今日も彼女は眠る、眠る、眠る。カトレアがイッシュ地方の四天王に就任してから既に数年。バトルを禁じられていた昔とは違い、今では自身がトレーナーとなりバトルを楽しむ事が出来る。幸い、周りの人間にも恵まれ、今の生活を彼女はそれなりに気に入っていた。たった一つ、気になる点はあったが。



「…コクランッ…!」

その名を口にした瞬間パチリと目が覚めた。辺りを見渡しても広い部屋には自分の他に人の姿はなく、カトレアは肩を落とした。たまにこうして彼女は夢にうなされる。夢の内容は大体同じようなものだ。暗闇の中、差し伸べられた手。それを取ろうとすると、いつもそこで目が覚めてしまう。手を差し伸べてくる相手が誰なのか、カトレアには分かっていた。溜め息を吐きながら、気を落ち着かせようと茶葉に手を伸ばす。この茶葉はカトレアが昔から好んでいるものだ。イッシュに来た頃はお湯の沸かし方すら知らなかった彼女だが、同僚から教えて貰い、今では自分で大好きな紅茶を淹れる事が出来るようになった。

「コクラン…」

お湯を沸かしながら、再びあの執事の名を呼ぶ。カトレアは四天王になるのと同時に、自分の意志で彼から離れた。それ以来、バトルキャッスルに残った彼とは会っていない。

『カトレアお嬢様が今以上に素敵な女性となって戻られる日を楽しみにしております』

カトレアが旅立つ日、コクランはそう言っていた。彼に言われるまでもないと、カトレアは二つ返事で長年共にした彼と城に別れを告げた。うるさい人間から解放されて清々したと思っていたのに、いざこうして離れてみると、未だに彼のいない日常には慣れない。
あの頃は、起きればすぐ傍に彼がいて、おいしい朝食を持ってきてくれた。ティータイムには、今と同じ茶葉を使った紅茶を毎日出してくれた。寂しい時にはいつも話し相手になってくれて、飽きる事はなかった。怖い夢を見たと言えば、眠りにつくまで本を読んでくれた。時には厳しく叱ってくれた。それが原因で彼と衝突した事もあった。仲直りの後はいつもの紅茶を淹れてくれた。真剣にバトルしている姿が好きだった。彼が負けた時はそれはそれは悔しくて、へそを曲げて彼に気を遣わせてしまった。それでも、毎日が楽しくて仕方なかった。あっけない別れ方をした事を、今更になって酷く後悔する。



「…やっぱり違うわ」

程よく冷めた紅茶を飲みながら、カトレアはポツリと呟いた。いつもコクランが淹れてくれていたものとは違う味。いつの間にか溢れ出していた涙のしょっぱさと、紅茶のほのかな渋味と甘味が合わさっていく。何度口にしても、あの味は彼にしか表現出来ないものなのだと身に染みていくばかりで、カトレアは静かに紅茶を下げた。





(貴方と過ごした日々が懐かしい)

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