第九話

「お父さんが――ランスロットだ。」

父は見たことがないほど真剣な顔だった。
「そんな…」
「冗談だと思うか。ちょっと待っててくれ。」
彼は洗面所に行った。その間に、名前は落ち着かない気持ちで食事をとる。あまり味を感じない。
「これでどうだ。」
髭がすっかり無くなり、目にかかっていた髪を後ろに束ねていた。
それは、言葉を失うぐらいの説得力を持っていた。

「嘘……なんで黙ってたの?」
「それも話すよ。長い話になるが聞いてくれ。」


父――改め、ランスロットがこの家に来るまでの話だった。
高校を卒業して就職し、母と結婚して私が生まれた。それでも芸能人になってみたいという憧れを捨てられず、トーキョーに行ってこっそりオーディションを受けた。それがきっかけでマーリンと出会い、アヴァロンのメンバーに入った。
私の母には内緒で、仕事で単身赴任するのだと嘘をついたらしい。幸いにして田舎だったから、売れ始めても母や私は何も知らずに過ごしていた。しかし次第にテレビや雑誌に出るようになると、さすがの母も知り、離婚してしまったのだと言う。
話が終わりに近づくにつれ、父がしどろもどろになってきたのに気づいた。
…そうだ。解散した理由があるのだ。おそらく、娘の私には知られたくないような。
意を決して、話に割って入った。

「…お父さん、正直に話してよ。マーリンさんから“あることがきっかけで解散した”って聞いてるの」
「そうか……」
父は口ごもる。これまでに見たことがないほど暗い表情だった。

「アヴァロンの解散のきっかけは…お父さんが作ったんだ。
 お父さんは、仲間だったアーサーから、恋人を奪った。」


ゆっくりとその言葉は耳に入り、頭の中に反響した。
……そんな。なんでそんなことを?
否定したくても、父の表情を見ていれば嘘でないことが分かる。
あのアヴァロンが解散したのは私の父のせいだった。最悪だ。しかも浮気で。母に内緒にしていたのも。

「名前…本当にすまない。」
「お父さん…」

こんな話をされて、どう受け入れていいのか分からなかった。
アヴァロンというグループを解散させ、仲間を苦しめ、家族にもずっと秘密にしていた。他人が聞いたら容赦なく彼は叩かれるのだろう。
……それでも、彼は私の父親なのだ。
アヴァロンというグループを解散させて、仲間を苦しめた、娘にも嘘をつき続けてきた、その苦しみを彼はずっと背負っている。
一緒に暮らして来た父なのだ。どれぐらい深い懺悔か分かる。彼が隠れるようにこの山に住んだのも、娘の私にこの事を知って欲しくなかったからだ。

「私に、秘密にしていたことは駄目だと思う。」
深く息を吸い込んで、名前は言った。
「でも、あとはお母さんとアヴァロンの皆に謝ることだよ。その人たちには謝ってないでしょう。」
「名前…」
父はぐっと、拳を握った。「…謝れば許してくれると思うか?」
「そんなの分からない。」
 でも、と続けた。
「謝りに行くなら、私はお父さんをぜんぶ許すよ。」
「……だったら、じゅうぶんだな。」

父はぎゅっと眉間に力を入れて、引き締まった表情をした。
その表情を見て、名前はようやく自分の父が本当にランスロットだったのだと信じることができた。




……2日後。名前がトーキョーに帰るのに合わせて、父も「行く」と言い出した。

「こういうのって、後にするともっと言いにくいだろう。」
十数年間も秘密にしていた人が言うことじゃないよ、名前は父をからかった。
「…わかった。でも、その前に髪型と洋服を整えないとね。」


父の空元気が、名前に仕事に戻る勇気と元気を取り戻させていた。



<それでも仕事はつづく>

次回最終話です。



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