偽りのカレンデュラ 



 月乃つきのさんが遊びに来なくなっておよそ1ケ月。高校生活に追われているのだからと多忙を言い聞かせることもあるが、結局は気になり、夜を待ってからふらりと訪問したりしている。

 なのに、すべてのコンテンツが滞っている。

 主は不在のまま、ところが入場者数だけは日ごとに上昇。月乃さんののほほんとした人柄がうかがえる。

 あたしが嫌われたわけではないらしい。





尚 輝
Section 1
不 明フメイ





〜 感想や足跡をどうぞ 〜

月乃



はじめまして。
月乃ともうします。



サイトめぐりをしていて
雨音さまのお家にたどりつきました。

月のすてきなHPですね。
思わず足がとまってしまいましたので
その足跡をのこします。



HONEY?

まだ冒頭だけなので恐縮ですが
読ませていただいております。

傍若無人な愛ちゃんが痛快で
わらってしまいました。

おもしろいです。
いっきに読んでしまいそうです。



私もヘタの横好きで
小説なんぞを書いております。

もしも時間に余裕がおありでしたら
立ち読みにでもいらしてください。
からみも大歓迎です。



ながながと失礼しました。
またあそびにうかがいます。





🕛 2010/04/1019:26 [Edit]





 創作小説メディア『You Love Books』で携帯小説を書きはじめてから2ケ月。執筆に没頭するあまり、あたしは訪問者からの暖かいメッセージなんて気にも留めていなかった。そのせいでホームページの足跡掲示板は不憫なほどに薄っぺら。宣伝掲示板だけが賑やかなのが不思議なぐらい。

 まったく、読まれてナンボだというのに。

 ようやく処女作が完成し、精神面にも余裕が生まれたか、たまにはホームページも管理しなくてはと本末転倒なことを考えはじめた頃、さっそく読んで感想を残してくださる方がいる。それが月乃さんだった。

 ネットでの交流なんてしょせんはウワベだ──と考えていたあたし。なのに、瞬く間もなく感激の奴隷と成り下がってしまったらしく、とるものもとりあえず月乃さんのもとを訪れていた。待望の感想に浮き足立ってしまったんだ。





 footmark please!!

雨音シトト



おはようございます。

足跡、ありがとうございました。

小説に感想をくださって、とっても嬉しいです。あたしも、月乃様の作品を読ませていただきます。

また遊びにいらしてください。





🕛 2010/04/1108:12 [Edit]





 こちらこそ初の足跡を記す。ホームページを訪れた記帳名簿。顔の見えない相手だからこそ、唯一の顔とも言える知性を残す。もちろん必ずしも残さなくてはならないわけではないが、これをもとに親交を持つ者は多い。

 2ケ月目にして初めてというのも杜撰ずさんすぎると思うが、いずれにしても、果たしてこんな内容で良かったんだろうか。せっかくの感想に対して淡白ドライすぎやしまいか、失礼すぎやしまいか?──後の祭には違いないものの、なにしろ初めての試み、諸先輩方の足跡を参考にする発想もなく、勢いだけを羅列した結果がこの体たらくだった。

「あたし」はないだろうに。

 2ケ月も執筆に没頭していたせいで、処女作のヒロイン『此手愛このであい』の上から目線の一人称が板についてしまっていた。あげくに自他の作法も中途半端で、確かこういう表現のことを繁文縟礼はんぶんじょくれいと言うのだったか。

 もはや月乃さんからの訪問はないだろうと己の勉強不足に嫌悪してから2日後、意外にも、呆気なく我がホームページの門は叩かれた。

『もしもお気にさわったのでしたら、ごめんなさい。でも、どうしても疑問に思ったもので。あの、雨音さまの苗字の読みは、アマネですか。それともアマオトですか?』

 ペンネームを持つ以上、できれば本名である『大城舞彩おおしろまい』とは距離のあるものにしたかった。別に本名を毛嫌いしているわけではないけれど、どんなメディアを検索しても見つからなさそうな名前に憧れる。

 それに、ネットって偽りの世界だし。

 たとえそれがノンフィクションだろうと、読者サイドにしてみれば偽りの気配を感じることはやむを得ない。自他の間には必ず決定的に非現実的な壁が立ちふさがっているものなのだから。

 そう、世界は偽りに満ちている。

 その日は冬にも関わらず、朝から粘り気のある暖かそうな雨が落ちていた。処女作の1文字目を書きはじめるに当たってペンネームのフォルムに出鼻を挫かれていたあたしは、鈍い雨にも背中を押され、約1時間で真剣に考えるのを諦めた。

 ……あぁ、雨音、しとしと。

 現実なんてそんなものだ。時には閃きも必要だと気前のいいことを思ったりもしながら、あたしは「アマネシトト」へと変身した。とうとう仮面を手に入れたんだ。あたしがあたしであるということを誰も証明できないのに、あたしがあたしであるということを誰もが認めるしかない万能の仮面を。

 ところが、人生とはそれほど思いどおりにいくものではない。

『あたしはいちおうアマネのつもりです』

 ツモリってなんだよ!?──月乃さんからの質問に答えてからまたもや悔やむ。もう一人称も引くに引けないし、人生ってスタートがすべてなのだと改めて痛感。よもや自分の足跡のふちにつまずいてしまうだなんて、あたしってどれだけ重たい女なんだろう。仮面のせいでまさかの自爆。

 なのに、

『では、アマネサマと頭の中にえがきながら雨音さまとお呼びしますね?』

 あぁ。なんて気さくな人。なんて優しい空気。胸の内側がしみじみとした深呼吸に蘇る。あたしは偽りの世界で安らかに癒されている。

 月乃さん。どんな人なんだろう?

 プロフィールを覗いてみる。

 つきの。女性。東京都内在住。間もなく30歳。蟹座のB型。主婦で1児の母。読書とドライブが趣味。背丈が低い。視力は良いほう。料理は大の苦手。掃除はマメ。でもツメが甘い。それでよくA型の息子に叱られる──可愛らしい女性だと感じた。気さくではあるがマイペースで、まるで太陽のような雰囲気のママさんだと。理詰めで娘を追いこむウチのママとは大違い。

 このプロフのどこかに偽りが隠匿いんとくされてあるんだろうか? みんなこうなの? 単なるあたしのひとりよがりなの?──そこのところがどうにもあたしにはまれない。もちろん、ネットなんて暗黙の了解でつくられているのであって本音だの虚偽だのと哲学するものではないと言われれば、まぁ、それまでなんだけど。

 汲まれない思いに新鮮ささえもおぼえながら、自分のプロフィールに「あまねしとと」と追加。そして、およそ2時間だけ待ってから月乃さんのホームページを再訪問。

『できれば、サンづけかチャンづけで呼んでください。サマは照れます。あたしは月乃さんとお呼びしてもいいですか?』

 そこで筆を休ませ、月乃さん邸をワガモノ顔で歩き回った。

 小説、日記、更新情報、掲示板──それぞれのコンテンツを牽引する白ウサギたちがそれぞれの姿勢で、トップページの最上段に蒼く輝く満月を仰いでいる。性格が滲み出ているレイアウトだ。デジカメで撮った月の写真を黒画面に貼りつけただけの拙宅とは雲泥の……いや、月泥の差。よく素敵だと誉めてくださったものだ。

 あたしもまた高嶺の月を仰ぎながらスクロールダウン。すると、いくつかのランキングサイトの名前が羅列されてあった。ここに登録することで効率的に訪問者を獲得できるようになる。

 砕いて言えば、自身のホームページのどこかにランキングサイトのリンク(アドレス)を貼る→訪問者がそのリンクをたどってランキングサイトへとアクセスすれば1ポイントが加算→ポイント数が貯まるほどにランキングの位もあがる→位があがるほどにランキングサイトのユーザーの目にも止まりやすくなる→よりいっそう訪問者の獲得につながりやすくなる──というシステム。

 あたしも、近いうちにランキングサイトを活用しようと研究中の身。それが証拠に、月乃さんの登録しているサイトはいずれもが見憶えのある有名メジャーなものばかり。

 そんな中、この熱心な研究生の情報網をもってしても見慣れないサイト名がただひとつ、ぼぉっと、妖しく浮かびあがっている。












mail



one click please!!

茜ランク/Orange
絶対恋愛/姉貴屋


カレンデュラの私選館



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『カレンデュラの私選館しせんかん』?

 ○○ランク、○○ナビ、サークルであれば○○同盟──など、多くの場合、この手のサイトには相応しい修飾が冠されるもの。恋愛小説がメインならば甘々なサイト名、幻想小説がメインならば神聖っぽいサイト名、純文学小説がメインならばシャビーなサイト名になるはず。いずれにせよ、ユーザーの想像しやすい、琴線に触れるサイト名になるのが主流だ。綺麗事を言うつもりはないが、努力の跡は必ずカタチとなってあらわれる。

 だったら、この『カレンデュラの私選館』は、ファンタジー小説をメインとするサイト?

 でも、それにしては「私選」という部分が少し引っかかる。例えば「図書館」にしたほうがまだ相応しいような気も。

 自薦でなく、他薦でもなく、私選?

 まぁ、登録するかどうかを認証するのは管理人なんだろうし、そういう意味でなら「私選」でも問題ないのか。ただ、やはり見慣れない単語ではある。私選弁護人とかいう名詞でしかあたしは見たことがない。

 というか「カレンデュラ」って、なに?

 モノは試しでクリックしてみる。まさか月乃さんにかぎってヤミ金融サイトに飛ばすわけでもないだろうし。

 わずかに電波がもたついたものの、特に支障もなくサイトは開かれた。それで、私選館とやらに飛んできて、最初に漏れた感想は、

……暗い」

 というものだった。







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 黒地の画面に文字だけのトップページ。画像は1枚も使用されておらず、遊び心の欠片もないサイトだとひと目でわかった。なんて言えばいいのか迷うけど、とにかくおカタい。まだ訪れたことはないものの、国会図書館という名称が脳裏をよぎる。

 まずは、サイト名の下部に掲げられてある「サイトの規約」という項目をクリック。それから、あたしは次の瞬間、

「うお!」

 予期せぬ眩暈めまいに襲われた。







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 トップページと同じ黒地の画面の中、まるで日曜日の原宿のように純白の文字がひしめきあっていた。蠢動しゅんどうしているように見えるのは、本当に錯覚なんだろうか。

「まぶし!」

 白い文字が輻輳ふくそうして独自の発光を生み、目の奥がチカチカと痛む。思わずあたしは携帯電話から目をそらし、すぐにクリアキーを押していた。

「おまえ工夫しろや」

 またもや自覚なく声が出る。発光度数が決め手の情報化社会、閲覧者の網膜にまで注意がおよばないのはわかるけど、せめて目に見えた障壁ぐらいは排除しておくのが管理人としての最低限の努めだろうよ。

 眼窩がんかを強くつまみながらさらに1ページ手前へと回避。ストレスは意外なところに落ちているものだ。

 お月見の明朗なページへと生還。ブルームーンが網膜を癒してくれる。ストレスはすぐに霧散。安堵の親指でコンテンツの2段目に安穏と座る『main』の白ウサギをクリック。たいていこういうタイトルが小説一覧への連絡口をあらわしている。

 小説のラインナップページもトップと同じく黒地の背景。さらには小さな満月が慎ましく浮いている。やっぱり月乃さん、あたしに似て月に愛着があるらしい。

 初めて出会えた趣味嗜好の一致に顎のくすぐったいような嬉しさをおぼえながら、少しだけ下にスクロール。すると、

Moon Child
Baby Snap!

 どうやらこの2作品が月乃さんの描いた物語らしい。さて、どちらにしようかと5秒ほど迷うも、くすぐったさに推されて前者をクリック。あたしってば単純。





Moon Child
著:
月乃
作品番号:462715
ジャンル:純文学
PV52563
[全280ページ]



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こんばんは

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 1児の母親だったっけ。叱りつけるほどたくましい息子さんに育ててる。

 もしや、若くして産んだんだろうか?

 まだ16歳のあたしには、でも、月乃さんがとても身近な女性に感じられた。さすがに今年や来年はないにしても、近い将来、あたしも彼との子供をお腹に宿したいと願っていたから。

 別に、重たい女だとか、そういうことではないはずだ。あくまでもカレシのいる女性ならではの当然の心理のはず。歳を取ってからの授業参観なんてイヤよという程度の可愛らしい心理のはず──などと無理やりに思ってみる。

 彼との子供が欲しい。ナオとの──工藤尚輝くどうなおきとの子供が欲しい。どうしても欲しい。

 この表紙にあるように、あたしも愛せるだろうか。忌まわしい記憶の苦しみに挫折しないでいられるだろうか。傷つけたり、壊してしまわないでいられるだろうか──ナオを、ナオとの子供を、自分自身を。

 期待と不安をふわりと束ねてくれそうな積極的な4行。これが、この人が月乃という人なのか。プロフィールよりも如実に彼女を物語っているのが微笑ましいほどに不思議だった。

 さっそく読んでみる。

 ごく普通の少女がごく普通の恋をし、女性へと成長し、息子を出産してさらに母親へと成長する。やがて、息子が大人になり、彼の面影に愛する夫を重ねてまた少女へと戻る──ごくごく普通の人生がほのぼのとしたタッチで描かれていた。









月から生まれた太陽よ
私の道を照らしておくれ
永く険しい最果てで
ようやく生きたと眠れるように










 エピローグはそう歌う。

 読み終えるのが惜しい気持ちを押し殺しながら、あたしは静かに末尾を閉じた。

 280ページ。3時間があっという間。落涙するというよりは、やはり微笑ましい、素敵な物語だった。フィクションとあったものの、たぶん実話の部分も混ざっていることだろう。

 あたしも、いつか創造できるんだろうか。そんな母親になっているんだろうか。月を愛でるよりも遥かに優しく、愛せているんだろうか。ナオはその時、どんな笑顔でいるんだろうか?





    





『サンづけでオッケーですよ。チャンでもよいよ。私も雨音さんとお呼びしますのでどうぞよろしく』

 この月乃さんの返事からまた2時間のタイミングを置き、あたしは小説の感想を足跡掲示板にしたためた。別にレビューでもよかったけれど、観衆からの憂き目にいやすいギャンブルなのでやめた。あたしの心臓にはまだ産毛さえも生えていない。

『あたしも、ああいう母親になりたいです』

 包み隠さず本音を書いた。偽りの世界に綴られる本音があるだなんて夢想だにしていなかった。もしや、行間から滲み出る月乃さんの人柄がそうさせたのかも知れない。

 そうであってほしいとも思った。

 マジョリティによってつくられた偽りの世界にだって、わずかなりの良心ぐらいはあっていいと思うんだ。あたしは、決して盲目的に性善説を支持するような人間ではないけれど、といってバイアスのかかった世界にも興味はない。偽りの世界に咲いた良心的なパーソナリティとは、どうしてもマンツーマンからは逃れられない泥臭さを調整するフェアな安寧だ。これがあるから人はあらゆる世界を信頼できる。

『うおおおい。感想をありがとう! もううれしすぎ。ね。あのヒトいいママよね。私の理想像ですからね。リアルはダメママですからねっ!』

『プロフには息子さんは小学生ってふうにありましたけど、大きいんですか?』

『小4。デカすぎ。でも母親よりしっかりしてる。母親がダメなほど子供がしっかりするって都市伝説、アレほんとうでした』

 こんな感じの対話を1ケ月間ほどつづけた。ほぼ毎日のことだった。あたしにとっては月乃さんがただひとりの相手だったけど、月乃さんにはあたしの他にも友達が山ほどいて、トークの掲示板は日ごとにページを更新。もちろん主婦業もあるんだろうし、だから目が回るほど忙しいはずなのに、でも月乃さんは不休であたしの話し相手になってくれた。

 数少ないオアシスだった。

 そして柔らかなスピードでゴールデンウィークが終わり、残り2年間の高校生活、その第1歩の倦怠感にやっと肉体が馴染みはじめた頃、月乃さんの訪問はぱったりと途絶えた。





    14    
 




Nanase Nio




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