栞

浦島太郎 〜 2nd Season
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Category : Playhouse
Update : 2014/03/17Mon00:30



 あくまでも趣味だが、物語や随想エッセーまがいの文章を書いている。さらには恥ずかしげもなく公開し、しかし匿名なので決定的に恥ずかしい思いをすることはない。私が幼少のころには考えられないことが起きている。良い時代。

 物語の内容にもよるけれど、都市伝説とのおつきあいが避けられない場合もある。ネタのためにその手の本を読んだり、その手のサイトを調べたりするようなプライベートが私にはある。なんとも色気のない話だが、もともと都市伝説に関心があるため、なかなかどうして楽しい作業ではある。

 もはや無限に存在すると言っても過言ではない都市伝説、むろんのことピンからキリまであり、バイラルマーケティングが云々とかいう専門的なことを考えはじめたら娯楽性も半減することウケアイなのだが、元来、都市伝説とは「自分の周りにも不可思議なことが存在してほしいという一縷の欲望が物語性を帯びたもの」であり、私は、逸話のクオリティが面白いかどうかではなく、そういうジメジメとしている人間の欲望そのもののほうを面白いと捉えている。

 そんな中、強く心を惹かれる都市伝説に出会うこともある。人間の欲望という基本通念にかぎらず、物語の構造としても面白いと思える話に。

 そのひとつに、あの『浦島太郎』には実は続きがあった──というものがある。

『浦島太郎』

 苛められている亀を助け、お礼にと竜宮城へ招かれ、最終的にはお爺さんになってしまうという、あの、憐れなる青年の物語。

 目の前の快楽に浸るあまりに好奇心のたがが外れてしまった因果応報の訓話であると言われていたり、海の物語であるはずなのになぜか長野県木曽郡で玉手箱を開けたという逸話があったり、あとは「ウラシマ効果」という物理学的な名称まで生み出したりするものの、いまだ実体が掴めず、議論を深めたままにしているという摩訶不思議な物語。ある意味では都市伝説の先駆けと言っても過言ではない物語だけれど、なにしろ『日本書紀』まで遡るわけだし、史学的にも珍重される国宝級ヘヴィな物語であることに違いない。とはいえ、内容のスジを著しく捩じ曲げないかぎりは、いくらでもアレンジすることのできる懐の深い物語とも考えられる。

 さて。

 今回はその、都市伝説「浦島太郎の続編」に、私なりの脚色を加えてみた。

 相変わらずの長文だけれど悪しからず。



   ☆



 浦島太郎 〜 2nd Season
 原作:詠み人しらず
 脚色:私



 玉手箱の白い煙に包まれ、お爺さんとなってしまった浦島太郎。

「亀を助けて良いことをしたというのに、どうして俺がこんな目に……!」

 騙されたように思え、彼は、あの亀のことが無性に腹立たしく思えました。しかし、もうどうすることもできません。こんな情けない姿、仲の良かった村の者たちにも見せられず、だから誰とも会えず、話すこともできず、ただただ泣き寝入りする夜が続きます。

 そんなある日、浦島はとある噂を耳にしました。裏山を越えたさらに奥深く、人の住まわない辺疆へんきょうの地にあるという、泉の噂。

『その泉を「若返りの泉」と言うそうで、湧き出る水を飲めば飲むほどに、どんどん若返っていくのだそうだ』

『しかしだね、それだけすごい泉なら、もっと有名になっていても可笑しくないだろう。そんな話は初耳だぜ?』

『いや、それがさ、若返る必要のある人にしか効果があらわれないのだそうだ。たいていの人にはただの水でしかなくて、だから耳目にのぼることもなかった──と』

『若返る必要ねぇ。もう40になる俺には、じゃあ、若返る必要はあるのかい?』

『残念だが、普通に生きて普通に歳を取っていたら、必要とは見做されないらしい』

『なぁんだ。糠喜びさせやがって』

『だから、無名の泉なんだよ』

 浦島は、自分こそ泉に相応しい人間だと喜びました。この老いた姿は自然な姿ではなく、玉手箱の不可思議によって変えられてしまった偽りの姿なのですから。

「俺には、必要がある!」

 決意しました。自ら積極的に歩き回り、奇妙な老人さえも演じながら噂を掻き集め、煮詰め、泉のおよその位置を割り出します。そしてなけなしの食料を背負うと、裏山を目指して歩きはじめたのです。

 老いた肉体に、たかが山を越えることの、なんと堪えることでしょう。身体中の関節が悲鳴をあげ、息が切れて顎があがります。あの亀を助ける前の青年時代には、まさかこんな苦労なんて考えられないことでした。

 挫けそうになりながらも、だからこそ浦島は、あの亀への怨みを力に変えて山をのぼりました。そして頂上を迎え、のぼるよりも苦しい下山を果たすと、噂話に従い、猪と鹿しか歩かない奇妙な獣道をたどって樹海を越え、藤の幹だけで自然とつくられた奇妙な吊り橋を渡り、それから、彼岸花の敷きつめられる奇妙な森を、どこからともなく聞こえてくる鶴の鳴き声を頼りに突き進みました。

 そう、彼岸花の群れに隠れるようにして、若返りの泉はあったのです。

 大きさはわずか1畳ほどでしょうか、池と呼ぶにはあまりにも小さな泉。

「問題なのは本当に若返るのかどうかなのだが……それにしても、あの者たちは誰だ?」

 飲んでみなくてはわからない泉の効果。しかし初めに浦島の疑問に引っかかったものは、泉の縁で、まるで肩を並べるようにしてひざまずいている4人の老人の姿でした。

 浦島と同様、4人とも、過酷な旅に汚れでもしたかのような、草臥れたボロ布をまとっています。ある者の袖は破れ、またある者の左足は裸足でした。

 浦島は、恐る恐るに泉へと近づきます。

 すると、

「やぁ、君もそうか?」

 禿頭とくとうの老人が、いち早く浦島に気づいて声をかけてきました。理知的な面立ちではありますが、見開かれた瞳だけが鋭く輝いていて、なんだか不気味な印象です。

「君も……とは?」

 怖々おずおずと尋ねると、彼は、こう言いました。

「俺たちは、あの亀に騙された被害者だよ」

「亀って、あ、あの亀か!?」

 浦島が愕然とすると、彼はさらに眼光をたぎらせ、言葉を吐き捨てました。

「ああ、竜宮城の遣いであるあの亀のことさ。せっかく善意で助けてあげたというのに、恩返しがこの頭だったとはな!」

 禿げた頭をぺちんと叩くと、今度は破れた袖の老人が続きます。

「持てなすだけ持てなしておいてだよ、あの玉手箱を渡す時の亀の顔ときたら、あれは完全に人を見くだす顔だった」

 語尾を遮るようにして裸足の男も、

「そりゃあ、見抜けなかった俺も俺だがね? でも、あんなにも別世界の持てなしを受けた直後だったんだから、見抜けないのはしかたがないだろうよ。しかし今から考えてみたら、確かに、あの時の亀の顔は悪巧みをする顔だったな」

 すると、最初の老人とは対照的な、長いザンバラ髪に長い髭を蓄えている老人が言いました。

「君も、そうなのだろう? その姿を見ればわかるさ。善意を裏切られ、絶望に喘ぐ中、ようやく希望を手にしてここまでやってきた烈士の姿だ」

 そして、4人は口を揃えました。

「君も、そうなのだろう?」

 きぇん──姿なき鶴までもが口を揃えます。

 鼓舞され、まさにそのとおりだと、浦島は亀に対する怨みを募らせます。自然と両の拳は固められ、唇がわなわなと震え、強い吐き気さえももよおすのです。

 その刹那、こふっ──咳が出ました。

 青年時代には出るはずもなかった、空気の多く混じる、なんとも醜い咳でした。もはやわずかもないだろう、生命の終焉を兆す絶望の咳でした。しかし、実際の浦島は、まだ栄えある未来の待っている青年だったはず。

 こんな残酷な仕打ちがありましょうか?

「ああ、そうとも」

 禿頭の老人の左側に並ぶと、

「あの亀の思う壺にはならない」

 浦島もまた、ひざまずきました。

 そして、

「俺たちもさっき到着したばかり。これにて、一蓮托生」

 ザンバラ男の言葉を嚆矢こうしにして、5人はいっせいに泉へと頭を垂れました。

 なんと……なんと美味しい水なのでしょう。もしや竜宮城で振る舞われたどんな酒をも遥かに凌駕する、心を酔わせる味でした。だからか、浦島は夢中になって掌にすくい、掌では足りず、じかに口をつけて飲んだのです。

 そうして5分が経ち、10分が経ち、浦島は、とうとう飲むことに疲れてしまいました。ただでさえ老体に鞭を打つような姿勢を取っていたのです。眉間に険しくし、お腹を押さえ、いったん腰を正してから胡座を掻きました。それから、自分の掌をしげしげと見つめると、

「皺が……減っている!」

 まるで森のように密にして刻まれていた掌の甲の皺が、目に見えて減っているのです。痩せ細っていた腕の筋肉も太みがかり、その皮膚には光沢さえも宿っているのです。

 驚きました。

「なぁ、どうかな、俺は若返って……え?」

 興奮のあまり鼻息を荒くして隣に尋ね、その直後、浦島は言葉を失ってしまいました。

 隣の老人、あれほどつるつると輝いていた禿頭に、ほんのわずかですが、産毛が生えていたのです。

「け、けけ、毛ッ!」

 若返る、この泉は若返る、正しかった、この泉はまこと「若返りの泉」だった──興奮の早鐘を増させると、試しに浦島は、水面に自分の顔を映してみました。しかし、燦々と降り注いでいる白陽の影となり、黒々と霞むだけの顔。効果のほどが知れません。

 いいや、確かに若返っている──自分に言い聞かせ、浦島は再び泉に口をつけました。思いの他に腰痛の回復も早いようです。しめたものだと確信を抱き、勝機を見出し、すっかりと我を忘れ、飲むことに没頭しました。

 亀よ、見ていろ。おまえの思いどおりにはならないということを思い知らせてやる。目にモノを見せてやる。ひと泡もふた泡も噴かせてやる。天地を引っくり返してやる!

 怨みに怨みを重ね、こうして浦島は……いや、浦島たちの5人は、ついに、泉の水を、飲みすぎてしまいました。



 およそ1週間後。

 ある青年が、釣竿と魚籠びくをさげて村の浜辺を訪れると、遠くのほうから、なにやら騒ぎの音が聞こえてきます。

 音のするほうに目を凝らすと、

「あれは、亀、か?」

 大きな海亀のようです。そして、5人の小さな少年が取り囲み、囃し立て、甲羅を足蹴にし、飛礫つぶてを浴びせ、棒で叩き、あまつさえ引っくり返そうとまでしています。

 なにもできず、されるがままの亀。

小童こわっぱどもがぁ……!」

 たちまち、青年は怒りを露にして駆け出しました。そして大声で叫びます。

「こらぁ、亀を苛めるのはやめろッ!!」

 彼の名を、浦島太郎と言いました。



   ☆



 あとがき



 都市伝説にまぎれている物語である以上、歴史的な口碑伝承には基づいていない、単なるエンタテインメントである可能性は高いだろうか。続編と言うよりは後日談に近い構成で、まったく新たなアイテム「若返りの泉」が出てきたことによる裏技チート感は否めないものの、全体的な構造としては面白いほうだと思う(泉までの道のりの描写など、細かい点は完全に私の脚色だけれど)。

 螺旋のループ(螺旋である以上はループすることがないのだが)を私はイメージした。似てはいるがまったく異なる世界、いわゆる並行世界パラレルワールドが次々と目の前にあらわれるイメージ──進行しつつも逆行している状態が延々とループしているイメージだ。

 こういう話、私は好き。

 ちなみに、因果応報とかいう啓蒙については、私にはまったく興味がない。ので、そういう要素テイストが欲しい人は自力で再構築したまへ。




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Nanase Nio
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