第一話

わたし、今日から働きます!


「うわー!」
天にも届きそうな高層ビルの樹海に少女は目を輝かせた。
「これが、トーキョー…!」
スクランブル交差点の雑踏、高層ビル、広い道路。トーキョーは初めて見るものばかりだった。


名前は山に囲まれた小さな村で育った。村といっても10軒だけでお隣はだいぶ遠い。
基本的に野菜やお肉は交換して手に入れ、近くのお店まで車で30分以上かかる。見られるテレビはNHKと民放2局だけ。山を降りないと携帯の電波が入らない。
満員電車や渋滞という言葉には憧れすら感じる。
そんなド田舎からやってきた名前には夢があった。

「お父さん、わたしこういうの作る仕事がしたい!」

13歳のとき。山を降りた図書館で古いテレビ雑誌を見た名前は心を鷲掴みにされた。雑誌の紙面に切り取られた、華やかな男女。面白くてドラマチックな舞台。田舎の生活からは想像のつかない世界だった。

過保護な父はむろん反対した。母のいない、父と娘の小さな家庭。父は超がつくほどの人嫌いで山奥に住み、数人しかいない村民とも目を合わせないほど病的な人見知り。
父を説得するのに数年かかった。彼はこわーい都市伝説を娘に話した。それでも少女の胸に宿った憧れを冷ますことはできなかった。
 やがて家から通うことを条件に片道3時間の国公立大学に通い、3年生になると夜行バスで東京のテレビ局の面接試験を受けに行った。
 厳しい採用試験を何次も突破して念願の内定を貰ったときは、号泣しながらテレビ雑誌を抱きしめた…!


そんな彼女が、これから暮らす大都市トーキョー。おもちゃ箱をぶわっと広げたように、色とりどりの広告塔と車の往来、オシャレな男女が行き交っている。
今日は同じ村出身のお姉さんに付き添ってもらい、初めて渋谷のスクランブル交差点に来た。ニュース番組の挿絵でしか見たことがないX字の往来、実在した109。忠犬ハチ公って茶色い銅像なんだ。
 気を取られるものが多すぎて、モタモタと歩いていると前からやってきたスーツの綺麗な女性に舌打ちされた。人の歩みが早すぎる。

「ねえ、大丈夫?」付き添いのお姉さんにも心配されるほど。
「名前ちゃん、来週から働くんだよね…あの、桜テレビで。」

桜テレビ。それは日本の民放キー局のひとつである。多くの人気番組を冠する、その桜テレビ局に。
「うん、ADになるんだ!」
名前は番組制作にたずさわる。期待と夢で胸がふくらむばかりだった。

※AD…アシスタントディレクター(番組作成のために様々な仕事を行う)



初出勤の日、名前は動きにくいリクルートスーツとハイヒール、緊張で顔を青ざめたり赤めたりしながら新入社員の群れの中にいた。
「ここにいる皆さんはテレビ番組に欠かせない制作スタッフとして働く仲間です。厳しい仕事ですが、力を合わせて頑張りましょう!」

先輩ADが挨拶をした。
そのあと満開の桜の下で歓迎会が開かれ、同期の新米ADたちが夢を語り合った。

「ねえ、やってみたい番組とか働いてみたいプロデューサーさんっている?」
「うん。みんな好きで就職したんだから」
「やっぱりそうだよね」

お互い好きな番組について話題がどんどんはずむ。
新人ADは、一定の研修を終えると、それぞれ健康やグルメ、バラエティなど、ジャンルごとに番組作成をするという。番組作成には一番上のCP(チーフプロデューサー)から下っ端のADまで大勢のスタッフがいて、仕事内容も多岐にわたる。
明日からその一員に加わるのだ。美しい桜とお酒で、新人達の興奮は最高潮に達していた。

「こんにちは。君たち、今年の新人さんたちかな?」

遅れて現れた一人のプロデューサーに視線が集まる。
桜の花びらが散るなかで、ほんのり温かな空気に包まれた美しい男性。
黄色い歓声が上がった。
テレビ雑誌で静止していたあの人は、想像より遥かにまぶしかった。



かつて、伝説的なアイドルグループがあった。
魅力的なルックスと高い音楽センスで老若男女問わず絶大な人気を博し、お茶の間から国際的イベントまで幅広く活躍した。
グループ名はアヴァロン。アーサー、ランスロット、トリスタン、ベティヴィエール、マーリンの5人はアイドル業界に旋風を起こした。しかし突然解散を発表し、メンバーは散り散りになってしまった。
 そのうちの数人は現在もテレビ業界で活躍している。

名前の読んだ昔のテレビ雑誌に載っていたのが彼らであり、まさに夢のきっかけになった人々。そのうちの1人が、桜テレビでプロデューサーになったのを知っていた。
「すごい…!昔見たテレビのままだ…!」
新人ADたちは興奮気味にささやいていた。

いくぶんか青年時代からは落ち着いたように見える。ダンディな風貌が加わった男性が、硬くなった新人たちに笑いかける。

「よろしくね、プロデューサーのマーリンです。」


憧れの人が目の前にいる。名前は夢の中にいるようで、ぼうっと見惚れるばかりだった。



<続く>



アヴァロンとか、人名がカタカナなことも突っ込まないでください。東京じゃなくてトーキョーにしてみました。
突っ込みどころ満載ですが、このキャラを見てみたい!とリクエスト貰えたりすると嬉しいです。




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