別荘へ帰り着いた頃には、辺りは既に夕闇に包まれ始めていた。あたしは部屋に入ると着ていた服を真っ先に着替えて、大きなソファに座った。今日はバトルをお休みして、早朝から一日中地下通路に潜っていたので、服のあちこちが汚れてしまったのだ。コートは念のため探索を始める前に脱いでおいたため、そのお陰で汚れる事なく済んだのは幸いだ。
それにしても、身体の節々が痛い。明日か明後日にはきっと筋肉痛になってしまうのだろう。嫌だなあ、湿布あったかなあ、お風呂に入るの怠いなあなどと、とりとめのない事を考えながらソファへごろりと横になる。
すると、疲れきった身体はソファに縫い付けられてしまったかのように動かす事が出来なくなってしまった。寝てはダメだ。ちゃんとお風呂に入って、ベッドで寝なければ。
頭では分かっているのに、動け動けという自身に対する命令が脳内を一人歩きするだけで、わたしの視界はやがて落とされた瞼によって真っ暗になり、ついには意識をも手放してしまった。



ガチャリと玄関が開く音がして、わたしは僅かに意識を取り戻した。しまった、鍵をかけ忘れた。とはいえ、ここはリゾートエリア。周囲の警備はバッチリしているし、怪しい人物はまず近寄れまい。大方、いつものように知り合いの誰かが訪ねて来ただけなのだろう。けれど、あまりの眠さにわざわざ身体を起こして来客を出迎える余裕はないし、それ以前に目を開ける事すら叶わない。よし、ここは寝た振りを決め込もう。そうすれば客人も眠りを妨げてはまずいと思って帰るに違いない。
やって来た人物はドタドタと遠慮無しに足音を立てて入ってくる。紛れもなく、この慌ただしい歩き方はジュンだ。今日に限って何と運の悪い。しかも、よりによってどうしてこの時間なのだろう。お願いだから騒がずに大人しく帰って欲しい。夢と現実の狭間でそんな事を願う。

「よっ! 邪魔するぜー! って何だよ、寝てんのか?」

横になっているあたしを発見したのか、ジュンの「つまんねー」というぼやきが聞こえた。そして更に運の悪い事に、どうやら彼はあたしの目前に移動して来たらしく、その証拠に、すぐ側で衣擦れの音がする。
きっとこのまま起こされてしまうのだろうと、安眠を諦めかけたその時、何やら柔らかいものが唇に触れた。ちゅ、ちゅ、と音を立てながら何度も触れてくるそれは、少しばかりかさついているようでもあった。けれど、不思議と夢の中にいるみたいな心地良さがある。

――じゃなくて。まさか、これは。

(………キス!?)

突然の事態にすっかり意識を揺り起こされ、今までの眠気など一気にすっ飛び、あたしはカッと目を見開いた。

「うわっ!?」

視界に飛び込んで来たのは、あたしに負けないくらい目を見開いているジュンだった。これはやはり、夢でもなんでもない、紛れもなく現実の出来事なのだと再認識する。

「…ジュン…?」

いくら眠気が飛んだとはいえ、脳はまだうまく機能していないのか、やっとの思いで口から出たのは彼の名前のみだった。
ジュンはあたしに名前を呼ばれた事で、わざとらしい程に身体をビクつかせると、視線を泳がせ顔を真っ赤にしながらぶんぶんと首を振った。そして、

「ななななんだってんだよ! 俺は別にキスとかしてねーからな!」

まだ何も聞いていないのに、そう吐き捨てると逃げるように部屋を出て行ってしまった。

「…なに、あれ…」

あれでは自分が犯人だと自己紹介しているようなものだ。あそこまで露骨だと、流石のあたしでも確信せざるを得ない。
というか、勝手に人の唇を奪っておきながら認めもせずに逃げるだなんて一体どういう了見なのだろう。

「…こっちがなんだってんだよーだわ、バカ」

あたしの虚しい独り言は当然ジュンに届くはずもなく、ただ部屋の静寂に飲み込まれていくだけだった。
いや、今はそんな事よりも、徐々に込み上げてくる胸のモヤモヤと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。今夜はもう眠れそうにもない。
――ああ、もう。次会った時には絶対に責任を取らせてやるんだから。





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