混濁に咲いた花 



 竹箒たけぼうきではうまくいかなかったので、しゃがんで枝葉を拾う。ふくよかな昭美にとっては重労働に値する体勢だが、ここで手を抜くと、また真悠子が機嫌を損ね、あの取りとめのない独白劇を招きかねない。普段は効率重視の昭美だが、ここは忍耐と自戒。

 手首となく足首となく、雨露にひたひたに濡れながら枝葉を拾っている最中にも、

「主人の好きな音楽が嫌いだわ」

 いち段、高くなっているリビングから真悠子は庭に不満を投げかけている。へりに車椅子を止め、左手にレースのカーテンを握りこみ、涼やかな秋の微風を跳ねかえしている。

 しかし、今は心なしか楽しそう。美声に厚みがある。

「彼、ジャズなんて紛い物が好きだった」

 幼少時からクラシック漬けだったらしい彼女。ポップスやロックに浮気することなく古典を生きてきたせいか、どうやらジャズ自体を毛嫌いしている。確かに、クラシック音楽愛好家の中には、ジャズは音楽の風上にも置けないと考える人もいるという。

「ジャズが音楽をダメにしたの」

 ちらと横目でリビングを見あげると、真悠子は精気のない目で垣根のあたりを眺めていた。楽しそうであるとはいえ、やはり乖離かいりしているかのような、つかみどころのないまなざし。

 自慢の長髪がわずかに乱れ、額や頬に張りついている。やつれているようにも見える。あとでくしけずってやらねばと昭美は算段。

「スウィングですって。笑わせるわ。ノリの文化が音楽を殺したのよ」

 演奏が終わってもなおホールに響く余韻まで楽しんで、初めて音楽は音楽として昇華するのだそう。演奏後、すぐに拍手して立ちあがり、喝采を博してみせたがるような自己愛の強い野蛮人に、音楽をたしなむ資格などないのだそう。

「単に大人ぶりたいだけなの。彼は」

 つまり、この話も幾度となく聞いた。

 もはや耳にタコだが、

「格好つけたがり屋なの。子供でしょ?」

 透明感のある美声が心をつかんで離さない。まるでシニカルな劇団のプリンシパルでも観賞しているかのよう。

 と、不意に、

「あなたはなにが好きなの?」

 舞台上から看板女優が問うてきた。

「好きな音楽は?」

「え、私、は……

 毎度のことながらに唐突の質問。意表を突かれて身を硬直させるも、昭美はすぐに頭の中を整理すると、

「サティですかねぇ。エリック・サティ」

 あくまでも勤労を装ってこたえた。

 すると真悠子、いまだ生垣のあたりに視線を預けつつも、あらぁ──と意地悪そうに反応。

「まさか、ジムノペディ?」

「ええまぁ。ベタですけど」

 実は、言うほど聴いたことがない。以前、話をあわせるつもりでハミングを聞かせたところ、そういう題名だったことが判明。どこかで聞いた憶えがあるという程度の楽曲だったが、爾来じらい、質問されればこの曲でご機嫌をうかがうことにしている。

「邪道がお好きなのかしら」

 なにがどう邪道なのかはわからないが、

「でも悪い選択ではないわ」

 ずいぶんと楽しそうな真悠子。

 たちまち、昭美の心地も軽妙になる。そして、口先だけではなく、時間があったらちゃんと聴いてみようかと密かに志すのだ。





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Nanase Nio




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