ブルーインパルス
Vignette
Category : Diary
Update : 2014/06/05[Thu]21:00
先日の夕方のこと。
練馬の空をブルーインパルスが翔んだ。
民家や雑居ビルの隙間にあますことなく滲むような、土石流をも思わせる液体的な轟音が響いたので仰いでみれば、乳白色の長い尾を棚引かせる数機の飛行編隊が今、頭上を通過したところだった。
白い尾。
普通の飛行機が吐き出す尾とは、比較にならないぐらいに太い尾。それが幾本も、美しい平行を描いて青空に棚引き、練馬の空を分断し、しかし、みるみると霞になり、泡のように遠慮なく消えてしまった。
国立競技場が、その長い歴史に終止符を打つのだったか。東京五輪に向けた建替のため、ひとまずの閉幕となるのだったか。ひとまず最後の
贐
はなむけ
にと、ブルーインパルスの航空ショーが催されるのだったか。
ニュースでやっていたのを思い出す。
でも、なぜ練馬に?
私の仰いだ場所は石神井のあたりだから西も西。一方の国立競技場──国立霞ケ丘陸上競技場は新宿区霞ケ丘。飛行ルートにしてはずいぶん離れている。
自衛隊基地への帰投中だった?
でも、ブルーインパルスのメインベースは宮城県の松島基地のはず。帰路という要素だけで考えたら、方角がまったく違う。
最寄りの基地で給油をするために練馬の上空を翔んだ可能性はあるのか。西東京市方面に消えていったが、あっちの方角には確かに基地があったと思う。
「カッコイイわねぇ」
あまりに一瞬の出来事、住宅地の一角で唖然として仰いでいる私に声がかかった。見れば、純白の民家の軒先で花に水やりをしている初老の女性。
「なんの音かと思ったら
……
」
彼女もまた上手に言葉を紡げない様子。放心して仰ぐばかり。
「そう、スね」
感動をシェアした瞬間に感動でなくなる、ひとり占めの大好きな私がよもや会話を継ぐはずもない。黙ってその場を離れた(そんなモンだ)。
しかし、もしも飛行ルートでなく、また尾を引かせることがベースマニュアルには書かれていないのだとすれば、仮に訓練の一環だったとしても
粋
いき
な計らいに思う。航空業界の花形の勇姿などそうそう簡単に見られるものではないし、事実、アローの編隊を整然と保つ技術と、視線を奪う尾の束は実に美事なものだった。
素敵なものを見せてもらった。
それにしても。
その後、間もなくにすれ違った高校生たち(近所に高校がある)が特に騒ぐようなことをしていない。慌てもせず、ましてや
見蕩
みと
れもしていない。ごく普通の光景と出会うだけ。
なんか不自然だった。
国立競技場の暫定閉幕と伴うイベントを知らないのだとすれば、あれほどの特異な状況だ、なおさら緊急事態をイメージして不安然と仰いでいてもおかしくない。でも、誰ひとりとして空を見ず、仲間たちと肩を並べてスマホに目を落とすばかり。不安な顔や怪訝な顔もなければ感動の顔もない。誰もが明らかに
気づかなかった顔
で、自分たちの
狭隘
きょうあい
な陣地を守るという、ごく日常的なやり取りに没頭するばかり。
私が言うのもなんだが。
あのうちの何人が後の東京五輪を支え、国際社会の一員を唱えるつもりでいるんだろう。環境の変化に五感を澄まさず、気づかないまま看過できてしまう人間が、いったいなにを気づかい、誰を持てなすつもりでいるんだろう。
恥をかくのはどうぞご自由に。でも、私まで一員と
見做
みな
されるのはマッピラだわ。
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Nanase Nio
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