それでも僕は シェリダンの中でも、特に目立つ建造物、ロケット台にジェイドが顔を出し、「ご協力しに参りました」と言ったので、開発者たちは大変慌てた。 「え、バルフォア博士!?」 「協力!?」 「ロケットの開発に、ですか!?」 「えぇ、そうですよ。 ご迷惑でしょうか?」 何とも白々しく萎れてみせるジェイド。 開発者たちは、御輿でも担ぎそうな勢いで、ジェイドをロケット研究所に招き入れた。 ***** それからジェイドは、半年を要して理論を完成させ、それを基にシェリダンの技術者が奮闘した。 結果、テストモデルが3ヶ月後には完成し、試験飛行も成功。 あとは、有人飛行の試験をすれば、この研究は完成となる。 試験飛行で得られたデータに基づいて、更に幾度かの試験飛行を繰り返し。 ジェイドがシェリダンに腰を落ち着けて、2年が過ぎたある日。 とうとう、ロケットは有人飛行のテストモデルを完成させた。 そして、その飛行士に立候補したのは、他でもない、ジェイド・バルフォア博士その人だった。 「バルフォア博士?!」 「そんな!」 「貴方が居られなくなったら、今後、ロケットの開発が滞ってしまいます!」 口々に引き留める開発者たちに、ジェイドは事も無げに微笑んだ。 「これ以上は、私が居ても居なくても、変わらないでしょう。 ご心配なさらなくても、考えうる失敗のデータは、全て書き残していますよ」 しかし…、と言い澱んだ開発者たちを掻き分けて、ノエルがジェイドを呼び止めた。 「ジェイドさん!!」 「おや、ノエル」 穏やかに振り返ったその表情に、ノエルは一瞬、言葉を詰まらせたが、何とか絞り出した。 「……駄目ですよ、諦めて逃げるなんて」 「逃げる?私が?一体、何からですか?」 「―――待ち続ける現実から、です」 寸の間、目を伏せたノエルは、目を上げて、真っ直ぐにジェイドを見る。 「待つのも些か飽きた、と言うのも真実なのですが。 それ以前に、この実験、帰還することが前提ですから、そんなに悲壮感を漂わせなくても良いんですよ?」 肩を竦めるいつもの仕草。 その様子をひたと見詰めていたノエルが、呟くように言った。 「貴方を簡単に死なせてしまっては、ルークさんに申し訳ないですから」 「ですから、死ぬ予定はありませんと言っているでしょう」 ジェイドは、研究のし通しだった疲れもあってか、苛立たしげに首を振った。 「どのみち誰かが乗り込まねばならないんですよ? それならば、守るべき家族も、恐怖心もなく、 尚且つ、この研究に精通している者がその任を負うべきではないですか?」 「妹さんは、どうなるのですか?」 しかし、ノエルは頑として引き下がらない。 「妹さんは、守るべき家族なのではないんですか?」 「あれは既に結婚して、自分の家庭を持っていますから、私が守る必要はありません。 あれに何かあった時に、あれを守るべきは私ではなく、あれの夫ですから。 ここにいる研究者たちは違います。 誰かの父であり、母であり、夫であり、妻ですから。 誰かを守るべき存在です。 私は違います」 ジェイドとノエルは、互いに譲ることなく、睨みあった。 先に動いたのは、ジェイドでもノエルでもなく、周囲にいた者たちだった。 「……ノエル、もう良いんじゃないか? 博士は生きて戻っていらっしゃる腹づもりのようだし」 「……そうだよ。 脱出艇だって、きちんと出来てるんだし」 「誰かが行かなきゃなんねぇのも、その通りだしな」 渋々と、けれど次々と声をあげる研究者たち。 ノエルは、彼らをちらりと見て、ジェイドに視線を戻した。 そして、低い声で確認する。 「死なない…んですね?」 「えぇ。でないと、研究成果が水の泡じゃないですか」 ジェイドはおどけて、肩を竦めた。 ***** そして、実験当日。 ジェイドがロケットに持ち込んだのは、食料と水、帳面と筆記具だけだった。 「バルフォア博士、どうかご無事で!」 「無事の帰還を、お祈りしております!」 「お元気で行ってらっしゃいませ!」 思い思いに掛けられる言葉をよそに、ジェイドはロケットの昇降ハッチに近付いた。 そして、振り返って、優雅に一礼。 「皆さん、ごきげんよう」 ハッチが音をたてて閉まる。 ロケット塔の内部と連携して、発射準備が整えられる。 「発射!!!!」 轟音と共に、ロケットが打ち上がる。 あっと言う間に遠ざかるロケット。 散り散りになる人々。 ノエルは最後までその場に残り、目を落として呟いた。 「やっぱり帰ってくる気、無いんじゃないですか…」 "ごきげんよう" それは、ジェイドが敵を葬った際に放つ挨拶。 二度と出会わないものへの、餞の言葉。 ***** 音譜帯を間近に見ながら、ジェイドは自嘲の笑みを浮かべた。 「貴方が居ないことくらい、解っていたんですがねぇ…」 情に流されるなんて、歳はとりたくないですねぇ。 そう冗談めかして言うが、その声にも、嘲る色が強く出ていた。 「解ってはいたんですが、それでも……と思う私は、馬鹿なんでしょうねぇ」 『馬鹿だなぁ』 響いた声に、凍りつく。 『馬鹿だよ、ジェイドは。 何やってんだよ、ホントによ』 「ルー…!」 慌てて振り返る。 「ルーク……」 そこには、誰の姿も無かった。 項垂れた背中を、譜石の反射光だけがキラキラと照らしていた。 後書き ボーカロイド『カムパネルラ』(作詞作曲 sasakure.UK)を意識しました。 以前から書いてみたいなぁと思っていたので、書けて非常に満足です。 11,08,11 back |