「ルーク、ちょっと賭けをしませんか?」 「は?」 期末試験も近付いたある日、ジェイドがそんなことを言った。 勉強のし過ぎで、とうとう頭が沸いたかと、放置したが。 「今回の試験で、ルークが一教科でも赤点をとった場合は、一日中、私の言う通りにして下さい。 逆に、私が一教科でも満点をとれなかった場合、一日中、私がルークの言いなりになりましょう」 「………ジェイドは全教科満点じゃないと、オレの言いなり、ってことか?」 ジェイドが勝手に語りだした条件に、ルークはうっかり反応する。 ルークが自分を見てくれたのがよほど嬉しかったのか、ジェイドは満面の笑みで頷く。 「はい」 「オレは、赤点をとらなきゃ良いんだな?」 「えぇ、そうです」 「――ノった!」 ***** そして、今に至る。 場所は、ジェイドの私室。 試験結果の発表された週末に、ルークは賭けたことを実行されていた。 着たくもない服に着替えさせられ、付けたくもない装身具を身に付けて。 ジトリとジェイドを見る。 「……このメイド服、どうした?」 「企業秘密です」 語尾に音符でも飛んでいそうな、上機嫌な声。 「…………この猫耳は?」 「物好きな知り合いから、譲り受けました」 副音声として、「強制的に」と続くのが分かる。 ルークは今、所謂"猫耳メイド"の格好をしている。 ――とても不本意ながら。 今まで、半分以上の科目が赤点だったルークは今回、何と赤点は一教科だけだった。 そして、ジェイドは全教科満点。 いくら普段よりかなり高得点だったとしても、賭けに負けたことに変わりはない。 ルークは渋々ながら、ジェイドの言う通りにしていた。 「それで、ルーク。 後は尻尾を装着すれば、完璧なんですが……」 そう言って、ジェイドに見せられたのは、あからさまに可笑しな形状のものが付属した、猫尻尾。 これは流石に、堪えられない。 「拒否する!」 「えぇ〜?」 愉しそうな声音に、イライラする。 「可愛いんですから、完璧に仕上げたいじゃないですか」 「五千歩譲ってオレが可愛かったとしても、そんな物、付けたくない! 大体、見た目からして、付け方可笑しそうだろ、そんな物!!」 ジェイドの笑顔が、心なしか輝きを増す。 (うわ、嫌な予感…) 「では、こうしましょう。 尻尾の後に、この二種類の薬からどちらを飲むか、選択権をルークにあげようと思ったんですが。 それと引き換えに尻尾は諦めましょう」 「………………それ、何の薬?」 警戒心満載で問えば、ニコニコと要らんほどの笑顔。 「猫語しか喋れなくなる薬と、な行が"にゃ"になり語尾に必ず"ニャン"が付く薬です」 案の定、まともな薬ではなかった。 「さ、選択権と尻尾無し。どちらを取りますか?」 「〜〜っ!!尻尾無し!」 気分的には究極の選択だ。 にも関わらず、ジェイドはニッコリ笑って、薬の入った瓶を渡してくる。 液状の薬を飲み干せば、それほど悪くない後味に、ルークは目を丸くした。 「あれ…美味い」 「ルークの選びそうなことくらい、分かってますから」 急に穏やかに微笑まれて、ルークは視線を逸らす。 その頬が、赤く染まっていることに、ルークは気付いていない。 ところで、なんて言いながら、ベッドに腰かけると、ピョコンと猫耳が揺れた。 「オレ、普通に喋れてるけど?」 「摂取して、吸収、体内に回るまで、およそ五分は掛かると計算してます」 「その微妙な時間差、嫌だな…。 で、どっち飲ませたんだ?」 照れたり、ゲンナリしたり、くるくる変わる表情に数瞬見惚れたジェイドは、数回瞬きをして、にんまりと笑って見せた。 「効果が出るまでの、お楽しみです」 「趣味悪ぃな…」 ***** 「やっぱり、コッチニャー!!」 ルークが飲まされたのは、な行の発音が変化し、語尾に"ニャン"が付く薬だったようだ。 「お前にょ感性にゃんて、そんにゃモンニャー!!」 「可愛いですよ?ルーク」 「可愛くにゃい!!寧ろ、気持ち悪いニャン!」 自分の余りの似合わなさに、腹を立てたルークがジェイドに食って掛かるも、ジェイドの顔は始終崩れている。 「本当に可愛いですよ、ルーク」 囁きながら、ジェイドはルークを腕の中に閉じ込めた。 素直に抱き締められながら、ルークはぶつぶつと溢す。 「大体、にゃんでこんにゃ格好なんにゃ。恥ずかしいったらにゃいだろってんにゃ。ジェイドは趣味が悪すぎるにゃん。それ以前に、にゃんでオレがこにょ格好をするにゃん」 「あ、そうそう。 私のことは、"ご主人様"でお願いしますね」 嬉々とした声で言われ、ルークは沸き上がる怒りをなんとか押し殺した。 「………っご主人様は、趣味が悪いニャン!!」 「そうですか?」 「そうにゃん!!で、他ににゃにをして欲しいニャン!?」 メイドの格好をさせられているからには、掃除をやらされるとか、紅茶を淹れるだとか、スコーンを「はい、あーん」とかって食べさせるとか、そんなことを考えたルークだったが。 「――何も」 「にゃ?」 「何もしなくて、結構です。 ただ、私の腕の中にいて、話し掛けてくれたり、私に応えたりしてくれるだけで。 それだけで、結構です」 ぎゅう、とルークを抱き締める腕に、力が込められる。 その、何処と無く寂しそうな様子に、ルークは絆されかけ… 「――今回は」 という、ジェイドの付け足しにピシリと動きを止める。 「次回はもっと、色んなことをお願いしましょう。 あぁ、その前に紅茶を淹れる練習からですかね? それから、美味しいスコーンの焼き方も」 つらつらと語られる未来像に、ルークはふるふると震える。 「ね、ルーク?」 「もう…にどとお前とは賭けにゃんかしにゃいんだからなー!!」 だん、と握った両手でジェイドの胸を叩くが、「ははは、痛いですよー」なんて軽くあしらうジェイドにイラッとして、リベンジを誓ってしまうのも仕方ないのだ、とルークは考えるのだった。 そして、エンドレス 後書き。 年上の威厳形無し(笑) 猫耳メイドを生かせてない気がします…orz 12,02,22 完結 back |