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吸魂鬼
 


ひたひたと湿った足音が石造りの建物に反響する。
絶海の孤島、アズカバン。生きる者は皆生気を吸い取られ幸福な気持ちも何もかもを失い、ただ屍のように生きる事を強いられるこの監獄で彼は生きている。

出会いの切欠は数年前。私が魔法省に入り、三年が経った頃だった。アズカバンには凶悪な囚人達が収監されている。誰もが恐れ近づきたがらない場所だが囚人達がいる限り定期的な視察が必要で、その役目がついに私にも回ってきたのだった。初めは嫌でたまらなかったが、組織の中において個人の意思などあって無いようなものだ。上からの命令を断れるはずも無く、嫌々ながらも視察に向かった。そしてその時、私は彼と出会った。

−−−−衝撃だった。
あんな生き物がこの世にいるのかと、初めて見たときは我が目を疑った。どす黒い闇を抱えて這いずるように生きるその姿を見て、恐怖と同時に何か言葉に出来ない感情が胸の奥に湧き上がるのを感じた。ここでは幸福な気持ちはすぐに吸い取られてしまう。なのにその感情は不思議と私の胸の中に堆積し、年月を経るごとに無くなるどころかどんどん大きくなっていった。

そんなはずはない。

だって、どうして彼を?おかしい。こんな感情を抱くなんて馬鹿げている。他人に話したら間違いなく笑われるか心配されるか、最悪聖マンゴ行きだろう。それくらいこの気持ちが異質だという事は理解していた。だから誰にも言えなかった。平然とした顔をしてただ毎日の業務をこなす。数カ月おきに来る視察の時が、ひたすらに待ち遠しかった。

じめじめした石壁。苔むして黒ずんだそれは手を付くと滑って爪の間にこびりつく。けれど今はそんなことはどうでもいい。私はもう、待てない。これ以上この気持ちを偽る事が出来ない。ただ会いたくてたまらない。
逸る気持ちを抑えつつ階段を一段一段登ってゆくと、足元から冷気が這い上がってきた。

−−−−ああ、彼だ。

ガラガラと空気を吸い込むおぞましい音。ゆらゆら揺れる真っ黒なローブ。背の高いその姿は顔まですっぽりと頭巾で覆われ、宙に浮かぶ姿は幽鬼のごとく不吉で恐ろしく、生き物の気配がしない。だって彼は吸魂鬼だから。
愛しさで胸がいっぱいになる。けれどそれも直ぐに萎み、胸の奥にぐるりと暗い感情がうねる。恐怖と絶望、この世のありとあらゆる負の感情を呼び起こすその存在。

私が一歩踏み出すと、吸魂鬼は滑るように近づいてきた。彼はわかっている。私が何のためにここに来たのかを。
氷のように冷たい感覚が体を貫き、視界が霞む。ざあざあとノイズのような息遣いが聞こえる。瘡蓋で覆われた水死体のような手が、私の肩に触れる。ぞわぞわと這い上がる怖気。風も無いのに揺れるローブの裾がひらひらと誘うようにはためく。腐った匂いが纏わりつく。足は根が生えたように動かず、視線は目の前の彼から逸らせない。腐乱した手がローブの下から現れ、ふわりと頭巾が取り払い灰褐色の肌が露になる。

目があるはずの部分には、何も無かった。ぽっかり開いた空洞からは真っ黒な闇が覗く。口があるはずの位置には何もかもを吸い込むような形の無い穴が開いていて、そこから腐ったような息が漏れる。がっちりと肩を掴まれて動けない。逃げる気も起こらない。ああ、これで全てが終わる。ようやく彼と一つになれる。
ガラガラと大きく息を吸う音が間近で聞こえて、意識が遠のく。何かが内側から吸い出されそうになる感覚がして、私は――――――




エクスペクト・パトローナム!