見上げた天に、 星は無く ――扉の前に、気配がする。 その気配は、ドアをノックするでも、立ち去るのでもなく、ただ佇んでいる。 それはきっと、こちらの体調を慮って、この部屋を訪れて良いものか、躊躇しているからだろう。 ――そんなに気にすることはないのに。 ***** 今日の昼前のことだった。 突如、魔物に襲われたのだ。 その魔物は、周辺の環境に似つかわしくない強さで、我々を攻撃してきた。 いつも通り、前線で戦っていたルーク。 彼が、珍しく力で競り負け、魔物の爪に額を裂かれたらしい。 血が飛び散る。 ルークは素早く後退し、怪我そのものは、深くもなかったようだった。 しかし、私は。 ルークの無事よりも、飛び散った血に気を取られていた。 地面に落ちるよりも早く、光となって解離していく。 その様が、近い未来のルークを想像させて――。 そして、隙を見せてしまったのだ。 背後にいた敵に、気付くのが一瞬遅れてしまった。 振り返ったと同時に、鋭い爪が振り下ろされる。 「ジェイド!!」 ルークの声。 左肩から右脇腹へ走る灼熱。 緋色の子供の、青ざめた顔を最後に、私の意識は途絶えた。 ***** 目覚めれば、今朝、出発した筈の宿屋の天井。 旅の足を引っ張ってしまったことを、申し訳なく思いながら、上半身をベッドに起こす。 窓から見える空は、既に茜色だった。 そして、扉の前の気配。 ――入る気が無いのなら、こちらから声を掛けてやろうか。 そう考えた矢先に、トントン、と控えめなノック音。 こちらが眠っているかも知れない、という気遣いに微笑む。 「どうぞ、ルーク」 そっとドアを開け、顔を覗かせたのは、やはり緋色の子供。 遠慮がちに入ってきた彼は、ドアを閉め、おずおずと近寄ってきた。 「ジェイド、起きてて大丈夫なのか?」 「えぇ。傷自体はティアとナタリアが治療してくれたのでしょう?」 「うん、でも……」 「大丈夫ですよ」 不安そうな子供の、緋色の髪をゆっくりと撫でる。 彼の額も治療されたらしく、既に傷痕すら残っていなくて、ホッとする。 私がそれほど不調ではないと納得したのか、少し表情を緩めた子供は、不思議そうな顔で首を傾げた。 「なぁ、何でオレだって分かったんだ…?」 「消去法ですよ。 皆、ドアの前に立ったら、一応ノックしてみるか、翌朝まで近付かないかのどちらかでしょう? ……貴方以外は」 「う…」 ドアの前で、相当悩んでいた自覚はあるらしい。 言葉に詰まり、顔をしかめている。 だが。 ――半分は嘘だ。 私がルークの気配を間違える訳が無い。 障気中和からこちら、ルークの気配を全身で追っているのだから。 彼が、不意に消えたりすることを恐れているのだ。 もし、振り返ったその時、ルークが消えていたりしたら。 ――私はきっと、狂ってしまう。 「どうせ、ドアの前で悩むのなんて、オレだけですよ…」 「そうですね」 にっこり笑って肯定すれば、ぶすくれた表情でそっぽを向く。 「む〜…。 ……もうすぐ、アニスがリゾット出来上がるから、ってさ」 「そうですか」 「……立てるか?」 さっきまで怒っていたくせに、今は上目で心配そうに窺ってくる。 「……いえ、まだ立てそうにありませんねぇ」 「まっ、マジで!?」 冗談混じりで言ってみれば、無意味に両手を振って、アタフタとするので、 その左手を掴み、指先に口付ける。 「えぇ。ですから、」 お世話、して下さいね。 言葉にしなかった部分まで悟ったのか、ルークは真っ赤になった。 「なっ、何でオレが!?」 「理由なんて、ありませんよ。 ただ、私はルークが良いんです」 にこりと微笑めば、ルークは一瞬動きを止め。 左手を大慌てで取り戻して、バタバタとドアへ走った。 ノブに手をかけて、 「火傷しても、知らないんだからな!!」 と怒鳴って、脱兎の如く出ていった。 可愛い、可愛い、あの子の為なら。 決まりきった未来さえ、ねじ曲げてやりたいと、どれほど願っただろう。 消えないで、消えないで。 何を犠牲にしても、構わないから。 後書き。 えーと。シリアス…? ジェイドの心境的には、ずっとシリアスなんですが、 ルークには、それを見せたくないので、無理に明るく振る舞ってみたり…。 11,06,01 完結 back |