栞

パニックのなれのはて
Vignette


Category : Diary
Update : 2015/02/04[Wed]22:00



 都内某所。警報機の鳴りはじめた電車の踏切。

 大通りに面している踏切ではなく、住宅地の一画に設けられてある踏切だ。なので、幅員が狭く、2人が交差するだけで目一杯。それに加え、出入口には車両止めの小さな鉄柵が立ちはだかっており、必然と横着な往来が赦されないようにもなっている。

 私の十数m先には、自転車をく白髪のおばあさん。そして、ちょうど踏切の入口へと彼女が到着した段になって警報機が鳴りはじめた。さらに、対向からは小走りに渡ってくる中年男性の姿が。こんな状況下でおばあさんが踏切を渡ることはさすがにあるまいと、後続の私は頭の片隅に予測していた。

 が。

 中年男性がこちら側へと渡りきるのを確認するや否や、出入口で待機していたおばあさん、のんびりと踏切内へ進入。

 嘘でしょ!?──にわかに動揺する私。

 なにしろ、老女の歩調である。当然のこと、対岸へとたどり着く遥かな手前で遮断バーがおりきってしまった。この時、私はまだ十数m後方。

 バーを持ちあげて強引に脱出するだろうかと一縷の希望的観測を立てるも、なるほど、自転車を脇に牽いているせいもあってか、その場に立ち止まってまごつくおばあさん。

 マジか。

 慌てて駆けていた私。緊急停止ボタンを押そうかどうかと迷うも、左右確認、およそ100m向こうに電車の顔を確認、まだ大丈夫、ボタンを押さず、バーをくぐって踏切内へと入りこむ。駆け足で線路を越えておばあさんの左横に並ぶ。強引にバーを持ちあげる。そして早口で「早く出て早く早く!」と彼女をうながす。しかしなぜかバーをくぐろうとしない。それどころかバーに左手を伸ばして協力体勢。完全にパニクってる。おかげさまで私もパニクる。手伝わなくていいからッ!

 白昼の出来事だ。人通りはない。先ほどの中年男性もきっと気づいてはいまい。

 しかたがない。左手でバーを持ちあげ、右手でサドルを掴む。おばあさんごと無理やりに踏切の外へと押し出そうと試みる。しかし、わしゃんと倒れる自転車。バーはいいから自転車のほうを持っててよぅ! さすがに四の五の言ってらんない。倒れた自転車を掴んで外に放り投げる。伊達に建設現場で鍛えちゃいない。で、できるだけ優しくおばあさんの背中を押して外へと誘導。私も脱出。間もなく、徐行で通過していく巨大な車体。

 心臓、バクバク。

 停止ボタン、押したほうが良かったか。

『線路内に人が立ち入ったためダイヤが乱れています』

 よくある電車のトラブルのひとつだが、タネを明かせばこういうこと。で、これがけっこう大問題。かれるか轢かれないかのリスクの他に、数万人の足に甚大な影響を及ぼすという目に見えないリスクもひそんでる。

 おばあさん。

 ここ、時間にうるさい日本だからさぁ。

 悪影響、出たと思うよ?

 上気する心を静めつつ、いかだのように平たくなっている自転車を起こして渡す。

 すると、軽く頭をさげ、微笑みのおばあさんはこう言って立ち去ったのである。

「この踏切って(閉まるの)早いのよね」

 のんき!




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Nanase Nio
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