精一杯の

穏やかな空気の流れる昼下がり。

「主、いる?」

自室で一人のんびりと書類の整理をしていれば、障子の影からひょこりと青い髪がのぞいた。
今日の近侍に任命している小夜左文字だ。
じっとこちらの様子を伺う姿は猫のようだと思いながら、そっと手招きをしてやった。

「いるよ、おいで」

呼びかけてみれば、こくりと頷いて小夜が部屋に入ってくる。
その後ろには、兄である江雪左文字と宗三左文字の姿もあった。

「江さんに宗さんもか。そろって部屋に来るなんて珍しいな……どうした?」
「ええ、少し貴方に用事がありまして」

日頃、真澄の周りにあまり寄り付かないメンバーが突然部屋に訪れて、何事かと身構える。
珍しいこともあるものだ。
雨の代わりに槍でも降るんじゃないだろうか。……いや、ここでは洒落になりそうにない。

なんて思いながら、三人分の座布団でも出そうかと床に手をついた時だった。

「動かないでください」

ぴしゃりと宗三に言われ、反射的に動きを止める。
あまりにも冷たい声で言い放たれ、不思議そうに彼らを見上げると、何故か三人ともきゅっと口を結んでこちらを見下ろしていた。
まさか、自分は知らず知らずのうちに、彼らを怒らせるような事でもしてしまっていたのだろうか。

「まずは、そこに正座してください。話はそれからです」
「なあ、あたし何かやって――」
「口より先に行動をしてくれませんかね、僕たちも暇じゃないんです」

……ビンゴ、だろうか。
正座といえばお説教だろうなと遠い目をしながら、言われた通りに座り直す。

「ほら、これでいいんだろ。……なあ、江さんも小夜も何か言ってくれよ、これじゃあたし分からないぞ?」
「必要は……ありませんから」
「貴方はただ、黙って僕らの言う通りにしてくれたら良い」

長男と三男にも助けを求めてみるが、意味をなさなかった。

「主、目を」
(閉じろってか。あー、こりゃ殴られるな)

理由はよく分からないが、この三人があそこまで真面目な顔をしているのだ。
よほどの事を自分はしてしまったのだろう。
こうなれば覚悟を決めるしかない。自分が招いた結果なのだ、受け入れようじゃないか。

真澄が目を閉じれば、三人が動く気配が分かった。

正面に一人、両脇に一人ずつ。
ここからどうなるのかと、ぎゅっと更に目をきつく閉じれば、ぽすりと想像していたよりも軽い衝撃が体に伝わった。

「……え、何この状況」

思わず目を開ける。
それも仕方がないだろう、てっきり殴られるのだと思って、歯を食いしばって覚悟を決めていたというのに、だ。

訪れた感触は、膝に誰かが乗る感触と、両肩に誰かがもたれかかる感触だったのだ。

右を見れば、ふわりと柔らかそうな桃色の髪が。
左を見れば、透き通るような透明感のある涼しげな色の髪が。
目の前には、丸くて小さな青い髪がぴょこりと跳ねていた。

「状況が分かってない主に説明くれないか」
「はあ……分からないんですか」
「分かるわけないだろ!」

動揺しつつ問えば、呆れたような声音と視線をもって宗三がちらりと真澄の顔を見る。
それでも肩から頭をどかす気はないようで、一度顔を見るとすぐに目を伏せた。

「甘えているのですよ」

ぶっきらぼうに、投げやりに返された言葉に、真澄は目を瞬かせた。

「甘え……?」

おうむ返しに呟けば、今度は江雪から「ええ」と返される。

「私たちは……あまり、こういった事が得意ではありませんから」
「それなら、他の短刀たちの真似をしてみようって、僕が提案したんだ」
「それで、これか……」

江雪と小夜がぽそぽそと、どことなく気恥ずかしい雰囲気をまとわせながら、答えてくれる。

たしかに短刀の子達は、粟田口を中心にこうして甘えてくる事が多い。
今剣や乱なんかはしょっちゅう抱きついてくるし、五虎退や秋田なんかは頭を撫でられるのも好きらしい。

自分達では思いつかなかった結果、そんな短刀達と同じようにスキンシップをしてみよう、という事になったのだろう。

「ふ、ふははっ……」

悪いと思いながらも、ついつい笑いがこぼれる。

「不器用すぎるだろ、三人とも」

はあ? と不満げな声をあげて、宗三は真澄の頬をつねる。
「いひゃい」と抗議すれば、しばらくムニムニとされた後、ようやく解放された。
頬をさすりながらぎろりと睨んでみるが、宗三は悪びれる風もなく、また肩に頭を乗せてくる。

「大体、貴方が他の刀剣ばかり甘やかしたり構ったりするから、僕らがわざわざ出向いて来てあげたんです」
「だってあんたらは構われるのが好きじゃないのかと」

もっと静かなのが好きだと思って、わざと他の刀剣達よりも遠ざけていた部分はあった。
しかしそれを適切だと思っていたのは自分だけだったようだ。
単に不器用なだけだったらしい。

そう思うと、やはりおかしくて、また笑いがこぼれてくる。

「ごめんごめん、寂しかった?」
「……そうですね、少し」

肩に頭を乗せたまま、江雪が素直に呟く。
目の前にある小夜の後頭部も、賛同するように小さく頷いた。
宗三は変わらず目を閉じたまま頭を預けているが、かすかに溜息をこぼしたのできっと同じなのだろう。

「じゃあ、そうだな……今日と明日の近侍はあんたら三人に任せようか。そんでもって、明日は一緒に万屋にでも行こう」
「4人で団子食べたい」
「ならそこにも寄ろう」

珍しく我が侭を言う小夜の頭を撫でながら、頭の中でどの店に連れて行ってやろうかと考える。

――明日はきっと、いつもと少し違った賑やかな日になるのだろう。

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