栞

月を見ていた




 ──時は流れた。



 あの夏の夜は、あたしを措いて、とっくに、季節の箱の中に閉じこめられていた。

 風は、まだ吹いている。容赦ない、春の風。行く手を阻む風。流してはくれない、冷徹な風。

 いつの間にか、箱の外へと追い出されてしまった。

 ならば、あたしにはもう、箱の中を知ることができない。たとえ、どんなに存在感のある月を放りこまれたとしても。

 あの夏のふたりは、もう生きていないのかも知れない。いや、まだ生きているのかも知れない。ただ、ひとつだけ言えることは、あたしはもう、ただの観測者でしかないということ。もうないのか、まだあるのか?──と、箱の外から、確率だけを手立てにして。



 かろ。

 彼の代名詞が、頬に鳴る。

 沈みそうな月。甘酸っぱい、孤独の濃縮。



 ねぇ。

 あの日には戻れないの?

 同じ箱でいられないの?

 月を浮かべられないの?

 ねぇ。

 ねぇ。

 ねぇ。

「にゃあ」

 メロンがつっかえて、まるで猫みたいに、言葉にはならなかった。

 代わりに、春の空を仰ぐ。

 かろ。

 月は、なかった。

 でも、あたしはまだ、月を見ていた。



   【 終わり 】




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Nanase Nio
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