偽りのカレンデュラ 



 疲労困憊のまま明朝を迎え、茫然自失のまま学校に向かい、五里霧中のまま授業を受け、満身創痍のまま帰宅。

 今日もまた、ナオどころではなかった。日ごとにナオどころではなくなっていく。大切な人だとわかっていながらも、大切であるほどに彼どころではなくなっていく。

 あっという間に24時間が経った。経ってもらっては困る。いまだ、あたしがあたし自身の寿命も知らないうちからこんなにも簡単に日にちを捲ってもらっては困る。覚悟もまったくできていないのに、そして覚悟する気などさらさらないというのに。





来 瞳
Section 8
妙 案ミョウアン





だ ら ら ら ら ら ら ら ら 



 今日もまたずっと雨が落ちていたような気がする。ずっとだったからカウントしてなかったけど、夕方あたりから急に雨足が強くなり、上空からのヘタクソなドラムスが否応なく耳に入ってようやく、そういう季節だったことを認識。

 ただでさえ悪夢に束縛されているのに、物理的にも行動を慎ませる、まるで泥濘ぬかるみを連想させる、気を滅入らせるこの季節は、あたしを好転させるためのあらゆる因子ファクターを根こそぎ強奪していきそうな気がする。

 底なし沼の季節。


2010/06/09[Wed]22:32
東京都品川区西五反田 - 大城舞彩の部屋


 24時間前と同じようにあたしは勉強机に向かい、パソコンを起こした状態にいる。ただひとつだけ昨晩と異なるのは、忙しくなにかをしている状態にないということ。背中を丸め、蒼白く輝くディスプレイを見つめるでもなく見つめている。

 月乃つきのさんからのレスポンスはまだない。なにかを調べると宣言した如璃じょりからもまだ報告はない。言わずもがな、来瞳くるめも家族もナオも、あたしの苦悩なんて知らない。

 心細い。

 淋しい。

 孤独だ。

 返事が欲しい。

 報告が欲しい。

 対話が欲しい。

 だから、待つ。

 じっと、待つ。

 待つしかない。

 待っていてもなにも解決できないことはわかってる。だけど、なにをどうすればいいのかがさっぱりわからない。あるいはどこかに妙案があるかも知れないのに、それを閃く頭がこれっぽっちもない。実は単純なことなのかも知れない妙案さえも。

 ずっと待っている。誰かから契機きっかけの提供される瞬間を。そんなものは期待することではないと充分にわかっていながら。

 早くなんとかしないと、また眠くなる。

 また、あの悪夢を見に行くことになる。

 そしてなおさら、焦りが堆積していく。

 そしてどんどん安定していかなくなる。

 ぐらぐらと、不安定のジェンガになる。

 ……不安定?

『彼女も彼女で不安定になっている』

 あ、もうひとり、いたっけ。

 確か「夏」……だったか。

 あたしと同じ、私選館しせんかんの犠牲者。

 どこかで見たような記憶がある。

 どこだっけ?

 記憶を手繰りながらも、あたしはまるで必然のようにしおりを開くと、ホームページに進入、いまだ腹が立つほどに燦然さんぜんと輝いている『私選館』をクリックしていた。

 犠牲者ならば、この館のどこかにいる。

 2度と訪れたくもなかった扉のページ、忌々しいデジタルの羅列の中から『恋愛小説』をクリックした。

 追加登録の跡はまだなかった。最も若いナンバーにはまだ、あたしの大切な大切な処女作が刻まれたままにされている。

 まさか、こんなことになるために書いたわけではなかった。もっと、もっともっと幸せな、まるで含羞はにかむような意思表示であるはずだった。

 踏みにじられたような気持ちになる。

 悲しくなる。腹が立つ。

 暗澹あんたんとする胸骨に蓋をすることもなく、力ない指先でペ−ジをスクロール。するとすぐ、呆気なく件の名前と出会した。





1. HONEY?

此手愛(このであい)の自己中心的な恋愛劇──眼中にはないけど、触れてやったっていいよ?

[雨音シトト] 🕛 2010/05/29 15:34

2. 来る・染む

わたしのこの想い、あなたへと届いてる?。。。あなたのことが好き。。。「好き」が。。。こんなにも胸に苦しいのはなぜ?

[] 🕛 2010/03/01 14:08

3. Black Love

イジメからあたしを救ったのは、暴走族の総長・呉羽仁。仁の仲間になったあたしの毎日はどんどん加速する。「あたし仁クンが好きなの」。でも届かない想い。ある日あたしに惚れて転校してきたのは謎の男・藤堂聖。「俺だけ見てればいい」。仁への片想い聖の甘い誘惑二つの心に揺れるあたし。そして衝撃の事件が幕を開ける!

[綺妃] 🕛 2009/12/21 19:43

4. 堕ちた天使

「オレの仲間になれ。堕ちてしまえばいいんだ」──純情天使♀×極悪堕天使

[霧香] 🕛 2009/09/27 01:53





 3ケ月ほど前に登録された作品。もしもこの人が学生ならば、退屈な授業の合間を縫い、それよりも遥かに充実した指先で登録したのかも知れない。たくさんの人に自分のアイデンティティをわかってもらいたい一心で。

 他にも『綺妃』と『霧香』という登録名があった。そのいずれも、恐らくは最高潮のモチベーションのままに完成させたことをうかがわせる紹介文だった。実生活はいざ知らず、指先の充実感は想像に難くない。

『夏』のホームページを目指すよりも先に、念のためにこの両名の名前をクリックしてみた。もちろん好転を期待して。

 ところが、





ホームページが存在しません



ホームページのアドレスが間違っている、もしくは、すでに退会されている可能性があります。URLに間違いがないか、もう一度確認してアクセスして下さい。


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 2名ともに、ホームページの閉鎖を暗にしらせるメッセージがあらわれた。

 カレンデュラの私選館に関わった者は、ことごとく自分のホームページを畳むか、そうでなくとも運営が停止──月乃さんのメールを思い出す。だからか、思ったほどに落胆はしなかった。

 でも、落胆はなくとも焦躁は募る。この心があたしのものではなかったかのように不安定になっていく。ぐらぐらと、今にも崩れてしまいそうな、壊れてしまいそうな脆弱ぜいじゃくなジェンガ。

 本当に壊れてしまいそう。

 そうであってはならないよう、あれほど自棄やけになって隠匿いんとくしてきたというのに。

 細い溜め息を吐く。あたしは、夏という人のホームページの安否を懸念していた。月乃さんとはコンタクトを取っているそうだけど、ホームページからアクセスが叶うとはかぎらない。それに、月乃さんのいう「夏」とこの「夏」が同一人物であるともかぎらない。国民総表現者時代である現代日本にあっては、ペンネームの重複に著作権問題も係らないのだから。例えば、あたし以外の「雨音あまねシトト」にだって、検索次第によってはいくらでも出会えると思う。

 悪い予感を払拭しきれない、すすきのように弱々しい人さし指で『夏』をクリック。







運営停止中


:: :: 夏の縢 :: ::





48063回目の夏

info :: main :: love :: mail



姉貴屋|恋距離|君色80
MAKE|Jennie|私選館




ホームページ編集
ホームページ作成


シエル平原クンに聞く!
○○にキュンとくる?


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 あった。通じた。閉鎖してなかった。

『運営停止中』という1行、そして下部にあるランキングの欄を見て、あたしはすぐさまにこの管理人が件の「夏」だと直感。

『私選館』

 サイト名こそ略されているが、まぎれもなくあの忌々しいサイト。これだけは検索如何でも2つと出会えないはず。

 そう、件の「夏」に間違いない。

 しかし、あたしのホームページにも匹敵するほどシンプルな内装だ。素材屋に頼ることもしていない。もちろん、あたしの場合は単なる人見知りだからだけど。

 さっそく『info』の暖簾のれんをくぐる。

 利用規約の一文がこれまたシンプルに設けられ、夏のプロフィールと、さらにはブログもここにあった。







夏のプロフィール


 名前

 夏(Natsu

 性別

 

 年齢

 16

 職業

 高校2年生

 誕生日

 8月8日

 血液型

 

 趣味

 音楽観賞
 読書
 後輩の面倒を見ること


 音楽

 Fatal DiscoLOOP
 Lunch Time PortableScanner
 天井聖識『癖』


 小説

 小湊マキア『異様』
 ほのか実嶺『あんどろろろいど』
 町田あぷ子『整形ブス』



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夏のブログ


重要なお知らせ

突然ですが
私生活が多忙なため
しばらく運営を停止したいと思います

更新を楽しみにして下さっている皆様
勝手な判断
本当に申し訳ございません

再開は未定ですが
また元気に戻ってきたいと思います

重ねて
申し訳ございません



2010/05/30 20:42 コメント (11)
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『私生活が多忙』

 悪夢を見ているからという理由がまさか運営停止の理由になるはずもない。私生活が多忙とする表現がベストには違いない。

 これで、彼女こそがあたしの探していた「なつ」だと確定した。

 ホームページを細かに見渡す。さすがに作品まで熟読する元気まではなかったが、利用規約、掲示板、ブログを遡りもした。

 とはいえ、特別に異変を感じさせる部分はなかった。全体的にドライな印象ではあるけれど、どこにでもあるホームページ。

 そして『私選館』の文字に行き着く。

 省略されたこの3文字も、もしや幾度となく消去を試みられ、そのたびに蘇生してきたものなのかも知れない。この夏という女性、プロフィールやブログに漂う印象として、クールながらも勝ち気な性格であるように感じるし、もしや押取り刀で私選館へと乗りこんで

「あぁ、クレームかぁ」

 カレンデュラに向けて脱会・・意嚮いこうを表明するという手段もあるのか。でも、

「それもどうだろう?」

 あたしにはなぜか、それが最善策だとは思えなかった。逆に、よりいっそう昏迷を深めるような予感さえも起きた。きっと、リンクを貼った直後に送られた、あの意味不明なメールがしつこく胸に引っかかっているからだと思う。









リンクをお貼りいただいて
誠にありがとうございます
わたしはあなた様のことを
お命が続くまで離しません









 まったくもって意味不明。でも、奇妙な説得力を感じる。クレームを躊躇させるに相応しい、ポエティックな説得力。現実にあり得るものとして強引に聞き入らせる、ファジーなのにリアルスティックでもある都市伝説ライクな説得力。



だ ら ら ら ら ら ら ら ら 



 梅雨のドラムス。肝心の技術を知らしめるよりも先に勢いだけで喝采かっさいを浴びるハードロッカーのよう。強烈なインパクトだけで評価される不憫なリズム。

 うるさいのかどうかもわからない。

 どこにインターフォンがあるのかも定かではない『夏の縢』の玄関扉の前、不在を確認する手段さえもないあたしは、ひとつだけ細い溜め息を吐いた。

 と同時に、

 ぴ り り り り

 パソコンの脇にある携帯電話が高らかに鳴いた。思わず肩をすくませるも、反射の勢いで拾いあげる。

 ナオだと予想した。

 救済が欲しかった。

 安堵かも知れない。

 少なくとも癒着には違いない。

 着信音はすぐに止み、ディスプレイにはメールの受信とあった。

 エンターキーを押す。

SISHO@Y.L.B.

 あたしのホームページ、私書箱からだ。





日付  2010/06/09 23:29
差出人 You Love Books
件名  MAILより

■名前:
 月乃

■ホームページのURL
 http://**.****.**.**/*.***y=moonchild

■内容:



雨音さん
こんばんは。

月乃です。

夏さんにメールしておきました。

まだレスはいただいてませんが
根はさばさばしたかただと思いますので
まえむきな応答はあると思います。

それでですね。

しょうじき
もうしあげにくいのですが。



いちど
私に会ってくださいませんか?



東京に住む者同士で
いろいろと
じかにお話してみたいんです。

もちろん
こうしたオフ会じみたことには
絶対的な信頼が必要です。

私がその信頼に足る人間なのか
自信はないですが
わるいようにはいたしません。

誓います。



ムリにとはいいません。

すこし
考えてみてはもらえないでしょうか?

返答をお待ちしております。

では
おやすみなさい。



――――
配信元
Abyss Media Works
東京都渋谷区渋谷x-xx-x

■お問い合わせ
http://xxxxx.xx/xxxxxxxx/xxxxxxxxx





 全身が粟立った。

 緊張だった。

 感動だった。

 会う?

 月乃さんに?

 会う?

 会えるの?

 会えるものなの?

 雨音も聞こえなくなっていた。

 それどころじゃなかった。

 会いたい。

 会えるの?

 会えるものなの?

 と、その直後、

 ぴ り り り り

「わぁ!」

 また携帯電話が鳴いた。今度は悲鳴まであげてしまった。心臓が壊れそう。

 震える手でディスプレイを再確認。

 メールの受信。





日付  2010/06/09 23:31
差出人 You Love Books
件名  MAILより

■名前:
 如璃

■ホームページのURL
 http://**.****.**.**/*.***y=a_cure_land

■内容:



如璃です

カレンデュラの私選館について
調べてみた

でも
ちょっとキナ臭いんだ

どこを調べても
おなじ場所に41どりつく

岐阜県姉泉市神榁の恩田病院

なんかヤバいよ
イヤな予感が33

だって
実在する気配がないんだよ
カレンデュラなんて人

実在しないのに
ホムだけが存在し44

もちろ03
まだ噂のレベルだけど

だから
もうすこし調べてみる

わかったら
またメルする

トトっ42
気をつけて



――――
配信元
Abyss Media Works
東京都渋谷区渋谷x-xx-x

■お問い合わせ
http://xxxxx.xx/xxxxxxxx/xxxxxxxxx





 混乱。

 待って。整理させて。

 いや、ムリ。

 おかしい。あり得ない。

 もともとがあり得ないから、余計にあり得ない。あたしが普通の高校生だったらもっと気軽に悩めてるはずだし、だって、あたしだって普通だ。

 岐阜県?

 なに?

 姉泉市?

 あねいずみし?

 神榁?

 なんて読むの?

 恩田病院?

 病院?

 実在しない?

 誰が?

 カレンデュラが?

 カレンデュラが、実在しない?

 じゃあ

「ていうか」

 ところどころの文字が、

「文字化け……?」

 数字になってる。

 ホームページの運営などで絵文字を使用すると、媒体によっては時としてこういう現象が発生する。携帯電話の社種や機種によって使用できる絵文字の設定が異なっているから。ハートマークの絵文字が半角のクエスチョンマークに化けることもあり、でも確認手段に乏しく、化けていることに気づかないまま乱用している恐れがある。たとえ誠実な文章をしたためているつもりでも、第三者の目には小バカにした文章に見えることがあるから是非とも気をつけておきたいところ。

 でも、

「そんな初歩的なミスを、如璃が?」

 というか、メールで化けるもの?

 その点についてはあまり詳しくないのでなんとも言えない。

 かろうじて文章として成立しているからまだいいけど、なんか気味が悪い。

 如璃の思惑とは異なるが暗躍しているような気もした。

「まぁ……いいや」

 まだまだ調べると言っているのだから、ここは如璃に任せよう。プロに任せよう。デジタルのプロに。都市伝説のプロに。

 問題なのは、月乃さんのほうだ。

 こっちのほうが大問題。

 ウェブ仲間同士で実際に会うという話はたまに聞く。だからこそ「オフ会」という言葉が存在する。詐欺などの犯罪へと発展することもあると知っている。迂闊うかつに企画するべきではないという意見があることも知っている。

 ホム友のA子さんにお会いしてきました──そんなブログの報告をまったく見ないわけではなく、現実として、行われていることではあるのだろう。

 だけど、自分の身の上に置き換えることは難しかった。なにしろあたしは人見知りな性格であり、その原因もはっきりしてる。どうせまた意味不明なしらを切る女だと辟易へきえきされることを、あたし自身が恐れている。肩を叩かれただけで飛び退くような女と、誰が仲良くしたいものかと、あたし自身が強く思っている。

 現実世界では、あたしはつきあいづらい女。いや、筆マメでもないから、いずれの世界においても好まれるタイプではない。誰にどう思われているか、どう酷評されているのかなんて知れたものではない。

 だって、世界は偽りでできている。

 なのに、会う?

 会えるの?

 会えるものなの?

 会っていいの?

 携帯電話の時計を見る。

 23時40分。

 間違いなく時間の流れが早い。あたしを置き去りにして、時間が、普遍的な時間が、誰に対してもフェアであるはずの時間が、あたしだけを置き去りにして輝けるほうに流れていく。明日も笑ってていいんだよ、陽の昇らない明日なんてないんだよって、生産的に、あたし以外のすべての人々へと母性的に語りかけながら。

 そして、すべての人々はそれを優しさと受け止め、穏やかな枕と信じこんで眠る。夢というクッションページを経なければ、絶対に明日にはアクセスできないのに。

 あたしは、また見なければならない。

 悪夢を。

 あたしは、また越えなければならない。

 少女を。

 あたしは、また知らなければならない。

 死期を。

 もうイヤ。イヤなんだ。わかっていてもイヤなんだ。少女の登場からエレベーターの作動手順、そして寸劇のシナリオまで、すべての項目を把握した上でも、あたしはもうイヤなんだ。

 もう充分。お腹いっぱい。

 今日も、またナオどころではなかった。ホントは悪夢どころではないはずだった。ナオに夢中でいられるほうが普通だった。それが絶対的なリアルであるはずだった。たとえ牛歩であっても、ナオに寄り添い、触れて、積み重ねて、あたしを縛りつける忌々しい過去を克服できるよう、ちゃんと努力している日常のはずだった。

 本末転倒。

 だから会いたい。なんでもいい。別に有力情報を得られなくたっていい。共有ができればいい。同じ苦痛、同じ苦渋、同じ苦闘を味わう、もうひとりの同胞として。

 月乃さんに会いたい。

 会って、話をしたい。

 同じ東京都内の在住。もしや、これまでの人生で何度かニアミスをしたことがあるのかも知れない。例えば、ナオとのデートを、微妙な距離感の不思議なデートを、もしや垣間見られたことがあるのかも知れない。もしや、変なふたりだなと思われたことがあるのかも知れない。

 そう、会える。

 会おうと思えば会えるんだ。

 希望が湧いてきた。

 さっそく筆をる。これまでの亀レスがまるで狂言であるかのような速度だった。そして、これまでのレスポンスがどれほど謙虚で、控え目で、つまりどれほど偽りの姿を見せてきたのかとわかるほどの、切羽つまった内容だった。









月乃さん、こんばんは。

雨音です。

考えるもなにも、あたしのほうが会いたいです。今すぐにでも会いたいです。

これからまた眠らなくてはならないです。それを思うと、今すぐに会いたいです。

月乃さんのスケジュールで結構です、ぜひ会ってください。

お話だけで構いません。それ以上は望みません。時間の長さも問いません。

お願いします。

詳細のメールを待ってます。









 感きわまって泣きそうになったが、どうにかこらえ、心だけを切り取って認めた。

 私書箱へと、希望とともに投函。

 カーテンを向く。



だ ら ら ら ら ら ら ら ら 



 人間界のあらゆる業を浄化する勢いで、その実、憂鬱や重圧といったさらなる業を生み出しているとも知らずにスティックを振るう、暢気のんきな雨垂れ。

 人の気も知らないで。

 痛む準備をしている人はいない。必ずや安らかな明日を期待し、みな、眠りという安らぎの準備に臨んでいる。

 これをしくじると、辛い。

 辛いんだ。

 如璃からのメールなんてすっかりと忘れ去っていた。ただ一心不乱に、月乃さんの返事を期待するばかりだった。それこそ、まさか本当に岐阜県へと捜索・・に向かう夏が来るなんて、知るよしもないままに。





    31    
 




Nanase Nio




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