お菓子も悪戯も
「ルーク、ルーク!」
休息日と決められたその日の朝、宿屋でアニスがルークに駆け寄った。
「ん?」
「トリックオアトリート!」
「…………は?」
元気一杯に笑いながらアニスが発した言葉に、ルークは少しの間をおいて、首を傾げた。
「何だ、それ。譜術の呪文?」
「えー!?『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』って意味だよ!
知らないのぉ?」
アニスが、勿体なぁい!と叫んだ。
「勿体ないって、どういうことだよ?」
「だって、年に一回だよ!?悪戯しても、お菓子食べてても怒られない日なんて!」
「ふぅん…?」
いつでもお菓子食べ放題だったルークには、いまいちピンと来ないのだった。
「でさ、ルーク。お菓子、持ってる?」
「いや、持ってねぇけど……」
素直に答えた時にアニスの浮かべた、ニヤリとした笑みを見て、ルークはしまった!と口を塞いだ。
「ルークが、今日が何の日だか知らなくても、お菓子を持ってないんだから、仕方ないよねぇ?」
「い、いや、落ち着け、アニス!」
「うふふー♪――問答無用!!」
アニスは、トクナガでルークを捕獲し、鼻唄混じりに部屋に連行した。
「あ、ティアとナタリアにも手伝ってもらお♪」
*****
ガイは、朝食時に顔を合わせて以降、昼が近くなっても姿の見えない主人を探していた。
(多分、二度寝してるとは思うんだが、でも万が一と言うこともあるし……)
万が一とは、どのような状況を指すのか。
(調理場でナタリアの犠牲になってるかも知れないし、迷子になってるかも知れない。もしかしたら、ジェイドに捕まってるかも!)
ガイの脳裏には、半ベソのルークが、ガイの助けを待っている姿が鮮明に描かれている。
(今、助けてやるからな!
待ってろよ、ルーク!!)
そんな妄想を膨らませつつ、まずはルークの部屋を確認すべく、そちらへ向かう。
その途中、女子部屋からキャイキャイと賑やかな声が聞こえ、ガイは足を止めた。
(女性陣に訊いてみるか…)
そう思って、ノックしようと片手を上げた時、突然ドアが内側から開いた。
「あら、ガイ。どうしたの?」
思わず硬直したガイに、ティアは平静に問う。
「い、いや。ルークの居場所を知らないかと思って…」
「あぁ…」
ティアは、ちらっと室内に視線を走らせ、体を半分ずらした。
「ルークなら、ここにいるわよ」
「そうなのか。……えーと、お邪魔するよ?」
どうぞ、とティアが答えるのを待って、ガイは入室する。
「こんなんして、何が楽しいんだよ!?」
「え〜、全部?ナタリアは?」
「そうですわね…ルークは、着せ甲斐がありますもの。私も全部、かしら」
「いや、お前らぜってー可笑しいって!何だよ、着せ甲斐って!」
そう騒ぐルークを目にして、ガイは一時停止、その後おもむろに鼻を左手で覆い、右手は親指を突き出したまま、ぐっと握り締めた。
ルークの格好は、オレンジ色のバルーンスカートが可愛らしいミニワンピに、黒のマント、黒とオレンジのしましまオーバーニーソックスに、黒の編み上げショートブーツ、オレンジのリボンが巻かれた黒のとんがり帽子、リボン留めはシルバーのカボチャ、という
ニンジン嫌いのカボチャ魔女っ娘ルック(アニス命名)だった。
(グッジョブ!!)
声もなく震えるガイに気付いたアニスは、心中でげんなりした。
当然、口にも出した。
「さすがだよね、変態という名の使用人なタイツ」
「あくまで、本体はタイツなのね」
「え、違うの?」
ティアが淡々と頷くと、アニスは驚いた声で確認する。
「違いませんわよ」
「だよねぇ!」
ナタリアも半眼で肯定したので、アニスは喜んだ。
一頻り騒いだルークは、ようやく振り返って、ぶるぶると振動している使用人に気付いた。
「げ…っ」
そのたった一音に反応したガイは、がばりと顔を上げて、ルークに詰め寄り、これまたオレンジ色のショートグローブに包まれたルークの両手をぐっと握る。
「ルーク、けっこn…」
言いかけたガイの膝裏に、アニスがゲシッと蹴りを入れる。
崩れ落ちたガイを支えようとしたルークは、ナタリアによって、避難させられた。
膝をついた体勢の背中に、ティアの杖の石突きが打ち下ろされる。
「抜け駆け禁止、って私、言わなかったかしら?」
「抜け駆けとかじゃ……痛いいたい、ティア、ちょ…っ!!」
「ふざけんのはタイツだけにしろよ、コルァ」
アニスが、そそっとガイに近寄り、ぼそりと何事か呟くと、ガイは蒼白になって黙った。
普段通りの元気な笑顔で、アニスはルークに宣告した。
「あ、ルーク。今日一日、そのカッコのままね♪」
*****
アニスの勢いに圧されたルークは、ニンジン嫌いのカボチャ魔女っ娘ルックのまま、宿屋を彷徨いていた。
ついでに、とナタリアに持たされた空の籠には、宿屋の主人や、他の宿泊客から、これでもかとお菓子が入れられた。
色んな人に、「似合う」だの「可愛いね」だの、「お茶しない?」だの「俺の部屋に寄らないか?」だのと声をかけられ続けて、いい加減疲れたルークは、多分一番静かだろう部屋に足を向けた。
「ジェイド、いるかー?」
ノックして、返答を待つ。
「入って構いませんよ」
「おっじゃましまーす」
向かったのは、ジェイドの休む部屋。
自室ではいけない。
だって多分、ガイが襲撃してくるから。
ルークは今日の残り時間を、静かに心穏やかに過ごしたかった。
ドアを開けて入ってきたルークを見て、ジェイドは少し目を見開いた。
「……どうしたんです、その格好は?」
「えーと…お菓子持ってなかったから、アニスが悪戯〜って」
「………そうでしたか」
ジェイドの声に、若干の同情と労りが含まれた。
「それで、そのお菓子は?」
「アニスが、今日一日このカッコのままだって言うから、恥ずかしくて外には行けないし、退屈だから宿を彷徨いてたら、何か色んな人に貰った」
ふー、と溜め息を吐くルークに、ジェイドはまた同情と労りを込めて言った。
「……そうでしたか」
「うん。あー、疲れた……」
ベッドに、ぼふ、と倒れ込んだルークを見て、ジェイドは読みかけだった本を閉じた。
「お茶でも淹れましょうか。
お茶請けは、ルークが沢山持ってきてくれましたし」
「のむー」
ルークが嬉しそうな声で答える。
「あ、ジェイドー」
「はい?」
茶器を用意しながら返事をするジェイドの背中を見ながら、ベッドから起き上がったルークは言う。
「てことで、今日一日、此処にいさせてくれよ」
自分の部屋じゃ、退屈なんだ。
「構いませんが、料金は先払いですよ?」
機嫌良さそうに、ジェイドは応える。
料金?と首を傾げるルークに淹れたての紅茶を差し出しつつ、微笑んだジェイドは、無防備な魔女っ娘の唇に口付けた。
「はい、料金は確かに頂きました。
お好きなだけ、居て下さって結構ですよ」
悪の譜術使いには、くれぐれも気を付けて下さいね。
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アトガキ
ハロウィン小説です!
ジェイドは、trick or treat?なんて言いません。
ルークのキスがtreatであり、同時にルークにキスすることがtrickだからです。
trick and treat!
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