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Category : Review
Update : 2015/06/08[Mon]04:00







原作:綱本将也
作画:結布  
ゆかりちゃん
集英社 / JUMP COMICS +




 1巻のみの読切漫画。

 とある事情のため、父親との2人暮らしをはじめたばかりの高校生、ゆかり。家庭を支えようと一念発起、料理にトライするも失敗だらけ。そんな彼女はある日、自分と同じ名前のフリカケと出会う──三島食品株式会社が世に送る『三島のゆかり』と。

 思わず購入、失敗を補うためにこれを父親へと振る舞うゆかりだったが、父親はなぜか複雑な顔。実は、父親にとっても『三島のゆかり』は特別な存在だった。

 下町は浅草を舞台に、ちょっと天然なゆかりと、かなり涙もろい父親を中心にして、幼馴染みの縁太郎、お節介な煙草屋のおばちゃん、気の強いかおり、のり弁の好きな寺尾──様々な人間がほのぼのと交わる、落ち着いたヒューマン漫画(ゆかりレシピも掲載)。



 幼い頃には口にしていたが、大人になってからはめっきり口にしなくなったと気づく──『三島のゆかり』をだ。

 どんな味だったのかも思い出せないが、派手な味ではなかったような気がする。むしろ地味な味だった。主役である白飯の旨味を損なわせることのない、あくまでも脇役に徹するような味だった。そういう健気な印象が頭の片隅にこびりついている。

 なにせフリカケだ。自己主張しては本末転倒、常に引き立て役でなくてはならず、口にしなくなってウン十年の私が、ゆえに味の詳細を憶えていないのも当然と言えば当然。

 というか、存在自体も忘れていた。

 この物語に登場する『三島のゆかり』も脇役だ。自己主張することなく、物語にそっと溶けこんでおり、主人公のゆかりや父親の引き立て役に徹している。いわば、キャラクタが白飯であり、彼らの感情が旨味であり、その旨味を引き出すための調味料として、物語という食卓の上に、1袋だけ、そっと置かれてある。

 なるほど、視点を変えれば『三島のゆかり』は手抜きアイテムだ。これ1袋で味覚を満たす大発明なのだし、人間を怠惰にさせるアイテムと見ることもできる。しかしもう一方では、料理初心者を上達へと導いてくれるベーシックアイテムとも見て取れる。お決まりのマニュアルは存在しないわけで、白飯にふりかける以外にも用途はあり、工夫次第で用途の数も無限の広がりを見せる。料理初心者の取っかかりとしては、非常に優秀なアイテムと言えるだろう。

 ゆかりも『三島のゆかり』を上手に活用している。父親との2人暮らしを余儀なくされている現状で、父親は仕事に忙しく、彼女は否応なく料理にトライすることとなっている。もともと母親が料理上手で、ゆかりはこれまで母親の腕に甘えてきた、そのツケが回ってきたというわけで、要するに料理初心者。そんな彼女を上達へと導かせる存在として、同名である『三島のゆかり』が活きてくる。この存在を入口にし、ゆかりは料理の楽しさを学んでいく。それだけではない、愛情や郷愁やお節介さえも学んでいく。平坦な道程みちのりではなく、失敗も多いが、着々と学んでいく。

 ゆかりだけではない。もう1人の主役である彼女の父親も『三島のゆかり』を通して心の喪失を埋めていく。時にゆかりの「いなり寿司+ゆかり」に涙し、時にバーのマスターの「ソルティドック+ゆかり」に涙し、時に自らの腕をふるって「ペヤング+ゆかり」を振る舞い、そして涙したりしている。実によく泣く男だが、その姿に違和感はなく、読者は彼の感傷に同情を寄り添わせることとなるだろう。おとうさんであろうとする彼にではなく、おとうさんをがんばろうとする彼に。それもこれも、物語にそっと存在している『三島のゆかり』の為せるワザだろう。

 浅草という舞台にも『三島のゆかり』は溶けこんでいる。昔ながらの下町の情緒の中に、この地味な味わいが存在感を発揮している。なんとも下町の似合う存在だ。浅草のお節介な人たちを、お節介の良さを壊すことなく、むしろ読者をほっこりとさせるためのスパイスとしてくれている。他の調味料ではこうはいかない。引き立て役ではあるが、伝統的な黒子のような存在。安定感があり、ゆえにキャラクタの誰1人としてブレさせない存在。いては、読者を安心させる存在。

 つまるところは『三島のゆかり』に着目した原作者の勝ちだ。もっと言えば、浅草を舞台に選び、ああいう家庭環境やああいう諸事情を構成、その中に『三島のゆかり』を溶けこませた原作者の勝利だ。スペクタクルな展開はなく、サスペンス要素もなく、始終、ほっこりとしたヒューマンドラマのままではあるが、不思議なぐらいに退屈さがない。出だしで「私の苦手な感傷的な物語なのかな?」と後込しりごみさせはしたものの、それは杞憂に終わった。ゆかりの天然さと美味しそうな食べっぷりも相俟あいまって、お涙ちょうだいモノとは明らかな一線を画している。むしろ、さっぱりとしていて、堂々としていて──そういう構成にしたこともまた「勝因」と言えるのではないだろうか。

 絵もよい。私の好み。なにはともあれ、食事を頬張るゆかりの顔が最高だ。読んでいるこちらも美味しい気持ちになる。あんなに美味しそうな姿を描ける漫画家の「勝ち」とも言えるのかも知れない。派手派手しい演出はないものの、経験値のある安定した漫画家であることがわかる。

 たいへんに面白かった。近年、稀に見るほどの佳作だと思った。よく炊けた白飯に『三島のゆかり』が美味しく乗っている。原作者と漫画家、ともに料理上手だというイメージ──「上手いなぁ」というよりも「美味いなぁ」というイメージか。あえて欲を言うなら、あと少しだけレシピ(章)が多くても良かったかな。それから、最後の1コマに添えられる料理が、寿司ではなく、やはり「ゆかりレシピ」のほうが良かった。それでも、末永く小腹を満たしてくれる贅沢ぜいたくな漫画に思う。だってほら、小腹を満たすって贅沢でしょ?

 あと、購入された方は表紙のカバーを外してみるといい。カバー下に隠される絵の、なんとまぁ美味しいことか!





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Nanase Nio




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