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  愚かな未来を夢に見て


キュッと蛇口を捻ると勢い良くお湯が飛び出してくる。肌に当たるそれは浴びるには少し熱いが、ライムはそれに構わない。

城の自室へ戻り服も脱がぬままに駆け込んだシャワールーム。かろうじて脱いだのは靴くらいで、後は外出着のままだった。

お湯を吸った服はズシリと重く、濡れたローブの裾からぼたぼたと水の塊が落ちる。薄いシャツが肌に纏わり付く感覚が何だかやけに気持ち悪くて、ライムはシャワーの勢いを強めた。

濡れて透けたシャツの下にはあの日刻まれた闇の印が色濃く見える。数年経っても消えず、むしろ濃さは増している。あの人が死喰い人を呼び出す度に鋭く痛む印。鏡に映ったそれが、自分の行動を嘲笑っているように思えて不快だった。違う。私はそちら側ではない。そちら側には行かない。蛇口を更に捻ってお湯の温度を上げると、すぐに鏡は曇って見えなくなった。

両手を擦ると指の先から血の赤がゆるりと溶け出してきた。時間が経って凝固した血液が徐々にお湯に溶け出して排水口へと吸い込まれてゆく。うっすらと滲む赤と透明なお湯がマーブル模様を描きながらくるくると螺旋を描いている。

「いっ、た……」

傷は浅い。多少は染みるが薬を塗れば簡単に治るし痕だって残らない。この血液だって大半が相手のもの。こんなに派手にやる必要は無かったのに、気付けば派手に血を被っていた。

死喰い人は数が多い。世はまさにヴォルデモートの全盛期。比べて不死鳥の騎士団は人数も少なく、徐々に数も削られている。戦闘を重ねる度に生き残る者は少数で、死にこそしないが再起不能になる者も少なくは無い。

捕まえるのが目的なのだから、失神呪文で事足りる。けれど相手の数が余りに多いとそんな余裕も無くなってしまう。知り得る限りの呪文を唱え、走り、ひたすらに杖を振るう。疲れは徐々にライムの身体を蝕んだ。

「もう、時間が無い……」

運命の日。10月31日。
それは目前まで迫っている。結局誰にも未来を告げないまま、ここまで来てしまった。優柔不断にも程がある。けれどどうしても選べなかった。どちらかを捨てるだなんて、どうしても出来なかった。

「チャンスは、一度だけ」

話せない。ならば直接、ライム自身が止めに行くしか方法は無い。全てを救えないならばせめて、ジェームズとリリーだけでも救いたかった。二人が生き残れば、シリウスだって捕まらない。ハリーだって両親と暮らせる。それで予言も未来も変わってしまうのかもしれないけれど、もうそれ以外には思い付かなかった。

────だって、他にどうすればいい。
始めはもっと大々的に動こうと考えていた。ダンブルドアにも相談して、秘密の守り人をシリウスにしてもらったらどうかとも考えた。

けれどその理由をどう説明する。ピーターが死喰い人であるという証拠は無い。突然そんな事を言い出したら誰だって不審に思う。ダンブルドアだけならば詳細を話さずとも信じてくれるかもしれないが、他の人達はそうはいかないだろう。
当然だ。例え根拠の薄い噂でも、ヴォルデモートとの繋がりが疑われたライムとピーターとでは、どちらを信じるかなんて聞くまでも無く分かり切っている。騎士団の中には未だライムに不信感を持つ者も少なくは無いし、それも仕方ない事だとは思う。

もっと早くに割り切っていればと、今更悔やんでも遅い。過ぎた時間は戻らないのだから。

「……結局、選んでいるじゃない」

選ぶという事は、選ばなかった方を捨てるという事だ。どんなに綺麗な言葉で取り繕っても、それは変わらない。
ならばライムは捨てるのだ。自分の大切な者以外を全て。死ぬ事を知っていながら、何もしない事で。

全部なんて救えない。そんな力は自分には無い。それはこの数年で嫌と言う程思い知らされた。

だったらせめて、この手のひらに乗る人くらいは守りたい。そのためにただひたすら、学んできたのだから。

「死なせない、絶対に」


そして殺させない。リドルに、これ以上。


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