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Category : I Think
Update : 2020/03/30[Mon]19:00



 散らかっている内容だが、今、思っていることを少々。



 当然のことなのか、ネガティブになるニュースが連なっている。視聴者やユーザに対し、マスコミ全体が、理論よりも先に感情のほうを消耗させる話題づくりをしている印象。色々と疲れる。だから私は、最近はテレビもネットニュースもほとんど見ていない。情報収入源といえば、せいぜい国営放送NHKの朝のニュース番組ぐらいか。

『コロナ疲れ』という言葉が飛び交っている。現実的で、しかし、とても曖昧な言葉。

 個人的な推測だが、コロナ疲れにやられている人は、コロナウイルスそのものに疲れているのではないと思う。厳密に言えば「ウイルスに係るマスコミや SNS のスタンスにいている」のではないか。

 なにしろ、なにかと批判が多く、苦言が多く、気持ちの吐露が多く、警鐘の名を借りた啓蒙が多い。時に悲観的で、時に命令形で、時に劇場型。ユーザ同士の言い争いもしばしば見受けられる。

 ただ、本当に批判を読みたいのか、本当に苦言を見たいのか、本当に啓蒙を知りたいのか、本当に命令を聞きたいのか、本当に言い争いを眺めていたいのか──となると、多くの場合は「No」なのではないか。得たいものは「現時点での正確な情報」なのではないか。

 配信者と受信者のここのところの不一致が、多くの国民をコロナ疲れへと誘引しているのではないかと私は思っている。

 こうなってくると、危惧すべきことが出てくる。

 仮に、コロナ疲れがピークに達し、多くの国民がマスコミ離れを起こしてしまった場合、例えば政府が緊急事態宣言を発したとしても、もしや「その宣言が国民にまったく届かない」という状態を招きはしまいか?──という危惧だ。

 実際、テレビを見なくなったという人は多いだろう。ネットニュースから、あるいは SNS から距離を置いているという人も多いかも知れない。あくまでも上辺の、耳障りのない話題だけを積極的に拾い読みしている、流し読みしているという人も。なぜなら「イヤなら見るな」という観念はとうに普及している。

 そうなると、いざ行政が緊急情報を発したところで、もはや誰の耳目にものぼらない。そもそもマスコミに触れていないのだから、そのメッセージは届かず、伝播でんぱしない。奇遇にも数日が経過してからようやく「初耳なんですけど」という人が出てくるのも想像に難くない。

 後の祭。

 詳しい部分までは知らないが、放送法の第6条の2には「放送事業者は、大規模な災害、その他の災害の発生を予防、またはその被害を軽減するため、役立つ放送を心掛けなくてはならない」というようなことが書かれてあるらしい。主にテレビやラジオを指しているのだとは思うが、それこそが放送というものの根幹であり、使命であると。

 人命や人権を守り、平和的恒久的に国を存続させるための法律であるのならば、もっともなことだと思う。

 さて、コロナ疲れを幇助ほうじょし、延いてはマスコミ離れを引き起こすということは、この、放送の根幹や使命にもとるのではないか? 災害を予防するためには、いざという時のことも視野に入れた上で、国民をなるべくマスメディアに近いところに置いておく必要があるのではないか? 現在のマスコミは、それができていない、あるいは不完全な状態なのではないか?

 素人考えだが、そう思ってしまう。

 じゃあ、コロナ関連のニュースを控えればいいのかと言えば、そういうわけではない。事実、例えば国営放送の朝のニュースはずっとコロナ関連のニュースを報じている。そして、特にストレスを感じない。疲れない。厭かない。なぜかといえば、私見や持論ではなく、ニュースを淡々と流しているから。

 とはいえ、国営放送も完全ではない。なにしろ敷居が高い。特に、若者にとっては取っつきにくい。若者の情報収入源は SNS がほとんどだろう。とはいえ、SNS も完全ではない。なにしろデマが多い。感情的で不安定な情報も多い。インフルエンサーと呼ばれる著名人の積極的な啓蒙活動、それに伴う主観的な共感作業、対する主観的な批判作業と相俟あいまって混沌としやすい。となると、若者からお年寄りまで、幅広く釘づけにするのはやはり民法のテレビ局だろうか──しかし、コメンテーターと呼ばれる著名人の批判や苦言が跋扈ばっこしている。欲しいのはソレじゃない。感情を刺激する持論はマッピラ。疲れる。イヤなら見るな。だから見ない。離れよう。そうこうしているうちに「政府が緊急事態宣言を発令しました」──しかし、届きません。伝わりません。だって見てないから。触れてないから。

 テレビもネットニュースも SNS も、玄人も素人も、国内外を問わず、放送や発信に関わる者は現在のスタンスを更新したほうがいいと思う。よろしくない状態に陥っていると感じる。

「イヤなら見るな」は、時に「臭いものに蓋をする」──人間の普遍的な心理だ。だから、できるだけコロナ疲れへと誘引しないよう、マスメディアから離れさせないよう、釘づけにしておくよう、そろそろ工夫してほしいと思う。不平等アンフェアさえも生む、ただ疲れるだけのじゃんけんを、一瞬にして釘づけの名勝負に変えてくれた、あの『最初はグー』のひと呼吸のような。





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Nanase Nio




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