ざくりと、一歩を一歩を踏み締めるように夕陽を眺めながら222番道路の砂浜を歩く。あたしに背中を向けて前を歩くデンジさんの足取りは少し気怠げだ。
普段からあまり外に出たがらない彼とはまだ一度もデートらしいデートをした事がなく、強いて言うならば、たまにこうして彼を半ば強引に誘って浜辺を歩く程度だ。そのせいだろうか、恐らく乗り気ではない彼は、常にあたしに背中を向けて前を歩くだけで、ロマンチックな雰囲気など欠片も生み出される事はない。もっと二人でどこか別の場所に出掛けてみたいのに、彼の性格からしてその日が訪れるのは遠い未来の話になってしまいそうだ。
どうしてこんな人を好きになってしまったの、と海を眺めながら自問する。けれど考えたところで明確な答えが浮かび上がる事はないと自分でも理解しているし、分かったところで今更彼を嫌いになどなれないのだからどうしようもない。
「…そろそろ戻りましょうか」
背中に声を投げ掛けると、デンジさんはゆっくりと振り向いた。
「何だよ、もういいのか?」
嫌です、本当はまだ帰りたくないです、なんて駄々を捏ねればきっと面倒臭い子供だと思われてしまうから。喉から出掛かった言葉を飲み込んで、精一杯の笑顔を彼に向ける。
「はい。付き合ってくれてありがとうございました」
「ふーん…」
ぺこりとお辞儀をすれば空返事が返って来て、つれないなあ、と寂しさを覚えつつも一足先にナギサへと歩を進める。けれど突如デンジさんに腕を掴まれ、バランスを崩しそうになった。
「ちょっ…!危ないじゃないですか!」
「まあ待てよ」
腕を掴まれたまま、隣に立たされた。
「たまにはゆっくりするのもいいだろ」
二人一緒に並んで海を眺める。夕陽の日差しが海に反射して、少し眩しい。
どうして、この人は。まるであたしの心を見透かしているかのように、こういう時に限って優しいんだろう。だからあたしはいつも、彼が時折見せる優しさに振り回されるんだ。
視界が滲んで見えるのは、夕陽の眩しさが目に滲みたせいじゃない。彼の小さな優しさが嬉しくて、嬉しくて。
「デンジさん、」
そう、好きになった理由なんて分からない。けれど、ただ一つ言えるのは。こんなにいい加減な人なのに、悔しいくらいに、情けないくらいに。あたしは誰よりも貴方の事が。
「好きです。」
好き、好き、大好き。彼は「そんなの分かってるよ」と笑って、優しいキスをくれた。
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