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Category : Diary
Update : 2017/11/20[Mon]20:00



 拱手傍観きょうしゅぼうかんしていた私も私だが。



 ある日の昼下がり。

 昼食を取りに仕事場近くの和食屋へと入った。小ざっぱりとした内装のチェーン店で、やはり小ざっぱりとしたユニフォーム姿の中年女性従業員たちが右に左にと大童おおわらわ。胸突き八丁、まさに絵に描いたような繁忙の頃。

 とはいえ、賑々しい繁華街の和食屋でなく、わりかし閑静な住宅地の一角に建っているもので、繁忙は繁忙ながらも特に待たされることなく席へと通された。この調子ならば、転た寝をするぐらいの時間的余裕はあるだろう(私は食後も間もなくに仕事を再開するのが嫌い)。

 席に着き、注文を済ませる。と、ちょうどその時、隣の席へと新たな客が通された。30代前半ぐらいの、全身にパリッとしたスーツをまとう、誰が見てもそうとわかる男性ビジネスマン。ノートパソコン大の黒い鞄を持参しており、もしや営業マンだろうか。

 しかしこの男性、店員に注文をつけるや否や、鞄を抱えて席を外してしまった。急ぐわけでもなく、のんびりとした歩調で出入口方面へと消えてしまう。テーブルの上に残されたのは、いまだにもうもうと湯気の立つ日本茶のみ。

 特に気にするような光景ではなかったが、頭の片隅に、トイレかな?──とは思った。確か、出入口の脇にトイレがしつらえてあったっけ。なるほど、よくある光景だ。特に気にすることではない。

 が。

「店員さん店員さん」

 ビジネスマンの、さらに隣の席に座っていた男性が、おもむろに店員を呼びつけた。60代か、70代か、とにかく白髪の老人である。すぐさま、追加注文?──とでも思ったか、笑顔を固めたままに駆け寄る女性店員。

「今、ここに座ってた人ね……

 にこやかな顔でビジネスマンの席を指さす老人。

「キャンセルかも知れないよ?」
「え?」
(え?)

 思わずいぶかる店員……と私。

 老人はつづける。

「今ね。手荷物を持って席を離れていったからね。もしかしたら、食べずに店を出ていっちゃったかもね」

 そして彼もまた、伝票とステッキを手にして席を立つ。立っている間にも、

「鞄を持っていったからね。普通、トイレだったら、荷物は持っていかないじゃない? 席を取られないように、荷物は置いていくものじゃない? でもあの人、荷物を持っていったからね。たぶんキャンセルなんじゃないかなぁ」

 熱弁。

……

 にわかに慌てる女性店員。老人の会計を若手に託すと、電話をかけに席を外したと推理したか、ひとまず店の外へと出て駐車場のあたりを確認。しかし、これと言った姿が見られなかったのか、きびすを返し、ふたたびビジネスマンの席へと戻る。とはいえ、まだ彼は戻っていない。まいったなぁ──という表情を見せるも、彼女、意を決したかのように一直線に出入口のほうへと向かっていった。

……

 窓の外、午後の白陽を浴びながら意気揚々と帰路につく老人の姿が。

……

 案の定、数分も経たないうちに戻ってくるビジネスマン。お騒がせしましたとでも言いたげな恐縮の表情。どうやら、やはりトイレだった模様。

……

 席を取られないように荷物を置いていくのが普通──とされる日本。なるほど、それもよくある光景だ。しかし、これが他国となれば、荷物を盗られないように持っていくのが普通──となるだろう。

 なによりだ。

 日本が平和でなによりだ──と、理屈の上ではそういう感想になる。

 が、

……

 なんだろう……このパラドクスな感じ。





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Nanase Nio




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