小さい頃から彼女を守って来た。だけどそれは、庇護欲からだけじゃない、愛情が入り混じった感情のせいでもあった。僕は彼女が好きだったから。誰よりも大切だったから。そう、僕はずっと昔から幼なじみごっこを続けて来たんだ。
クチバシティの一角にあるこの喫茶店の窓からは海の景色が一望出来る。僕達は窓際の席を選んで、昼食をとっていた。
「久しぶりだね、こうしてヒビキくんと会うのも」
「うーん、久しぶりって言っても二週間くらいだろ?」
「十分久しぶりだよ。旅に出る前と比べたら」
そう言って、コトネはカラカラとストローでジュースをかき回した。
確かに以前と比べれば頻繁には会えなくなった。だけどお互いがトレーナーになった今では仕方のない事だ。コトネは図鑑集め、時にはワタルさんの手伝い。僕はウツギ博士のためにジョウトとカントーを行ったり来たりの日々だ。
「仕方ないよ、色々と変わっちゃったしな」
コトネはじっと僕を見つめると「そうだよね」と苦笑した。けれどサンドイッチを頬張れば、すぐに満面の笑みへと変わる。食い意地はってるところは相変わらずだなと、思わず口元が緩んだ。
「コトネは昔から変わらないよな」
「ヒビキくんだって昔とちっとも変わってないよ」
「そう?これでも前よりは成長したつもりなんだけど。知識だって増えたし、やっとコトネの身長も抜けたし」
「あはは、まだわたしより小さかった事気にしてるんだ」
「散々からかってきたのはコトネだろー」
以前と全く変わらない、たわいない会話。だけど僕にとっては目の前にはばかる巨大な壁。近過ぎるからこそ、遠い。
「まあ、今ならコトネが木から降りられなくなってピーピー泣いてても、受け止めてあげられるかな」
「も、もう一人で降りられるもん!万が一そうなってもポケモン達がいるし!」
「うん、知ってる。だからそういう意味じゃなくて、何かあったら頼って来いって事」
空いたサンドイッチの皿をテーブルの隅に寄せると、コトネは僅かに目を伏せた。
「…わたしは昔からずっと頼ってばかりだったよ」
「じゃあこれからも頼ってくれていいよ。コトネは大事な幼なじみなんだし」
また僕は一つ、嘘を増やした。今まで積み重ねてきた嘘を並べたらどれだけになるだろう。いつか塗り固められた嘘によって身動き出来なくなってしまうんじゃないだろうか。でも、それもいいかもしれない。コトネのために吐いてきた嘘なら。
「…ねえ、ヒビキくん」
「んーどうした?あ、コトネ、デザート頼めば?確かコトネの好きなナナの実ケーキが…」
「ヒビキくんにとってわたしは何なの?」
僕はメニューを取ろうとした手を止めた。というより固まってしまって動けない。何とかしておもむろに視線だけをコトネに向ければ、彼女はいつになく真剣な眼差しをしていて、けれど今にもその瞳からは涙が零れそうだった。
「…な、なにって…コトネは大事な幼なじみで…」
「本当にそれだけ?」
それを聞いてどうする?聞いたキミはどんな顔をする?この幼なじみという関係が、偽りで作られ続けていたものだと知ったら、自分が騙されていると知ったら。いつからキミは変に聡くなったんだ。変わらないと思っていた、あの鈍感さはどこに。
「…ごめん、変な事聞いちゃったね」
静寂を破ったのは僕ではなくコトネだった。コトネは財布からお金を取り出すとテーブルの上に置き、そして僕の顔を見ようともせずに、走って喫茶店を出て行ってしまった。
何なんだ。どうしてコトネはあんな事を聞いて来たんだ。どうしてあんな泣きそうな顔をしていたんだ。僕が大事な幼なじみだと言ったから?それはつまりどういう意味だ?それはつまり―――。
僕は立ち上がり、会計を済ませると、急いで店を出た。まだそんなに時間は経っていないから、捜せばきっと見つかるはずだ。
ごめん、コトネ。お願いだから泣かないで。キミに全てを白状するから。僕が隠していた事を全部曝け出すから。だから、少しは期待してもいいかな。キミも僕と同じだったんだって思ってもいいかな。僕が全てを話し終えたら、今度はキミの気持ちも聞かせて欲しい。これがただの自意識過剰であっても構わない。結果がどうなろうと関係ない。この際当たって砕けてやる。
こんな幼なじみごっこなんて終わらせてやるんだ。ねえ、コトネ。だからキミも。
幼なじみごっこは終わりにしようback