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𝐂𝐚𝐭𝐞𝐠𝐨𝐫𝐲 : 𝐃𝐢𝐚𝐫𝐲
𝐔𝐩𝐝𝐚𝐭𝐞 : 𝟐𝟎𝟏𝟑/𝟏𝟐/𝟎𝟔[𝐅𝐫𝐢]𝟐𝟏:𝟑𝟎



 特に宛てもなく練馬区内を散策していた時のこと。

 1対の男女が目の前を歩いていた。ふたりとも10代後半〜20代前半ぐらいに見える。大学生ぐらい。どちらもカジュアルな後ろ姿。左が男で、右が女。

 最初、アベック (死語) かなと思った。だって、お互いの肩が数十pの距離にある。特別に緊張している雰囲気も感じなかったし、むしろ親しげな様子で、少なくとも会社の同僚とかいう関係性ではないだろうと推察した。

(あー、クリスマスも近いしねー)

「近い死ねー」ぐらいに思う。歩道は狭く、横並びのふたりを追い抜くことは難しく、しかもなかなか横道もあらわれず、図らずも彼らを尾行するカタチになってしまったせい。



   ☆



 私、38年間も生きてきて、これまで1度も恋人とクリスマスをすごしたことがない。お互いに忙しかったり、どちらかが忙しかったり、クリスマスの直前に別れたり、クリスマスがどうとかと言う前にそもそも恋人がいなかったり……ちょっと泣いてくる。

 ゆえに、もしも恋人ができたら?──と仮定するたびに私を著しく緊張させるのが、

『恋人とのクリスマスのすごし方』

 というモーレツな負け犬のテーマ。

 だって、わかんないじゃん。どうやってすごしたらいいのかがさっぱりわからない。

 プレゼント? とか? 用意しなきゃいけないの?

 みたいな。

 イルミネーション? とか? 見に行かなきゃいけないの?

 みたいな。

 で? どのように? 夜の営みへと発展させてんの?

 みたいな (嗚咽)。

 あぁもう考えただけでクソ怖い!

 みんなどうやってすごしてるんだろ……。

「フツーにすごしてるよ?」とかいう普遍性に富んだレスポンスがいちばん怖い38歳。

「縄で縛って鞭で打ってるよ?」ぐらいのレスポンスにフツーを感じる38歳。

 プラトニック? 滅べ人類!

 こういう時だけ年齢詐称で大学生とか言いたくなる。学生さん?──などといまだに聞かれる顔なんでねーヘッヘー。

 まぁ、詐称する必要はない。今年もどうせひとりなのだし。どうせ私なんておひとりさまだし。どうせ私なんて私なんてだし。



   ☆



(なんの前触れもなく骨折しちまえ若僧どもが……!)

 みっしりと怨念の籠るまなざしで、件の男女、その背中を交互に睨めつける。

 が、しばらく睨んでいて気づく。なんだか様子が……女のほうの様子がおかしい。

 街路樹を避けたり対向の自転車を避けたりするたび、左の男との距離が縮まるわけだが、そのたびに、ちくいち、彼女の左手が緊張の弛緩に揺れ動くのだ。

 彼の右手に触れそうになると彼女の左の掌が緩み、今にも取りにいきそうになる。目にも明らかに、手をつなぎにいこうとする掌になる。

 両者の視線は、ともに前を向いている。顔を見合わせたりすることはない。なにしろ歩道は狭く、そこそこ人通りもあるのだから思うような余所見はできない。だからと言ってまったく見合わせないのもちょっと違和感で、要するに、逆に初々しく見えてしまうほどにふたりとも前を向いている。

 それで、彼女の左手だけが延々と緊張の弛緩を──もはや初々しさをも超越した、なんとも異様な感じを露呈している。

 彼との距離が縮まれば、まるで磁石に引かれるように手を取りにいこうとする。が、手が結ばれることはなく、わずか数oの距離を残してぶらぶらと虚しく揺れる。あたかも、もう少しのところで磁石の極が逆転したかのよう。で、そうこうしているうちにまた距離は離れ、後ろ髪を引かれているかのような惰性的なタイムラグを置いて左手は自身の太ももへとおりる。

 しかし、彼の右手はずっとグー。たぶん、何度かは皮膚と皮膚が微かに触れたはずなのだが、落ち着きもなく弛緩を繰りかえす彼女の左手とは裏腹に、彼の右手は頑ななほど拳骨を保ったまま。

 なんだか、手をつなぐのを拒否しているように見える。あるいは、絶対に友達以上の一線は越えませんよ──そんな、静かな意思表示にも見える。

 手をつなごうとする彼女、と、拳骨のガードを崩さない彼。

 ……焦れったい。

 私の気のせいではないはず。十中八九の人が同様の判断をすると思う。誰の目にも明らかな駆け引きであると。

 そんな、明らかでありつつも密やかでもある駆け引きが、およそ15分ほど続いた(結局、尾行した)。

 彼は、拳骨を解かなかった。

 何度かあったチャンス──あと1oのチャンスをことごとく逸した彼女も、とうとう、諦めたように左手の緊張感を解いた。これ以降、あれだけ如実だった磁石の引きを演じることはなく、虚しさを握り潰すような拳骨へとフォルムを変えてしまった。

 最初から最後まで、彼女の左手以外は、どこにでもあるような光景だった。やや初々しさはあるものの、友達の関係であれ恋人の関係であれ、ノーマルでカジュアルでカインドネスな、よくある男女間の光景だった。

 彼女の左手だけが、異様だった。諦め、もう2度と取りにいかなくなった拳骨さえも、釘づけの私の目には異様なものに見えた。

(拾ってあげればいいのに……)



   ☆



 夜にまぎれ、素性の知れない初対面の異性と手をつないだのは高校2年生の夏祭りだったか。恋人とふたりきりで会うのを躊躇した初心うぶな友人の応援要員として、お互いに召集された間柄だった。が、当の友人たちを放ったらかしにして意気投合、難なく手をつないでた。

 私にしてみれば、つきあうだのつきあわないだの、そんなちっちゃい希望的観測なんて二の次だった。別に遊びの関係でよかったし、相手も悪い人じゃなかったし、だから、つなぎたいと思うままにつないだし、相手も自然と乗ってきたし。

 相手は期待してたかも?

 そうかも。でも私にはわからない。第三者の気持ちは。言葉にして届けてもらわなくては。

 少なくとも、若い私は、今さえよければそれでよかった。

 もちろん、避妊がどうのこうのとか、リスキなタラレバの明日を想定すれば、そりゃ、良くはないんだけど。でも、そんなのは経験者おとなからの良心的な教育であればいい。断じて若僧が自己発信する啓蒙じゃない。

 明日を憂える若僧なんて、気味が悪い。

 今さえよければそれでいい。自分さえよければそれでいい。自分が可愛くてしょうがない。自分を甘やかしたくてしょうがない──私の思う若僧とはそういうもの。

 無知で無関心で無遠慮──だからこそ教育が成り立つ。逆説的に言えば、若僧ごときが自発的に明日を考えて、想定して、検閲して、対策して、唱和するような社会なんてすでに破綻しているに等しい。し、事実、そんな現実は存在しない。見当たらない。

 若僧はでいい。ぎっしりとで埋め尽くされている若僧なんて薄気味悪い(渋谷や原宿のギャルが最も若僧らしいと私は思っている)。



   ☆



(拾ってあげればいいのにこのタンドリーチキン野郎が!)

 相手の気持ちも考えずにフツーに手をつないでいた若かりし自分のことは棚にあげるが(だって私は自分が可愛い)、若僧ごときが大人対応しよってからに!──鉄壁のガードを崩さない彼に苛立ちをおぼえた。

 が、逆に考えれば、若僧だからこそ彼は拒否したのかも知れないと思ったりもした。面倒な関係になるのがマッピラゴメンだから、自分のことが可愛くてしょうがないから──と。

 好みのタイプじゃなかったんだろうか。

 自慰もしないような対象なんだろうか。

 私にはごまんといるけど、そんな対象。

 マニアックなプレイとかだいぶしてる。

 コスプレ? 飽きたよーコスプレなんてー。

 SM? さいきんちょっとマンネリかなー。

 ……ぜんぶ妄想の話。

 あぁイライラしてきた。

 手をつないでこようとする子がいるだけマシじゃんよー。つないでやれよー。拾ってやれよー。

 もうすでに恋人がいるのかも知れないって?

 はぁ? 知らんわそんなん。

 2股の修羅場になって人類ごと滅べばいい!




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Nanase Nio
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