栞

果子狸
Vignette


Category : Recollection
Update : 2015/11/22[Sun]23:30



 今年もまた、家(東京都の練馬区内)の近所でハクビシンを見た。


↑ハクビシン

 都内でも田畑の多い練馬区であり、また埼玉県とも程近い地理にあるためか、特に冬になるとよく見かけるハクビシン。要は食糧を求めて上京するというわけである。

 昼間は見ない。人々の寝静まる、それはほぼ夜中のこと。

 パッと見は狸かいたちのようだが、よく見れば、独特の縞模様が特徴である。小振りながらも、ぷりんッと漲る鼻も特徴のひとつか。見間違えるほうが難しいほど、なかなかに個性的な小動物である。小動物ではあるが、鼠やモルモットと較べれば遥かに巨体で、街中で出会せば、胸をぎっくりとさせるほどの貫禄がある。もしや襲ってくるか?──ぐらいの危惧を抱かせる貫禄は備わっているのである。

 人と出会えば立ちどころに逃げていく。野良猫ほどにも懐く様子は見せないので、おおかた野生のハクビシンだと思う。そうなると心配になるのが、牙や爪にひそんでいるだろう雑菌のこととなる。万が一にも噛まれたり引っかかれたりした場合、破傷風の恐怖が先立つだろう。あるいは、アナフィラキシーショックのような症状も懸念材料としてあげられるに違いない。

 用心するに越したことはないのだ。野生動物に対しては、常に取り越し苦労であるぐらいがちょうどよい。なかんずく免疫の弱い童子を持つ親ならばなおさらのこと。私は独身だがな(白目)。

 そう、用心するに越したことはない。



 何年か前だが、同じく練馬区の某所で、私はハクビシンの親子を目撃した。やはり夜中のことで、白い街灯をまともに受け、4つのまなこが爛々と輝いておった。

 私の気配を知るや否や、子ビシンが先に逃げ、やや間を置いて、親ビシンが追う。それから、しばし2匹で私の気配を観察、再び子ビシンが駆け出し、親ビシンが追う──そんな繰り返しで、少しずつ私から距離を離していった。この間、私は爛々とする4つのまなざしと目を合わさぬよう、横目で彼らの陰影を注視しつつ、慌てず、騒がず、事を荒立てないように努めてその場をやりすごした。

 さすがに野生は侮れない。山間やまあいの小さな村で育った私は、小さな彼らの牙を恐れている。幼少時、我ながらに可愛がっていたペットの鶏「コッコちゃん」の頭部を噛みちぎったのは鼬だった。餌をやりに小屋に行ったら、首のないコッコちゃんが横たわっており、その近くには点々とした足跡が──野生事情に詳しい祖父の見立てから犯人は鼬だと断定。いずれにせよショックだったし、野生動物の侮れなさを実感するきっかけともなった。私は決して彼らの牙を嘗めることができない。

 この親子ビシンを目撃したのが、小さな公園の近くだった。まっこと小さな公園、ベンチと砂場と水飲み場だけの据えられる「ふれあい広場」というやつだが、近所の童子が徒党を組んで遊ぶ姿を数えきれないほど見ていたし、正直、私は万が一の可能性を考えた。無垢な童子が彼らを刺激し、怒りを買って牙を立てられるかも知れないということを。なにせ親子だし、子を守る親の本能ときたら、ヒステリーを起こした人間サマよりも厄介なのである。その厄介さは、私の、山村育ちの経験則にしっかと刻みこまれている。

 基本的には冷淡な私とはいえ、流石に「知ったこっちゃねぇや」とはいかない。

 何事もなければそのまま家に帰っていたところだが、親子ビシンを目撃した手前、私は家を素通りすると、15分ほどの距離にある交番へと直行した。

「○○のところにある児童公園の近くで、ハクビシンを見たんですけど」

 警戒したほうが良いと思います──というニュアンスで、若いお巡りさんに報告。

 すると彼は微動だにもせず、たいへんにリラックスしながら、こう返した。

「このへん、多いんですよねー(笑)」


 ……ふうん。


 あーそーですか!!

 善意のつもりだったんですよね!!

 私の、稀有な善意だったんですよね!!

 15分もかけて歩いてきたんですよね!!

 丑三つ時にね!!

 まんじりともしない覚悟を決めてね!!

 それを、それを、それをそれをそれを、

「このへん、多いんですよねー(笑)」

 あーそーですか!!

 そーかいそーかい!!

 知らんわもー!!

 どーなっても知らんわもー!!

 もー!!



 今年もまた、家(東京都の練馬区内)の近所でハクビシンを見た。

 今年も、おまえの里は痩せているのか?

 だからといって、人間サマは喰うなよ?

 悟ったつもりの頭を抱え、たまの善意に自惚れる──そんな血肉を喰らったが最後、たちまち膿んで御陀仏ぜ?




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Nanase Nio
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