ハイゾクと宣戦布告?
『新人は今日配属される番組ジャンルを決めます』
勤務して1週間。ようやく迷わずに会社に行けるようになった頃、職場の連絡ボードにあった貼り紙を見て名前は不安な気持ちになった。
どうやって決めるんだろう?と考えながら自分のデスクに着くと、さっそく隣に座っている同じ新人ADが話しかけてきた。
「今日の配属決め、気になるよね」
「…うん。どうやって決めるんだろう。」
近くにいた先輩たちは聞こえないふりをして仕事を続けている。
「自分の行きたいジャンルを堂々とアピールしたほうがいいのかな。希望が偏りそうだよね。」
うんうん、と激しくうなずいた。
「性格とか振る舞いで決められるとしたら…名前ちゃんって自然ロケとかやってそー。」
「ええっ…そんなに田舎っぽい…」
「いや、ふつうに植物とか詳しいからさ」
話が広がりつつあると、談笑を聞きつけたのか先輩ADのムニエルがやってきた。
「そこ!話す暇があるんだったら今日の連絡確認しとけよ。
名前、フリップの駅名読み間違えてたぞ。『御徒町』…“おってまち”じゃなくて、“おかちまち”だよ。東京の地名ぐらい覚えてこい!」
「は、はい!」
クスクスと笑い声が聞こえた。当たり前の知識も時間の速度も名前にとっては不慣れで、もはや天然な子として印象がついてしまっていた。
「面接…ですか。」
正午。新人が集められ、配属決めについて説明された。テレビ局なのにわりと普通の方法を提示されて、新人たちは逆にキョトンとしていた。
「なんだい?僕たちじゃ不満?」
数週間にわたって指導をしてくれた顔なじみの先輩ADが面接の部屋から顔を出す。新人たちは急いで否定した。
面接が行われるのは、何の変哲もない控室である。
「じゃあ、配られた番号順に呼ぶからね。一番は――…」
「これって悪趣味じゃない、ロマニ?」
控室のとなり。実は先輩ADたちの後ろの鏡がマジックミラーになっていて、“本当の”面接官たちがその様子を観察していた。
「いや、いいと思うよ。僕たちが出てきたら緊張して、表向きの答えしか言えなくなってしまうじゃないか。」
「うーん、私としては“世紀の大発想!”っていう感じで華々しくアイデアをドーンと披露してもらったほうが…」
「それはダメ。君はアイデアを遠慮なくこき下ろすだろ。再起不能になって辞めた子だっているんだから」
ロマニと呼ばれた男性がやれやれと注意した。
「で、ある程度優秀そうな子は目をつけてるんだろう。
特にバラエティ部門――あのプロジェクトがもう始動しているんだしね…」
あのプロジェクト、という言葉で、ロマニは深く頷いた。
「そう。これは社運を背負ったプロジェクトだ。単純に仕事が出来るだけじゃなく、口が固くて信用がおけて、なおかつ予測外のことにも対応できる優秀な子が欲しい。」
「それを君が言うのも面白いねえ。」
試験は淡々と進んだ。聞かれる内容は、働いてみてどうか、困っていることはないかヒアリングのようなものだったからだ。むしろ新人たちは自己アピールが足りないのではないかと焦り、ちょっとした質問にも固まったり、大仰に答えてしまったりする。
「冷静に、正しく答えられているのは数人か…。今年の新人は育てがいがあるね。」
マジックミラーの向こうで面接官の一人が愚痴った。
「今のところ優秀だったのは?」
「ええと、3番のミス帝京だったっていう子。看板だけじゃなくて気が利くし、発想のセンスもいい。番組のことをよく勉強してる。」
「じゃあその子は優先で――…」
そのとき、音を立てないようにと扉がこっそり開いた。空いていた席に申し訳なさそうに座った男性に、「マーリン!」とロマニが声を荒げた。
「今日は絶対遅れないでって言ったじゃないか!君の部下になる子がいるかもしれないんだよ?」
「ごめんよ、春はいつも充電不足って感じでさ。
私はどんな子でもいいよ。でもできるなら、普通の子を混ぜて欲しいな。」
「普通の子ねえ……」
名前の番は真ん中だった。面接の定石として、最も印象に残りづらく試験官も次の時間を気にしている。気合を入れて臨むつもりだったが、面接官のムニエルが極度に疲れているのを見て(それは後ろに本物がいるから)、気持ちよくスムーズに答えることにした。
本番で急に特別なことが出来るなんて期待しないほうがいい。慌ててミスをしないようにゆったりと行こう。そう心がけて話した。
「やあ、名前。仕事はどう?困ってることがあったら言ってね。」
「はい、ムニエルさん。朝はすみませんでした――…。」
「この、名前っていう子。普通のことしか言わないけど、妙に落ち着いて聞いていられるよね。」
「うん、面接だってことを忘れちゃうような」
「だいぶおっちょこちょいみたいだけどね。」
この子どう?と振り返ってマーリンに訊こうとすると、彼は珍しくじっと正面の女の子を見ていた。
「名前…か。なんか引っかかるんだよね…」
そうは言いながらも「うん、良いんじゃない?」と生ぬるい返事をする。
午後4時。各番組ごとに3〜5人ずつ配属が発表された。新人たちは固唾を飲んで待っていたが、自分のジャンルが発表されても大っぴらに感情を表すのは失礼かもしれないと思って「ああ…なるほど…」と静かな反応をする。語尾の上がり下がりで本音を判断するしかない。
バラエティ部門は希望者が多く、特に目立っていたミス帝京の子が入っていて「やはり」と何人かがため息を漏らした。
でも、もう一人。新人たちの中で地味な部類に入る彼女の名前が入っていて、「どうしてあの子が?」と違う意味で目線が集まっていた。
名前は大勢の人と同じようにバラエティを第一希望に出していたが、面接で手応えがあったわけではなかったので、周りの雰囲気に戸惑っている。
「あなた、名前さん?」
ミス帝京の女子が、カツカツとハイヒールの音を鳴らして近づいてきた。「…よろしく。同じバラエティ配属よ。一緒に頑張りましょうね。」
外国ドラマみたいに手が差し出される。緊張しながら名前は綺麗な手を握った。
にぎった手は、サッと離された。
<お手並み拝見といきましょう!>
帝京=帝立トーキョー大学の略です。音が良いから選んだだけなので、同名大学とは一切関係がありません。
ミス帝京のお嬢さんは今後も何回か出てくるのですが、人物設定はしていません。自由にこのサーヴァントっぽいと当てはめていただければ。
このキャラじゃないと話があわないな〜という人物だけ、特定のキャラを当てはめています。