カラン、と喫茶店の玄関の鐘が鳴る。
「いらっしゃいませ。すみません、今は休憩で……。」
そう言いかけたべティヴィエールは、あれから一度も現れなかった人物が入って来て驚いた。
「ランスロット…!」
「急にきて申し訳ない。でもお願いがあるんだ。みんなに連絡をとって、集まってもらうことはできるかい?」
それでも仕事は続く
それから、3時間後。
4人の男性が神妙な面持ちでテーブルをかこんでいた。喫茶店は臨時休業となっていて、店内にいるのは彼らだけだった。
「アーサーは仕事で遅れてくる」とマーリン。
「それで、きみが急に私たちを呼び出したのはどうしてなんだい?あのときは何の説明もなく消えたのに。」
トリスタンも険しい表情で言った。「…いまさら謝りに来たんですか?時間が経ったから許してもらえると思っているなら虫が良すぎます。」
「まあ、まずは彼の話を聞きましょう。」
べティヴィエールが収めた。
針のむしろになった男……ランスロットは重苦しい表情で話し出した。
それでも、これが最後になると思って、ためらわず正直な気持ちをすべて吐き出した。
残りの3人は、黙って聞いていた。
「アーサーには…本当に申し訳ないと思っている。謝っても謝りきれないぐらいだ。」
「そう言いながらも、謝りに来たのはどんな気持ちの変化ですか?」
トリスタンが口を挟む。急に現れて謝罪するランスロットに納得がいかないようだった。彼は目を背けずに言った。
「そうだな…。みんなに話す前に、娘に打ち明けたんだ。」
「この話を?自分が浮気していたことを含めて?」
「…ああ。とうぜん、娘には『ひどい』と言われたよ。でも、アヴァロンの仲間にきちんと謝るなら娘は『私は許す』と言ってくれたんだ。」
「あなたと言う人は……」
トリスタンは呆れてしまったようだった。
「けっきょく、娘に背中を押されないと言いに来れなかったわけですね。そんな人だから欲望に負けたんですよ!」
はあ、とその場にいたメンバーはため息をついた。べティヴィエールはじっとランスロットを見つめた。
「でも、ようやく納得がいきました。あなたの気持ちの変化にも。
…あなたは、ちゃんとお父さんをやっていたんですね。娘さんの前で。」
そして、怒るのを諦めた表情で言った。
「娘さんが許すと言っているのに大の男がこだわっていては格好が悪いですから。私はもう、いいです。」
あっさりとした言い方にランスロットは驚いた。
「私もいい歳した男がみっともなく謝る姿に飽きたよ」
とマーリンが両腕を高く伸び上げる。トリスタンだけが抗議した。
「あなたたちは…甘すぎます!」
マーリンはもう冷めてしまったであろうコーヒーを一口飲むと言った。
「じゃあ…そろそろ良いかな。アーサー、出ておいで。」
「……!」
その言葉があって、カウンターの物陰から人影が現れる。ランスロットは驚いて立ち上がった。
「い、いつの間に!?」
「最初から聞いていたよ。きみが少し席を外した間にべティがカウンターに通したんだ。」
「そんな……え、えぇ?」
びっくりして彼は固まる。現れた人物の面影はまちがいなく、アーサー。
なのに、彼の胸には大ぶりで立派なモノが備わっていて…。
ガン見しているランスロットを、べティヴィエールが見た目に似合わない怪力でどついた。「見過ぎですよ、ランス。」
そう言われて、ランスロットはへなへなと席に座る。
目の前の席にやってくる。「ひさしぶりだな、ランスロット。」
「アーサー……なのか?」
「驚かせてしまったか。貴方達には秘密にしていたからな。マーリンだけが知っていたんだ。」
ちなみに私たちはさっき知りました、とべティヴィエール、トリスタン。
「まあ、きみたちに嘘をついて黙っていたというのは私達も同罪かもしれない。」
そう言ってマーリンは話し始めた。
結成当時のことである。
アーサー……ではなく、アルトリアは本当に歌が上手かった。マーリンはその声に惚れて、歌手になったらと彼女を誘った。自分は作曲をするから。
でも、アルトリアは「家が厳しいから」と断った。彼女はある会社の社長令嬢だった。そう言われてもめげなかったマーリンは音源を音楽会社に勝手に送ってしまった。会社からスカウトが来たアルトリアは覚悟を決めて両親に伝え、両親は“素性を隠して活動するなら大学卒業まで許す”…と期限付きで許してくれた。
まず、彼らが行ったのは、性別と年齢の詐称だった。少年ということなら見えなくもない。それから彼女だけが目立たないように、グループにしてしまおう。
では、公式に恋人だと発表していたギネヴィアとの関係はどうだったのか?あれは、アーサーが男だという証拠のため、変なファンに寄って来られないようにするための偽装だった。
「でも、ランスロットがギネヴィアと恋仲になってしまったのは問題だった。トラブルになることは目に見えていた。」
とマーリン。
「それにアルトリアが大学を卒業する時期も迫って来ていた。彼女と相談して、嘘がバレないうちに解散を決めたんだ。」
そんな話を終えると、二人は並んで「すまなかった。」と深々と頭を下げる。そのまま頭をあげようとしない。
「ちょっと待ってくれ。じゃあ私がギネヴィアと恋仲になってしまったのは?」
「それは、駄目だろう。アーサー…アルトリアに何の相談もなく、先に恋仲になってしまったんだから。」
マーリンは顔を上げてちゃっかりと言う。うんうん、と他の2人も頷いた。
「そもそもなんで私たちにも秘密にしていたんだ?」
「グループ内が一番恋愛に発展しやすいだろう?そうなると隠しきれないと思ったんだ。」
恋なんてモンスターみたいなものだからね。と締め括った。
「…ランスロット。」
アルトリアは、ゆっくりと彼の名前を呼んだ。
「すまなかった。でも、私も貴方にギネヴィアとのことを話して欲しかった。」
「ああ。私も、本当に申し訳なかった。」
短いやりとりだったが、ランスロットは心を込めて謝った。
アルトリアが微笑む。すると、彼は自分の心が急に軽くなるのを感じた。
そして呟いた。
「あなたに謝ったら、急に心が楽になった。
きっと私は貴方に叱ってもらいたいと…ずっと思っていたんだな。」
ねえ、雰囲気が良いところ少しお邪魔してもいいかい、とマーリンは割って入って来た。
「ランスロット、しばらくトーキョーに残るんだろう?」
「ああ。娘もいるから…」
「じゃあ、お詫びついでに私の仕事に協力してくれないかな。
トリスタンやべティヴィエール、アルトリアもよければぜひ。」
番組内容を変更する。放送前日になってそれを聞かされた桜テレビのスタッフは、一斉に慌ただしく走り回った。
なんと、『元アヴァロンのメンバーが再集合しノヴァに会う』という企画を実現させるらしい。
高視聴率間違いなし!とダ・ヴィンチが息巻いている横で、ミス帝京はマーリンに直談判した。
「プロデューサー…あの、内容が変更になったのでスタッフが足りないんですが。」
おずおずと、でも言いたいことははっきりと言う。
「元アヴァロンのメンバーと会う企画を提案した人は、私の他にも一人居たと知っています。その人を、補助要員としてスタッフに入れて貰えないでしょうか…!」
収録が終わり、放送時間に合わせるために編集が朝までかかった。
まぶしい朝の光をあびながら、マーリンはテレビ局のあるビルを出て駐車場に向かう。
「ま、待ってください、マーリンさん!」
名前は勇気を振り絞って彼を呼び止めた。マーリンは下り階段のところで振り返った。
「…やあ、名前ちゃん。いろいろあったが、結果的には君のお手柄だったね。
なんせお父さんのランスロットをトーキョーに連れ戻して、アヴァロンを仲直りさせたんだから。」
「そ、その際はすみませんでした……。」
彼に追いつく。
数段、名前のほうが上にいて、マーリンと同じ目線の高さになる。
「…いいさ。誰でも失敗して、必死に努力して、良いモノが作れるようになるんだ。」
「マーリンさんも、一生懸命になることってあるんですか?」
と名前は聞いた。
マーリンは、ゆっくりと微笑んだ。
「そりゃあそうさ。努力してない奴なんて、テレビの業界にいたらぶっ飛ばしてやりたくなる。そんなに簡単にできないよ。
みんなが喜ぶものや、楽しめるものを作るには精一杯の努力が必要なんだ。」
――拝啓、お父さん。
トーキョーにもだいぶ慣れてきました。私が関わったっていう番組、観てくれたかな?
「ほんと鈍臭いよね!あんな所でミスするなんて、ムニエル先輩もすごい迷惑してたよ!」
「ご、ごめん…。フォローしてくれてありがと」
ミス帝京は相変わらず私にキツイです。でも優しさの裏返しだって感じるようになって来ました。
「これだけきつく言ってるのに、貴方って全然へこたれないのね。」
「ええっ、私、あなたが口悪いだけだと思ってるよ。」
いつもありがとう、と返すと、彼女は恥ずかしそうに言った。
「あっそ。ねぇ…そろそろ、私のこと下の名前で呼んでくれない?
私も『名前』って呼ぶから。」
「もちろん!」
失敗ばかりで夜に泣いて、朝の光に希望を取り戻す。
昨日まで喧嘩していた相手とも手を組んだり、憧れの人を支えたり、仕事で日々私は成長している。
夢の先はずっと続いている。
さあ・・・明日も、がんばろう!
<おわり>
最後までご拝読いただき、ありがとうございました。もしよろしければ『あとがき』も読んで頂けると嬉しいです!