栞

孤食ロボット@
Vignette


Category : Review
Update : 2014/11/28[Fri]03:00



 人類の手に負いがたいことをして介助、助勢してくれる工学的システムのことを「ロボット」という。ちなみに、ロボットシステムが支配的に人体へと組みこまれた状態を「サイボーグ」と呼び、また、人型ロボットのことを「アンドロイド」と呼ぶ(美術評論家の山田五郎が曰く)。

 さて。では、ロボットになにをさせたら良いのだろうか?

 人にとって、それが大きな課題であることは言うまでもない。なにしろ、人は千差万別だから。ひとつの事柄に関し、人によって「できる⇔できない」がまちまちである以上、人にできないことを探し出すことのほうが至難である。また、仮に現在はできなくとも、将来には可能となるケースもあるだろう。そうなると「人類に不可能なし!」というブリリアントな希望も大いに芽生えるところだが、しかしながら現実論、必ず肉体や精神に不便を負う者はいる。さすがに1から10のすべてを可能と期待するのは酷というもの。助けは要る。それに、至難に迷っていたら遅かれ早かれロボット工学者たちが路頭に迷う。工学の衰退さえも懸念される。人類の叡智は常に鍛えつづけられなくてはならない。

 つまるところ、課題がすぐに満たされるに越したことはない。そのためには瞬発力や速決力が必要であり、即時に見積もりを叩き出せる経済的な情報処理能力も必要だ(なにしろロボットはタダではない)。

 が、人類は完全ではない。ミスぐらいはする。さすれば、必然、そこに人類特有のトラジック&コミックが期待視されるようになる。

 アートには持ってこいのマテリアルだ。

 ひとりの人間を守るために造られたのが『ターミネーター』だったか。シュワさんの演じたヤツ。アンドロイドに属するロボットだが、アレはコナー君にできないことを見越した上で造られたもの。万人に必要とされるロボットではなかった。

『ガンダム』にしても、万人に必要なものとは言いがたい。なにせ主人公のアムロ氏でさえもずいぶんと懊悩した。邪険にもあつかった。もしも必要なものであるのならば、もっと好意的に受け入れられていたはず。

『ファイブスター物語』に至っては、巨大ロボットが完璧に神機じんきと化している。ほぼ召喚獣であり、宗教的。

 結局、どの映画界やアニメ界を見渡してみても、やっぱりロボットは立場に苦心する存在なのだろう。一方にとっては快適であっても、他方にとっては不快な存在であることのほうが多い。ゆえにか、フランケンシュタインコンプレックスが命題となっている作品が大多数である。

 アートはすでに知っていたのだ。人にとって、ロボットが常に万能であるはずもないということを。あるいは、人よりもセンチメンタルな存在だということを。ちっぽけで脆弱な存在だということを。

 ここに、文字どおりにちっぽけで、儚くも思えるロボットたちを描いた漫画がある。







岩岡いわおかヒサエ
孤食こしょくロボット
[第1巻]
集英社 / YOUNG JUMP COMICS X




 居酒屋のみならず、食材デリバリーも展開する飲食サービスの大企業『○×フードカンパニー』には、ちょっと変わった特典が存在した。それが、ポイントカードに3000ポイントが貯まり次第「3000円の還元」か「プレゼント」を選択できるというもの。

 当然、たかが3000円ぽっちの還元を希望する顧客は稀であり、多くが期待値の高い「プレゼント」のほうを選択したがる。

 で、大きめの段ボールに入れられて郵送されてくるプレゼントというのが、玉葱のような変なニット帽を被った全長30p程度のそこそこデカいフィギュア

 実は、コレはフィギュアではない。AIの組みこまれてある小型ロボット(アンドロイド)なのである。しかも、人間に匹敵する言語システムを持ち、感情表現まで可能とする優れモノだ。そして、そんな小型ロボットの最大の役目というのが、単身者の食事と健康をサポートすること

 じゃあ、いったい彼らが具体的になにをしてくれるのかと言うと、内蔵のインターネットシステムに検索をかけて助言するだけ。ポイントカード作成時に登録された顧客データと日々の食事履歴を比較し、その時々にマッチする献立を提案するというものだ。時には外食を提案し、時には自炊を提案し、またある時にはデリバリーを提案する。

 つまり、○×フードカンパニーのさらなる発展のために派遣されたセールスマンなのであり、顧客たちはみな健康的な食生活という大義名分を囁かれてはチェーン店に向かわせられ、カタログから食材を選ばせられ、時には内蔵通信機能で勝手にデリバリーされもする。で、顧客は内心「あたしゃ鴨か!?」と毒づくのである。

 ただ、執事のように面倒見がよく、また洗濯物を畳む程度の家事は手伝ってくれ、姑のように口出しし、家族のように話を聞いてくれる。料理はいっさいしないが、提案される情報が常に的確なので、あるいは専属栄養士とも言える。なんだかんだで、顧客たちはことごとくほだされてしまうのだ。

 こんな優れた小型ロボットにも、いくつかのルールがある。

@ロボット工学三原則には必ず従う。
Aお客様に不快感を与えたら回収され、個人情報をふくめて処分される(再起動の可能性はある)。
Bお客様には返却の自由がある(返却後は処分される)。
Cセールスマンでもあるので、当然ながら売り上げノルマがある(ノルマが達成されなければ回収されて処分)。
Dあくまでも単身者専用ロボットなので、お客様に家族ができるなどした場合には、自動的に返却されて処分される。
E白眼を剥いてフリーズした時は充電不足(チャージは加盟店でこまめに)。
Fある意味、必ず壊れる。

 ──などなど。

 この物語では(現時点ではまだ1巻しか発売されていないが)ありふれてはいるが色んな人生を歩いている色んな顧客たちと、個性豊かな小型ロボットたちとの1対ずつの交流が描かれている。基本的に1話完結のオムニバス形式の物語であり、主人公も1話ごとに移り変わる(いちおう高木希巳たかぎのぞみという常連キャラはいるけれど)。となると、当然、顧客たちの悲喜交交とした日常生活が建前上の柱となってくる。

 人とロボットとの交流とくれば、前述したようにアート分野の見逃すはずもない要素だ。至るところで発表されている。しかも、その多くが人類に対する脅威として。

 しかし『孤食ロボット』はだいぶん趣が異なる。全長30p程度の小ささもあるが、存在感として、ここに登場するロボットがみな一様にちっぽけで儚い存在として描かれている。ロボットのくせに精神的なものでフリーズするし、人間のように感謝するし、助言以外にはなにもできないし、頻繁にエネルギーが切れて白眼を剥くし。とても脆弱であり、とても不器用。よもや脅威であるはずもないほどに。

 だからか、顧客1人1人の物語ではあるものの、不思議と、ロボット1体1体の物語でもあってしまう。ちっぽけな儚い存在であるからこそ立つ主人公フラグが見え隠れしているのだ。恐らくは、読者の心に、彼らの行く末を案じる情動が芽生えるのに時間はかからないはず。

 その原因はなんだろうと考えると、先にあげたルールの、Fに暗示されていると気づく。そう、彼らはある意味、必ず壊れてしまうのだ。そういう運命を背負っている。だからこそ、読者の心理にセンチメンタルを呼び寄せ、危惧させる。主役同然の存在にしてしまう。あたかも物語の真の柱であるかのように。

 このあたりの描き方が非常に上手い。なにしろ、知る人ぞ知るSF漫画の名作『土星マンション / IKKIコミックス』で文化庁に表彰されたこともある著者であり、タッチの筆は柔らかく、バランスに優れ、物語の将来的な残酷ささえもほっこりとした風情で憩わせてくれる。しかしながら、読者の、哲学させる自由までは奪わない。ふと気づけば「人類とロボットとの共存とは?」とか「命とはなんぞや?」とか、もしや考えなくてもいいのかも知れないことをつらつらと黙考している私がいる。

 さて、読者にそうさせるFとはいったいどのような性格のものなのか?

 気になった方は読んで確かめよ。

 ここにある評価はあくまでも1巻のみの評価であり、むろんのこと、次巻では変化している可能性がある。しかし、今後に対する期待値はきわめて高い。それほどに、私にとっては面白い物語である(特に第7話は破壊的に切ない)。すとんと入りこめた。間違いなく私の感動した漫画のベスト10に入るだろう。私の手に負いがたいことをして介助してくれる漫画の、ベスト10にだ。




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