空美は静かにしていたい
起因の区分が完了すると、つぎに、こんな区分が姿をあらわす。
★ 活動霊 [ かつどうれい ]
★ 虜囚霊 [ りょしゅうれい ]
★ 怨吐霊 [ おんとれい ]
★ 呪詛霊 [ じゅそれい ]
★ 覚醒霊 [ かくせいれい ]
★ 昇華霊 [ しょうかれい ]
★ 浮浪霊 [ ふろうれい ]
活動霊とは、自覚を持って活動することのできる幽体のこと。虜囚霊とは、あの世に心を囚われて自失状態に陥っている幽体のこと。怨吐霊とは、起因にまつわる記憶をつぶやきつづける虜囚霊のこと。呪詛霊とは、幽体・生体を問わず、悪影響をおよぼす災厄的な呪言を唱えつづける怨吐霊のこと。覚醒霊とは、前後不覚の躁状態に陥っている超自我的な幽体のこと。昇華霊とは、なんらかの理由で成仏したものとして行政処理された幽体のこと。浮浪霊とは、事実上の虜囚霊予備軍ではあるものの、瀬戸際のところで活動霊と見なされている幽体を指す隠語。
詳しく説明しよう。
★ 活動霊
健常的に社会活動をすることのできる幽体。彼らには明確な自覚があり、意志があり、信念があり、他者とのつながりをもって自主的に思考しながら生活することができる。私やテトさんがここにあたる。
★ 虜囚霊
倫力をあの世に搾取され、完全に自我を喪失し、死んだ魚のような目となって1箇所に滞り、固まっている状態の幽体。特に実害はないものの、なにしろTPOも考えずにその場に居座りつづけるため、歩行の邪魔だと活動霊から疎まれることがある。
★ 怨吐霊
自分の死にまつわる心象をひとりごちる虜囚霊。彼らも実害はないものの、まるで推理小説のダイイングメッセージのように抽象的なツイートをつづけるため、虜囚霊よりも鬱陶しいと思っている活動霊は非常に多い。
★ 呪詛霊
幽体・生体を問わずに実害をもたらす幽体なので厄介だ。怨吐霊のアップグレード版といったところか。ときには生体に呪いをもたらし、ときには幽体の倫力を奪い、あるいはロストさせることもあるというのだからおそろしい。幸い、私は被害にあったことがない。
★ 覚醒霊
未解明な部分のほうが多い幽体だ。まだ私も出会ったことがない。巷の噂によると、まるで夢幻のなかをさまよっているようだったり、幼児化していたり、発狂していたりと、とにかく尋常ではない昂揚状態にあるのが特徴なのだとか。一説によると、積極的な興奮状態や多幸感のさなかに死ぬと、その感情のピークを継承したまま固まってしまうことがあるのだそう。ゆえに、躁で昂揚的で支離滅裂な状態なのだそう。それが幸福なことなのかどうかはわからないけれど、結果論、手に負えないことにかけては他の追随をゆるさない幽体として多くの活動霊たちから嫌われている。
★ 昇華霊
絶対に出会えない幽体だ。なぜならば「この世とは異なる世界に成仏したもの」として、行政処理された幽体を指すから。要するに、神隠しにあって蒸発した幽体の便宜的呼称。裏をかえせば、彼らと出会ってしまったら『昇華霊』という観念自体が矛盾となる。ひいては「絶対に出会えない幽体」という理屈になる。それで、行政判断の目安は、消息不明と認定されてから丸13年。これを経過すると行政処理が執行される。幽協の登録台帳から個人情報が抹消され、各種公共サービスを受けられなくなるなど、活動霊と見なしてもらえなくなる。さらに、万が一、消息が再確認された場合には、行政を混乱させたとして天文学的な刑罰があたえられる。重罪であり、罪名を『徳礎法違反罪』という。しかし奇妙なことに、この世の長い歴史において、昇華霊として行政認定された者が再確認されたことは1度もないのだという。ゆえに、いったいどこに成仏してしまったのか、その論争はあとを絶たず、また奇々怪々な都市伝説として活動霊の娯楽を満たしている側面もある。
奇々怪々といえば、声を大にして、ある理不尽な現象を紹介しなくてはならない。それが、
★ 虜囚霊・怨吐霊・呪詛霊・覚醒霊になってしまうと、もう2度と活動霊になれなくなる。
という現象。学術の世界では、これをアダムとエヴァの登場する『創世記』になぞらえて『アップルシンドローム』と呼ぶのだそう(創世記に登場する禁断の果実が林檎なのかどうかはまだ瞭然としていないんだけど)。ともかく、もはや自然の摂理と呼ぶにふさわしい、覆水の盆にかえらない、治療法の存在しない恐怖の現象だ。覚醒霊だけは常に先天性のものだけれど、あとの3幽体は後天的に変わってしまう場合があるので油断がならない。もともとは活動霊だったのに、一定の理由で虜囚霊や怨吐霊になってしまうと、もう永遠に復帰ができなくなる。未然に防いでいくことしか術がないんだ。
これは、私にも経験がある。
私のせいで、彼女は永遠に活動霊になれない。口を閉ざしたまま、永遠に動かない。もう、永遠に。
ちなみに、虜囚霊に変わってしまうことと、怨吐霊の訴えが関係者に届くこと──この2点にかぎり、確認後には必ず葬儀が執行される。これを『情戒の儀』と呼び、幽協の下請業である葬儀屋を中心にして執行、関係者がいれば彼らも加わる。
2週間前、私も参加した。すでに何度か参加しているけれど、前回がいちばんひどかった。案の定、式の途中で倫力が空っぽになりかけ、ついには失神、付き添いの万里さんに担がれて早引きした。葬儀屋の都鳥言人さんからは「前代未聞である」と眉をひそめられたらしい。
『いっそのこと葬儀屋にでもなって鍛えなおしてこいそのメンタル』
万里さんは笑い、横たわる私の背中を叩いた。すっかりまいっていた私は、危うく本気で受け止めそうになった。
閑話休題。
他にもまだまだ幽体の種類はあるらしい。でも個体数の少ない未知数な幽体であるため、未確認動物と同等のあつかいでしかない。例えば、
★ 超常霊 [ ちょうじょうれい ]
★ 怨霊 [ おんりょう ]
★ 秤霊 [ しょうりょう ]
★ 孤柩霊 [ こきゅうれい ]
★ 罔霊 [ もうりょう ]
★ 偶人霊 [ ぐうじんれい ]
★ 形骸霊 [ けいがいれい ]
★ 碑霊 [ えりいしのみたま ]
どれもピンとこない。いずれテトさんか九十九さんにでも尋ねてみるとしよう。
あと、浮浪霊と呼ばれる幽体もいる。
★ 浮浪霊
このカテゴリーは正式のものではない。公的には活動霊と見なされているけれど、虜囚霊となんら変わらない自失状態に陥っている幽体が増加していることから、近年、風説に乗じて拡散していった隠語だ。必ずしも虜囚霊に変わるわけではないのに、虜囚霊予備軍だと揶揄されもしている。確かに、歩いたり屈んだりといちおうの活動状態にはあるものの、なんだか抜け殻のように漫然とたたずんでいる活動霊は多い。
私は、かろうじて浮浪霊ではない。
明日のことや未来のことはわからない。ただ、幸いにも、幽体になった直後の私には訴えたいことや呪いたいことがなかった。それから、テトさんの乱暴な紹介のおかげで、現状、虜囚霊や浮浪霊に変わるような最悪の事態からもまぬかれている。とても幸運なことだと思うし、テトさんに対する感謝も強い。だって、さすがに永遠の抜け殻にはなりたくないもの。