集とか細かい作業にいきなり入るんじゃなくて、全体を見渡すために収録現場と控え室の連絡係をしてもらう。芸能人にも会えるし、いかにもテレビっぽい仕事だろう?」
進行表や配置図を渡されて、マーカーペンで大事なところを塗るなどして確認していく。その他、現場の組み立てなど色々な仕事を説明してもらい、あっという間に収録が近づく。
 先輩ADと一緒に収録の時間などを伝えにいくと、想像と違って出演者の芸能人はみんな愛想が良かった。
「番組を作ってる人たちに嫌われたら仕事が来なくなるからね。スタッフに横柄な芸能人とかめったにないよ。」
先輩ADが緊張する新人を微笑ましそうに見る。名前はとにかくミスがないように丁寧に対応した。

すると、収録開始直前になって現場がざわつきはじめた。
「出演者の一人が控え室にいないだって――?」
インカム(無線機)から聞こえた声。「一度来たのにどこかへ行ってしまったらしい。マネージャーも探しているらしいんだけど、見つからないって」
誰もが時計と睨めっこしながら焦っていた。
指導役の先輩ADは新人たちをサッと見た。「俺はここから離れられないから、君たち探しに行ってくれ。あの子…よくあるんだよ。遠くには行ってないと思うから。」
「誰なんですか?」ミス帝京が聞く。
「エリザベート・バートリー。通称、“エリちゃん”だ。
ちょっと前にブレイクしたんだが、一時期に出過ぎちゃって、そこから人気がね…。気難しいってスタッフも手を焼いてるんだ。マネージャーも何回か変わってるし。」



2人で急いでエレベーターに乗り、一階からしらみつぶしにフロアを見廻っていく。するとあっさり本人を見つけた。自動販売機のある小さなカフェテリアのような場所で、マネージャーらしき男性が美少女を必死になだめている。
名前たちが近づくと、男性がホッとした顔つきになった。
「桜テレビのスタッフさんですよね。本人を見つけたはいいけど、携帯を置いてきちゃってて現場に連絡できなくて困ってたんです。申し訳ないですが伝えて貰えませんか?」
「私が行きます。」
スッとミス帝京が動く。「…貴方はそこにいて。先輩からの指示は連絡するから。」
そつのない動きで走っていく。


名前は彼らに向き直った。どうするべきか、2人の様子を見て行動しようとする。
「ほら、エリちゃん…テレビ局の人に迷惑かけちゃうから戻ろうよ。」
マネージャーの男性はまだ若く、同い年ぐらいに見えた。そっぽを向く美少女に一生懸命話しかけている。「何か嫌なことがあったのかもしれないけど、もう番組に呼ばれなくなっちゃうよ」
「だったらそれでいいわ!」
可愛い見た目とは違って、気の強そうな言葉が返ってくる。
「だって…!ポッと出のアイドルの子に言われたのよ。『何度も出てきて恥ずかしくないんですか?』って!また!!」
 悔しそうに彼女は叫んだ。
「そんなこと言われるぐらいなら……もう出ないでいいじゃない!」

目を白黒させている名前に、男性が振り向いて「ごめんなさい」と謝る。
「…気が強いキャラで通してるんですけど、本当は気にしやすい子なんです。
ずいぶんからかわれたらしくて、この言葉は特別苦手みたいで。」
見るからに新米らしい名前にも男性は丁寧に謝った。よくあることなのか、謝りなれている感じがする。
「でも、せっかく掴んだチャンスだから、絶対説得させてみます。スタッフさんは戻っても大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます。じゃあ現場から指示が来るまで私もいますね。」

名前は美少女に向き合った。
エリザベート・バートリー。通称、“エリちゃん”。数年前に可愛いルックスと裏腹な毒舌キャラで人気を博した。前はドラマにもひっぱりだこで、同じ時間に違うチャンネルで「ランサーのエリちゃん」「キャスターのエリちゃん」「セイバーのエリちゃん」「メカの…」など、彼女を見ない日は無かった。だがそのせいで飽和してしまったのか、少しずつ彼女にアンチ派が増えていった。
 そして、自称芸能通という人々が「スタッフに対する態度が横柄」だとか「気に入らないとすぐ怒鳴る」「水をかけられた人もいる」とか面白がってアンチネタを呟いた。

…たしかに目の前の美少女は「自分勝手で気まま」のように見える。マネージャーの男性が説得を続けているが、彼女は怒りをぶつけ返すだけだ。
ミス帝京から連絡が入る。

「あの…もうバートリーさんの出演は良いそうです。」
名前は言いにくそうに2人を見た。「もう帰ってもらって良いと…」

それを聞いた“エリちゃん”は、意外にもシュンとしたように見えた。すると、また意外なことにマネージャーが声を上げた。「だめだ、行かなきゃ!」
「…アンタ、しつこいわよ。」
エリちゃんが強い口調で言う。「私は嫌って言ったら嫌なの。いいじゃない、あなたは上司に報告したら。もっと良いアイドルとか担当させて貰えるわよ。粘らなくてもいいの」
 そこには、ただ勢いで言っているだけではない、諦めのようなものが混じっていた。
名前は思わず割り込んだ。
「あのう…差し出がましいことですが」エリちゃんが不機嫌そうに名前を見た。
「バートリーさん、もう一度現場に行きませんか?マネージャーさんもそこまで言ってくれてるじゃないですか。貴方は掛けられた言葉が嫌なだけで、番組には出たかったんですよね。」
ぐっとエリちゃんは息を呑み、怒りをあらわにした。
「…なによ、分かったように。あんたも、マネージャーも、私が戻ってぶざまに叩かれるところを見たいの?
 さっきのアイドルもそう、『何度も出てきて恥ずかしくないんですか?』って。影で悪口叩かれてるのに、必死にアイドル気取ってるって…。そういう姿を観るのが面白いだけなんでしょう…」

名前の頭に先輩の言葉が蘇った。
『気難しい子』『マネージャーが何度も変わる子』。
でも、目の前の少女は『気難しい』のではなく必死で傷を隠そうとしているだけに見えた。
そしてマネージャーはどんな我が儘を言われても諦めずに、彼女を本気で理解し向き合おうとしていた。

「…たぶん、違います、それ。」
感情が高まりながら必死で言った。
「そんな貴方を観てもちっとも楽しくないです。少なくとも、マネージャーさんと私は。
 むしろテレビの向こうの人は、“エリちゃん”が噂通りなのか、そうじゃないのか期待しているんです。
 それなのにこのまま引き下がって良いんですか?」

――つう、と、彼女の頬に涙が伝うのを見た。手で拭おうとした彼女に、マネージャーがハンカチを差し出した。

「こすらないで、赤くなるから。アイドルだろう?」


力が抜けたみたいな“エリちゃん”が、おとなしく手を引かれてエレベーターに乗る。
扉が閉まると、ランプがスタジオの階まで登っていく。

『さあ、今日のゲストは…“エリちゃん”こと、エリザベート・バートリーさんです!』
『みんな、最近テレビで見てないからって忘れたら容赦しないわよ!ロッキュー!』

収録の確認画面をみながら、ディレクターが名前たちを褒めた。
「新人やるじゃん!時間ギリだったけど連れ戻したし、エリちゃん調子良いよ!」

褒められて赤くなった名前に対し、ミス帝京は静かに「ありがとうございます」とお礼を言った。



……本当は帰りたくなかった。自分が我が儘を言ってるって分かってた。
でも誤解されてるなら、トコトン迷惑かけてやるって、意地になって…。

収録後。
エリザベートは、現場のすみでずっと見守っていたマネージャーに近寄った。

「――あのう、今更だけど。すぐ変わると思って、ちゃんと名前聞いてなかったから…」
あれだけ滅茶苦茶に感情をぶつけたのに、何を今さらと思うだろう。暗い表情をした彼女に、彼はにこやかに微笑んだ。
「…僕は藤丸立香だよ。呼びやすい名前で呼んでね。」
「へ、へえ。子ブタみたいな名前ね。アナタが私のマネージャーなんだ。」

素直になれない私を、これからも彼は笑って受け止めてくれるだろうか。

「ヨロシク…大事に育ててね!」



<次話に続く>


『無辜(むこ)の怪物』
…本人の意思とは関係なく、風評によって真相をねじ曲げられ、能力、姿が変貌している。

エリザベートをあまり使ったことがなかったので、調べながら書きました。私はメカエリちゃんしか持ってないですが…!
書いてみると可愛らしくて動かしやすいキャラでした。小説書くと好きになるキャラ結構います。



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